2-10 大百足
光蜈蚣竜は、食後の甲羅干しを満喫していた。
今日も光の魔力で増幅された、キラキラと降る木漏れ日が心地良い。
自慢の白い甲殻をギギギと鳴らし、とぐろを巻いて寝返りを打つ。
今日はクマを捕り、捕食した。
第30節足あたりを噛まれた時には命の危機を感じたが、その直後、会心の大顎による噛み返しが決まった。
これが決まれば、麻痺毒が注入できる。
勝利が確定したと言っても過言ではない瞬間だ。
その後は、麻痺したクマのはらわたを熱いまま啜った。
思うままに、大顎に血を滴らせる快感は、何よりも代えがたいものだ。
――今日は良い日だ。
彼のそうした感想が覆るのも、間もなく先の事だった
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「こっから先に進むと、感づかれるぜ」
セルケトがパーティーを制する。
「とりあえず、弓矢と魔術で先制しながら、ライカが接敵するのが正攻法だろうな」
防御魔術と香の効果は、既に効いている。
準備万端。
あとはいつ始めるかだ。
「よし、始める。
仕掛けるので、好きに合わせてくれ」
「いいね、あんた良いリーダーだ」
「気を付けてくださいね」
アーネストの無意味な言葉に、ライカが振り返り、微笑む。
「竜に対して油断をするほど、私もバカではない。
だが、ありがとうな、アーニー」
そう言って、再び前を見る。
「……では征く」
その一言の直後、ライカは一条の雷になった。
一つに結んだ金髪が、雷光のように風を切る。
Grirrrrrrrrrrrrrrr??
大百足が鳴き、警戒を強める。
「カネ・イグニス。火の矢!!」
「カネ・テラ。螺旋礫投!!」
「とりあえず目玉かぁ? 動くなよ、クソ虫」
後衛組が攻撃を放ち、魔術と毒矢が、先を走るライカを追い越していく。
Grirrrrrrrrrrrrrrr!!
攻撃を受けていると気付いたブリュナークが鎌首を擡げる。
体が半分持ちあがると、周囲のクェルカ樫の大木と見紛うばかりだ。
光蜈蚣竜の装甲は、腹側と言えど硬く厚い。
魔術と毒矢が着弾するも、弾かれてしまって効果はない。
「む、手強いな」
風のように駆けながら、双剣を抜いてライカが呟く。
「装甲が厚いか。 ならば――」
ライカは跳んで、頭部を狙う。
「――叩き斬るっ!!」
ガゴン、と凄い音がして、砂埃が起こった。
「やったか!?」
「セルケトさん、それ、やってないの解ってて仰ってますよね?」
「キャンキャンうるせーなぁ。ボス戦だって楽しい方が良いだろうよ」
「……姉さま、来ます」
ヘティトの警告に、全員が大百足を見る。
百足は一転、暴走馬車のように駆けていた。
当然、目標は後衛組だ。
「虫ッケラのくせに賢いじゃねぇかよ!」
バサッとマントを翻し、セルケトが得意の道具を使う。
「ヘティト、犬ッコロ、散れ!!」
セルケトが、マントの内ポケットから、小瓶を1つ取り出して投げる。
「燃えたら辛ぇーだろ! 死ねクソ虫!!」
追って短弓を構え、矢を放つ。
矢が小瓶を貫くと、
チュドン!!
と、派手な爆発が起こった。
セルケト姉さま謹製の、火薬と油を混ぜ合わせた焼夷瓶である。
Grirrrrrrrrrrrrrrr!!?
熱と炎に包まれて、ブリュナークが苦しみ悶える。
「ハッ、効果はバツグンだ!、ってか!!」
金元素のブリュナークは、炎元素が弱点と予想できた。
ブリュナークは炎元素も操るので、弱点である確率は1/2。
冒険者にとっては、試す価値のある確率である。
「重ねます。カネ・ウェントゥス・エト・イグニス。
――炎渦竜巻」
魔術によって、風と炎に指令が下る。
ただ漫然と燃える炎が、渦巻きとなって、大百足を焼く!!
Grirrrrrrrrrrrrrrr!!?
もだえ苦しむブリュナーク。
101本の脚が、大地を削り、天空を掻く。
「やったか!?」
「セルケトさん……」
「やってねーのは、わーってるよ!」
「姉さま、尾が……」
「!? まっずい、光線が来る!! 最大防御!!」
「カネ・モンス。硬化!」
「カネ・ウェントゥス・エト・イグニス。
炎の壁」
ブリュナークの尾がぶらりと揺れる。
光魔法を放つため、5本の尻尾が狙いを定める。
「来るぞっ!!」
無音の熱波が、辺りを覆った。
遅れて木々が、ジュワリと燃える。
「くっハッハッハ、虫ッケラのくせに面白れぇなぁ!!」
燃える森林を背景に、セルケトが哄笑する。
「ライカぁ!! 30足目あたりの右側の腹が狙い目だぜ!!」
攻め手に欠いていたライカが、その助言を聞いて狙いを定める。
「ふむ。確かに傷があるな……」
クマと戦った傷痕なのだが、ライカたちには知る由もない。
「弱点なら、狙うか!!」
もう一度、雷光となってライカが再び大地を駆ける。
「氷炎一閃!!」
鉄壁のハズの装甲が、氷炎流の剣技に抉じ開けられる。
Grirrrrrrrrrrrrrrr!!
