2-9 休憩
「いたぜ、ブリュナークだ」
偵察から帰ったセルケトが、冷静に告げる。
「尾根1つ越えたとこにいる。
クマを食事中みたいだから、しばらくは動かないはずだ。
最後の休憩のチャンスだぜ?」
「ふむ。
アーニーはどう思う?」
「冷気外套の時間も、もう間もなく切れますし、一息入れてもいいのでは?」
「なるほど。やはり休憩すべきか」
アーネストの分析に、ライカが深く頷く。
すると――
「OK、3票だな。休憩にしようぜ」
「ん? どういう意味だセルケト殿」
キョトンと生真面目に驚くライカに、セルケトが呆れた溜息をもらす。
「犬ッコロが賛成、ライカも賛成なんだろ? ならアタシも賛成だから過半数だ」
「……ヘティト殿が、気を悪くされはしないだろうか?」
「ヘティトはそんなにバカじゃねぇよ。
それに話が早えだろ? よし、とりあえず周辺を索敵してくる」
サッサと言って、セルケトが光の森に駆け去る。
「……うむ、ならば休憩の準備を始めるか」
3人は休憩地を選定し、ある大木の洞に居を定めた。
このダンジョンの樫の木は、熱帯樹のように伸び上がるので、洞も小さな部屋ほどになる。
「おっ、いいトコ見つけたなー」
間もなく駆け戻ってきたセルケトが小さく称賛する。
「周囲に、危険な魔物は見当たらねぇ。休憩だ」
「ご苦労様でした、セルケト姉さま」
焚き火を起こしたヘティトが、偵察から帰った姉を労う。
「誰が見つけたんだ、こんな休憩所?」
「ヘティトさんです。ここなら安全なはずだ、と」
アーネストが告げると、セルケトは得意げに笑った。
「へぇ~、やるなぁヘティト」
「とんでもないことでございます」
姉からの称賛に、これでもかと恐縮の言葉を放つヘティト。
「向こうにあった木の洞だったら、人食い茸が生えてたからな。
あっちにしてたら胞子が体について、あっという間にキノコ人間だ。
脳神経をやられて体を奪われながら、よちよち歩き回る菌床にされちまう」
なんだかすごく怖そうなことを、明るく話すセルケト姉さま。
「ほう。それは聞くだに恐ろしい。そうなっては動く死体と変わらないではないか」
「いやー、それがな。脳をやられても多少の意識は残るって言われてんだよ。
夢遊病みたいになっちまって、キノコの命じるままジメジメした場所を死ぬまで探し回るんだ」
怖い情報が無限に足されていく観すらあった。
アーネストは怖いのが苦手なので、そのインターセプトを試みる。
「――それよりお茶が入りました。お2人はご昼食は?」
アーネストが話を変えると、即座にセルケトが答える。
「パス。飯食うと、頭も体も鈍るからな。ウチら2人は食わねー」
「いつも御茶と御香だけで済ませております」
「……お香、とは?」
ヘティトの返事にライカが食いつく。
アーネストの策が功を奏した形だ!! 万歳!!
「おー、ヘティトの香はちょっとしたモンだぜ。
前にスナン修道院領に行ったときにな――」
「おお、名高き吸血鬼城ではないか」
なんだか雲行きが怪しくなってきた……。
「知ってるか。まあ同業者だもんな。
あそこにいると、精神汚染を常時受けて、気が狂わされる魔法が掛けられてんだ。
ヘティトのお香のお陰で、それを完全に無視できたんだ」
セルケトの答えに、ライカが興味を持つ。
「ほほぅ、興味深い。
なぜ香のお陰だと判ったんだ? 他の原因もあるのでは?」
「良い質問だな。
ヘティトの精神安定の香を、臭くさいと言って嗅がなかったボンクラが狂ってよー――」
「おぉああっと、ライカ様、お茶とお食事です!!
どうぞ、お召し上がりを!!」
話が怖い方に流れそうな気配を感じ、露骨な妨害に出るアーネスト。
「うむ。本日は何だ?」
「気温が高いので野菜は避けて、パンにチーズとバジル、ベーコン片を挟んだモノでございます」
「うむ。旨そうだ」
ライカの興味が食欲に逸れて、再び話を逸らすことに成功する。
「食ってるヤツには悪いが、香は焚くぜ?
味と喧嘩したら、我慢するか、外へ出てってくれ。
ただまぁ、外に出ると、香の効果は出ねぇだろうけどな」
ライカがさっそくパンに齧付きながら、同意の意を示すために1つ大きく頷く。
そんなことをしている間に、焚き火の下で香を焚く用意を終えたヘティトが告げる。
「此度はウィンディアの肝を中心に煎じたものです。
短時間ですが、スタミナが増します」
「おぉ、巨馬竜ウィンディアか!!
ウィンドウォルドの環境の頂点。肝など採れるとは寡聞にして知らなかったぞ」
「ん? ああ、たまーに出回んだよ。偽物も多いから目利きが要るけどな」
「なるほど、ヘティト殿は香道に深い研鑽を積まれているのか」
「とんでもないことでございます」
先ほどと同じセリフを、かなり冷たい調子で呟き、ヘティトが香を火に焼くべる。
やがてフワフワと、レバーを焼いたような臭いが充満する。
「おお、これはお得な!!」
ライカお嬢様が突飛に言って、セルケトがそれを問いただす。
「何が得だって??」
「パンとチーズ、ベーコンに加えてレバーの味もする気がするのだ」
「あー、分かった。食欲魔人なんだな、アンタ」
「……ん? 私は魔人ではないぞ?」
「わーってるよ。冗談だ」
ヒラヒラと手を振りながら、セルケトがライカとの会話を放り投げる。
……しばらく、穏やかな時が流れた。
「よし、行くか」
セルケトが軽く言う。
「うむ。準備万端だ」
ライカが応え、アーネストとヘティトが無言の同意を示す。
臨時の4人パーティーは、光の森に再び臨んだ。




