2-8 首切りウサギ
「!? 待て、動くな」
先行していたセルケトが囁く。
一行は素直に従った。
彼女のここまでの案内が、的確であったからだ。
ルクスダンジョンの中は巨木と陽光に満ちており、ザアザアというクェルカ樫の葉のざわめきだけが、静かに辺りを覆っている。
「首狩りウサギがいる。……どうする?」
「ふむ。それほど警戒すべき相手なのか?」
この4人パーティーは必然的に、セルケトとライカの、ダブルリーダーとなっていた。
「おいおいモグリかよ。聖杯伝説の歌物語くらい聞いたことがあるだろ??」
「姉さま、聖杯伝説は伝説こそ古いですが、歌物語の成立は最近です。
吟遊詩人も仕事ですから、あまり田舎には行きません」
(え、すごいナチュラルに田舎ディスった……)
アーネストは驚いたが、他には誰も気にしていないようだった。
「なるほどなー。
じゃぁ、特別に教えてやる。
伝説では聖なるグレネードでしか倒せない魔物だ」
(……聖なるグレネード??)
珍奇な用語に混乱するアーネストだった。
「――ならば迂回がよかろう。無用な危険は避けるべきだ」
「ぉお? その腰の剣は飾りかよ?」
「セルケト殿、貴殿に、絶対に負けない武の奥義を教えよう」
「……へぇ?」
セルケトが冷たく笑った。
なんだかとっても気温が下がる。
暑いのだから快適になるハズなのに、アーネストは震えた。
「絶対に負けないためには、戦わなければよい」
「へぇ? ずいぶん臆病な奥義だな」
「武の目的は敵を打ち負かすにあらず。
友を守るためにあるのだ。
それは臆病ではない」
ライカが、セルケトの軽口を捻じ伏せる。
言葉の重みに、全員が束の間、言葉を飲んだ。
「――へぇ? じゃあ、守ってもらわなきゃだな」
「姉さま?」
「気付かれた、6匹くるぜ。
首を狙って跳びついてくるから、気を付けろ?」
どこか楽し気に、セルケトが囁く。
その直後。
ぴょんぴょんと、かわいい白うさぎの群れが現れた。
「気休めかも知れませんが!
カネ・モンス。硬化」
アーネストが素早く、全員に防御魔術を掛ける。
だが――
「無用です。
カネ・イグニス。火炎球」
チュゴン、と凄い音がして、うさぎの群れが巨大な火球に焼き尽くされる。
「え、凄っ!?」
炎の魔術は、アーネストにとって最も苦手とする術だ。
その劣等感を脇に置いておいても、火球は中級魔術に当たる。
それを魔導杖ではなく、魔導短杖で扱う実力をヘティトは見せた。
(……ん? え? なんで普通の杖を使わないんだ?)
アーネストは一瞬考えかけて、一人納得した。
2等市民であるウッドエルフの入学を、魔術学院が認めなかったのだろう。
無免許魔術師は呪術師と蔑称され、魔導杖の携帯を禁止されるのだ。
「油断めされるな! ――まだ決着ではない!」
ライカが叫び、前に出る。
煙の中から2筋すじの白い悪魔が跳びはねてくる。
ギィィン!
首を狙って噛みついてきた首狩りウサギを、ライカが剣で撃ち落とす。
顔面を切り払ったハズだが、横に払ったせいでウサギの牙に防がれたようだ。
「――お、いいねいいね」
もう1羽は、セルケトとの追いかけっこを始めたようだった。
執拗に追いすがる白い魔物を、踊るような、バカにするようなステップで躱している。
「姉さま、遊んでいないで距離を取ってくださいまし!」
「いやいや、こいつ、しっつこいんだよ!?」
ヘティトの叫びに、セルケトがヘラヘラと答える。
「んもぅ……!」
ヤキモキとするヘティトを見て、アーネストが尋ねる。
「ヘティトさん、ライカ様の方を援助できますか?」
「?……――可能、ではあります」
アーネストの提案の真意を警戒して、慎重にヘティトが答える。
「では、お願いします。セルケトさんの方のウサギは、僕が――」
言い止さしつつ、アーネストが魔力を高める。
「お止めなさい! 姉さまに当たってしまうっ!!」
「平気です。
カネ・テラ。埋葬」
ボコリ、と。
ウサギの足場が崩落し、反応できずに落下する。
埋葬という名前の通り、対象の大きさぴったりの穴が開き、落下させ、更に埋め戻す術である。
丈夫な魔物なら這い出して来る危険はあるが、ウサギの力で重い土塊を押しのけられるハズはない。
「おー、犬ッコロ、お前、案外エゲツナイ魔術使うんだな?」
目の前の魔物が突然埋葬されて、感心したようにセルケトが言ってよこす。
「魔物の死体が欲しい場合は、使いづらい術ですけどね」
埋めてしまうから、死体が必要なら掘り返す必要が出てくるのだ。
だが逆に、埋めてしまいたい魔物なら、至極便利な術であった。
なお、埋葬の術を人間に使うことは禁じられている。
人の埋葬は、星教会の秘跡だからだ。
「――調子に乗らないで下さいませ」
ヘティトが掠かすれたような声を絞り出す。
常人であれば聞こえないであろう音量だったが、生憎、アーネストは耳が利いた。
(え? 怒ってる……?)
