2-7 合流
2度目のルクスダンジョン。
ライカたちは再び早朝から潜り、ブリュナークを探していた。
(……砂漠で干されてるみたい)
アーネストはその想像に、グニャリと脱力した。
「どうしたアーニー、気を抜けば死ぬぞ」
「ハイ、ゴメンナサイ」
ライカの真っ当な指摘に、素直に謝るアーネスト。
「木々が茂っていて見通しが効きにくい。
光蜈蚣竜が大きな音を立ててくれば良いが、そうでなければバッタリ鉢合わせすることも考えられる」
前を行くライカが、ザクザクと鉈を振るいながらそう言った。
鉈は、シダ植物やヤブが邪魔な場合の装備である。
とは言え、込み入ったヤブなど処理していると、それだけで半日がかりであるため、そういう場合は切らずに迂回する。
「先日買ってきた本と、立ち読みした本によれば、そろそろ竜が起き出す頃だそうです」
「覚えている。気を引き締めていこう」
昨夜行った作戦会議で得た知識を、再確認する。
ちなみに些末事だが、ライカが前で道を拓き、アーネストが後ろに続く、というのは、身分制度に照らし合わせれば完全にアウトである。
主人が働き、奴隷が何もしないなどということは、普通はあってはならない。
だが、ライカは剣士だし、アーネストは魔術師だ。
危険な罠や、戦闘などにいきなり遭遇した場合、ライカが前の方が双方安全なのだ。
アーネストも「申し訳ない」という気持ちは消えないが、それには別の活躍で応えようと思っていた。
適切なタイミングで、適切な魔術をテキパキと放ち、事態を解決する。
それが優秀な魔術師というものだからだ。
「おーい、そこのヤブは手ぇ入れない方が良いぜ!」
突然、後方から、ということは街の方向からということだが、ライカとアーネストに声が掛けられた。
「多分、陰に毒キノコが生えてる。胞子を吸いたくなきゃ止めときな」
そんな風に言って近づいてくるのは、なんと先日のウッドエルフの女性であった。
相変わらず褐色の美しい顔立ちに、上機嫌を浮かべてニコニコ向かってくる。
彼女は、革の鎧を身に着けていたが、その上に、黒のフード付きマントを羽織っていた。
しっかりした厚い作りと、ズッシリ揺れないその挙動から、内ポケットに、かなりの量のアイテムが入っているのが分かる。
「む、かたじけない。ではご忠告に従うことにしよう」
「いーよ。こないだ、そこのワンコ魔術師にナンパされたんだけど、スグ振っちゃったから。お詫び」
相変わらずのハスキーボイスで、如何にも軽いことのように、爆弾発言をぶち込んでくる彼女。
瞬間、2つの怖い視線がアーネストを刺し貫いた。
1つは、誤解をしたライカからの説明を要求する、ヒヤッとした冷たい目。
そしてもう1つは、姉のうしろに影のように付いてきていた、彼女の妹を名乗る女性からの、殺意と嫌悪感を足して2で割らない絶対零度の冷たい目である。
「誤解です! ライカ様、この方が先日、書店巡りを勧めて下さった方ですよ!」
「む、そうなのか。それは世話になったようだ」
「大したこっちゃねぇよ。知らねぇで冒険者ギルド行って、嫌な目ぇ見るよりいいだろ?」
その配慮が出来るのに、なぜナンパの誤解を再発させようとするのだろう。
アーネストは悲しくなったが、主人と女性が会話を始めたので口を噤つぐんだ。
こういう時、差し出口を挟むのは、良い奴隷とは言えない。
何か聞かれたときや、気づいた時だけ話せばよいのだ。
「それで、アンタらもブリュナーク狩りかい? 一緒に行く?」
「セルケト姉さま。少々、軽率でございます」
底籠る声で後ろの女性が呟く。
だがその出所が、姉への非難というよりも、アーネストへの嫌悪にあるのは一目瞭然であった。
「まぁ待て、ヘティト。
装備を見たところ、剣士と魔術師だ。
仲間にして損はねぇだろ」
「うっ。そ、それはそうかも知れませんが、信頼の無い方と同行など危険です」
ゆったりとしたフード付きローブを揺らして、ヘティトと呼ばれた女性が抗弁する。