体液を流し、もだえ苦しむブリュナーク。
「ケヒッ!! 殻が割れたぜ!! お手柄だァ!! ライカ!!」
悪魔のような笑顔を浮かべ、セルケトが矢を放つ。
セルケト姉さま謹製の、竜をも殺す毒矢である。
ストン、と。
殻が破れた右の腹に、致命の毒矢が突き刺さる。
「――っく! さすがに竜か、手強いな!」
手応えのある一撃を与えたものの、弱った様子もない大百足を見て、ライカが漏らす。
「ライカぁ!! 毒を刺した!! しばらく様子見したらどうだ!?」
「? ――ふむ、毒か……」
セルケトの助言に、ライカの心が揺れた。
(卑怯な手段は好みではないが、これは……戦だからな)
101の脚を振り回し、光蜈蚣竜がのたうち回る。
(早めに片付けねば、山火事が広がる。可能な限り木材は残したいが……)
貴族の視点で考えて、ライカは軽く逡巡する。
「ライカ様!! 光線が来ます!!」
「!!?」
アーネストの警告で、ライカは現実に戻った。
百足の5本の揺れる尾が、ユラユラ揺れてライカを狙う。
「簡単には狩らせてくれないな!!!
流石は竜だ、ブリュナーク!!」
尾から伸びる光線の焦点を潜り抜け、ライカが奔る。
(多少の山火事は已むを得んが……可能な限り制圧するとしよう)
ライカは決心し、再び跳んだ。
「双剣崩落!!」
2本の剣を上から共に叩きつける、氷炎流の技である。
ガゴン、と重い音がして、百足の頭が地に沈む。
「へぇ、ライカも結構、戦闘狂だなぁ」
「セルケトさん、誤解です。ライカ様は周辺の被害を抑えるために戦っています」
「あぁん??」
興を削がれてセルケトがアーネストを睨めつける。
――が、
「へぇ、面白ぇこと言うなぁ、犬ッコロ」
にやりと笑って、表情を変える。
(……こ、怖い、助けてライカ様)
Grirrrrrrrrrrrrrrr!!
ブリュナークが哭く。
5本の尾を振り回し、怪光線を振り回す。
「うむ、あの尾が厄介か」
ライカが呟き、戦術を変える。
「尾を断てば、ただの巨大なムカデに過ぎない!!」
ただの巨大なムカデというだけで迷惑なのだが、彼女はそう判断した。
ダダダ、と駆けてブリュナークの背後に回ると、狙いを定める。
薙ぎ払われる光線を躱しつつ、その放射元を睨みつける。
「征こう……」
決意を固め、ライカが駆ける。
「――まず1つッ」
Grirrrrrrrrrrrrrrr!!?
ライカが順に、尾を切り払う。
「――2つッ!! 3つッ!!」
「……おー、スゲェなアイツ」
遠くで見ながら、セルケトが呟く。
「ええ、ライカ様は凄いのです」
アーネストが得意げに息を巻くと、セルケトは水を差されたように顔を顰めた。
「――うっせーな忠犬アニ公かよ」
「――4つッ!!! ……そして、これで――――最後だ!!!」
Grirrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!?
痛みにのたうち回るブリュナーク。
長大な白銀の蛇体をのたくって、101本の脚が大地を削り、空を掻く。
「!!っ、今、攻めるのは藪蛇か」
ライカが手を出しかねていると、何だかブリュナークの動きがゆっくりになってきた。
ガチャガチャワキワキと蠢く101本の脚が、壊れた玩具のように徐々にスローモーになる。
「?? なんだ?? 寝た、のか……??」
ライカがブリュナークの挙動を疑うと、後衛から声が掛かる。
「おー、やったなライカぁ。討伐完了じゃねぇか」
プラプラと歩いてくるセルケトに、ライカが疑問を投げかける。
「??? これは、死んだのか??」
「毒によるスリップダメージってやつだな。ライカがコイツを暴れさせてくれたおかげで、毒の効きが早まったぜ」
「……………………?」
「おい犬ッコロ、お前の主人バカだぞ」
「バカではない!」「バカではありません」
主従でバカのような返答をして抗議する。
「とりあえず討伐完了だ。
頭部の触角辺りを斬りとって、ギルドへの証拠にしようぜ」
「ふむ。……では斬ってくる」
セルケトの提案にライカが応じ、本日最後の剣閃が奔る。
「ライカ様!! 雨の魔術を使っても宜しいですか??」
「……雨、か。山火事を消すのか??」
「そのつもりです。ヘティトさんにご協力いただけると助かるのですが……」
「え、嫌です」
冷たく断られる。
「おいヘティト。風の魔術を使ってくれって話だろ?
生理的嫌悪感は仕方ねーけど、そんくらい協力してやれよ」
酷い言われようにアーネストは心で泣いた。
「チッ、雨を降らせるのですね?」
「ア、ハイ、オネガイシマス」
アーネストは心を殺した。
「カネ・ウェントゥス。風の舞踏」
「カネ・フォンス・エト・ウェントゥス。
雨に歌えば」
ザァァァァァァァァァァァっと。
魔術で呼んだ雨が降る。
竜が燃やした木々に当たって、ジュウジュウ泣いて鎮火がすすむ。
「よし、帰ろう」
ライカのこの一言で、今回の冒険は終わった。