謎の敵意を向けられて、アーネストの背に怖気が走る。
「カネ・ウェントゥス・エト・イグニス。
――炎渦竜巻」
ひゅうるりと、そよ風がウサギに命中する。
風の流れの変化に、ウサギが警戒して直立し、ススンと一度、鼻を鳴らした。
その瞬間――
ドンッ!!! グッゴォォォォォォ!!
人の背丈を超える炎の竜巻が、ウサギの足元に突如発生した。
「うわっ、なんっ、びっくりした!」
対戦相手が突如、炎の竜巻に取り巻かれる様を見て、面食らったようにライカが漏らす。
「オイオイ、剣士さん、油断はダメなんじゃなかったかい?」
ヘティトがライカに近づきながら、声を掛ける。
ライカが戦いを収めるルーティンを始めていたからだ。
「大丈夫。あのウサギは運が悪かった。
あの脚力があれば、逃れることも出来たかも知れんがな」
「なら、なおさらダメなんじゃねーの?」
「魔法発動時、ウサギは余計な気を回して、立ち上がってしまっていた。
屈んだ状態からでなければ、あの跳躍力は出ぬよ」
ボトリ、と。
ライカの言葉が終わった直後に、丸焼きになったウサギの死体が落下してくる。
「貴殿の妹君も、なかなかえげつない術を使う」
ライカがセルケトと視線を交わし、含み笑いを漏らして言った。
「オイオイ、ヘティトー!
こんなにコンガリ燃えちまってると、売れねぇぞー!」
「地面の下にも1つおります。
お相子です」
ヘティトがアーネストを横目で見ながら、姉に対して詰まらなそうに反論をする。
(うーん……やっぱり僕、嫌われてる?? なんで??)
理由不明の敵意を前に、アーネストは震えた。
「~~~~~~~~~~っ……………………うん……そっとしとこう!」
1つの人間関係が、塩漬け案件となった瞬間であった。
賢く汚い、汚れちまった大人の対応である。
アーネストが人間関係の難しさに秘奥義を発動している間、前衛2人は最初の魔術で死んだ4羽を回収しているところであった。
「どうするライカ、先を急ぐなら、撒き餌に使っておしまいだが、手間を掛ければ金になるぜ」
「ほう。兎肉か。うまそうだ」
ジュルリと涎をたらさんばかりに、口元を緩まとめてライカが答える。
「ちげーよ!!
こいつは人も食うんだぜ?
それに食ったやつの話じゃ、臭くさくてエグいらしい」
「む、なれば、どのようにして?」
「後ろ足だよ。お守りになるんだ。旧銀貨2枚はカタい。
4体8本で16枚、両替すりゃあ、新銀貨3枚以上になるな」
「おぉ!」
勢い込んだ歓声を挙げて、ライカが1つ頷く。
「旨い肉が食える!」
「……お前さっきから、そればっかだな」
ライカの露骨な食欲に、セルケトが呆れた声を上げる。
「さあ、どこから断てばよいのだ?」
急にやる気になったらしく、ライカが後ろ足の切れ目を尋ねる。
セルケトがウサギの耳を持ち、後ろ脚の付け根を指差す。
「足の付け根でぶった斬りゃいい。
4人で作業すりゃ、時鐘の間の、8分の1もかからんぜ」
「右手を、下ろされよ」
ライカが突如、そう言った。
意味が分からないセルケトは、指差していた右手を下ろして疑問符を浮かべる。
「? なにが――」
キンッ、シザッ、チン、ボトト……。
その音が鳴ると、ウサギの足が地面に落ちていた。
「お、ま、アブねぇな!!」
「飛燕一閃という居合技だ。心配するな、慣れている」
「そっちが慣れても、こっちが慣れてねぇんだよ!」
「む、済まぬ。では、地道にナイフで外すか?」
ライカの問いに、セルケトが迷う。
「~~~~っいや、こっちのが早ぇ。あと3つも頼む」
「うむ。まかせろ」
光の森の中盤で、美麗だが残酷な音が響いた。
なお、残ったウサギの本体部分は、セルケトがあちこちに撒き散らし、囮に使って、道の安全を確保した。