姉とよく似た鋭い美貌を、ギュッと歪めての抗議である。
「危険は承知さ。
冒険者なんだから。
――――そうだろ?」
そう言い切られると、グッと言葉に詰まるヘティトである。
目の前の見知らぬ2人は絶対信じられないが、それでは姉の判断を否定することになる。
否定をすれば、姉が不機嫌になるのも目に見えていたし、愛する姉の判断を尊重したい気もあった。
それに何より、姉セルケトのこういう時の決定の速さは、良い方に転ぶことが本当に多いのである。
ヘティトが押し黙ったことで、暗に了解を得たと判断したセルケトは、ライカの方へ向き直る。
「どう? 儲けは半々。竜を倒すまでの臨時パーティーだ」
そう言って褐色の肌の右手を差し出してくる。
それに少し戸惑ったライカが、ムムッと考えて、
「基本は同意なのだが、お互いに何が出来るか知らな過ぎはしないだろうか?」
そういうと、セルケトは一瞬キョトンとして、
「ぷっ、くっはっはっはっはっは!! 悪い悪い、どうもセッカチでいけないね」
大爆笑してそう言った後、
「アタシは斥候だ。
それにあまり威力は出ねぇが、短弓を使う。
それと毒。
あたしを加えりゃあ、ブリュナーク発見までの時間が短縮されるぜ」
自信満々にそう言い切る。
「それとヘティトは魔術と魔法薬を使う。
樹木と火の魔術で戦力になり、魔法薬で体調管理の役に立つ」
言われてみれば、ヘティトの足元には、ズシリと重そうな、大きい革の鞄が置かれていた。
ここに薬草やポーションを準備しているのだろう。
「で、そっちは?」
セルケトに促され、ライカが応じる。
「私はライカ。氷炎流の双剣使いだ。
一応、故郷のウェットフォードにあった道場では免許皆伝を得ている」
「へー、そりゃ大したもんだ」
ライカの言葉に、セルケトが目を丸くして驚いている。
「それと、こちらは連れのアーネスト。魔術師だ」
続けてライカが紹介すると、その後、何だか一瞬、スッと、嫌な間が開いた。
「……魔術師ったって、色々あんだろ。火の玉飛ばすとか、風を操るとか」
「色々だ」
「は?」
ライカの発言に、キョトンとするセルケト。
「アーネストは色んな魔術が使えるんだ」
「ホントに仲間かっ!?」
セルケトの鋭いツッコミに、シュンと傷ついた顔をするライカ。
お嬢様のご機嫌が斜めなのは頂けない。
何とかせねば、とアーネストは思った。
「失礼ですが、1つ補助魔術をお掛けしても?」
頭部の犬耳をツンと立て、おずおずと申し出たアーネストに懸念の目を向けるセルケト。
「あー? どんなの? 体力増強系は駄目だぜ。あれ後で一気に疲れが来るんだ」
そういう彼女の額付近に、魔術の杖を優しく掲げる。
「カネ・フォンス。冷気外套」
呪文と共に魔力を流し、杖の先からフワリと放つ。
「お? なんだこれ…………スゲェ涼しいじゃねぇか!」
「はい、僕は地の魔術と、泉の魔術が得意です。
それから、基本魔術を一通りと、いくつかの補助魔術も扱えます」
冷静に告げるアーネストを見て、セルケトが長い睫まぶたをフワリ揺らす。
「……ってことはテメエら、ずっとこんな涼しい状況で来たのかよ??」
そこには、お前らだけズルい、という理不尽な怒りが見て取れた。
「そ、そんなことより、もうお一方も。涼しいですよ」
「嫌です」
アーネストの誘いを、バッサリと斬るヘティト嬢。
それを見かねて、セルケトが間に入った。
「まあまあ、ヘティト。超涼しいから、やって貰え。
これだけで体力の消耗がエライ違う。アタシはアンタに、倒れて欲しくないんだよ」
その言葉――
特に最後の一文に、渋々心を入れ替えたのか、ヘティトがアーネストを見て言った。
「サッサとどうぞ」
「なんか僕に当たり強くありません!?」
アーネストの悲鳴が、ルーキスダンジョンの木立に消えて、光に紛れる。
光の森のダンジョンは、日常の静謐をもって佇んでいた。




