2-6 幕間 勇者ヤスヒコの冒険1
星歴1709年、10年前。
王国辺境、バンカイル高地の戦場にて。
「うっわー、本物だー、本物の豚人種の大群だー!!」
ここはエレニア王国の北の辺境であり、オーク族との係争地であった。
嬉しそうに跳びはねる中年男を、気味悪い目で見ながら、指揮官が号令を下す。
「突撃!! 1匹たりとも逃がすな!!」
双方の勢力が正面衝突し、乱戦となる。
「わーー、本物だー。漫画やアニメや、ゲームでいっぱい見たやつだー」
サイコパスかな?と思うだろうが、事情がある。
この地の戦闘は毎日行われる代わりに、軽くひと当たりして撤退、というのが常態なのだ。
事実、死亡者は双方ゼロであった。
「隊長、どうします?」
「殺せ殺せ、逃がしてもつまらん」
ヤスヒコが気になって見に行くと、オークの捕虜が1人いた。
足を怪我して、撤退に遅れたようだ。
「お、これ知ってるよ。
こう見えても軍事国際法は履修済みだからね。
YouTubeでだけどね。
捕虜交換用に取っとくやつね。はいはい」
「捕虜交換?? そんなこたぁしませんぜ、旦那」
バンカイル公から、ヤスヒコの世話を任されている傭兵が冷たく言い切る。
バンカイル公と、ヤスヒコが世話になったノール領当主バルドーは、旧知の親友だった。
バルドーの持たせてくれた紹介状のお陰で、こうして案内を付けて貰えているのである。
「え……じゃあ……?」
「殺しまさ」
「ええー? 捕虜のー? 人権はー?」
「人じゃありやせんぜ」
「えええーどうにかならない?? 生かせない!?
生かして生かせない!?」
「この戦は1623年から80年はつづいてまさぁ。
あっしらにとっちゃ、オークはただの害獣なんでさ」
「えー、じゃあ、俺が面倒みる!
俺は勇者だからモンスターを仲間に出来るんだ」
「何を言ってんですか……」
「助けたじゃーん、さっき、風の魔術で助けたじゃーん。
右腕の傷も治してあげたじゃーん」
先ほどの乱戦で、ただアホ面を晒していたわけではないヤスヒコであった。
「……ッチ! 旦那の思うようにさせてやれって指示でしてね」
吐き捨てるように言うと、男は指揮官と話をつけ、去って行った。
「旦那がそう言うなら、薄汚い豚野郎はお任せします。
但し、問題が起こったら、罪に問われるのは旦那ですぜ」
「……そういう管理者責任が嫌いで、仕事が苦手だったんだけどね……」
ヤスヒコは呟くと、改めてオークと向き合った。
砂と血潮に汚れてはいるが、綺麗なブルーの毛並みである。
脇には、彼の武器と思しき槍が転がっている。
「……聞いてた?
と、とりあえず俺の仲間ってことで、よろしくね。
あ、傷治そうか??」
微動だにしないオークの捕虜。
「とりあえず脚治しちゃうね。
カネ・フォンス。治癒」
優しい光が杖先に宿り、オークの傷が塞がっていく。
「……うん。しばらく痒いかも知れないけど、これで治ったと思うよ」
話しかけつつ、ヤスヒコは今後の対応を考えていた。
黙然として座っているからには、会話は通じていないのだろう。
仲間にできるなどと断言したが、それで連れ回しても、双方、利が無いかもしれない。
解放しても良いが、身一つで解放されても、彼が無事、逃げきれなければ堂々巡りだ。
「うーん? とりあえずどうしようか……あ、お腹空いたね。お昼ごはん食べる?」
「オークス。名を名ノル。」
「しゃべったあああああああ」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「オークスはー、何が食べたい?
俺はねー、今日は魚の気分かなー?
あ、この辺は山菜が名産だよ」
「ニク」
「……うん。いいね。オークらしいね!」
そんな会話をしつつバンカイルの城塞都市を巡っていると、目の前を腐ったタマゴが通り過ぎた。
異変はそれにとどまらず、腐った野菜くずや泥塊、小石などが飛んでくる。
「……え?」
周りを見れば、バンカイルの民が周囲を囲んでいた。
ヤスヒコにも被弾はあったが、主な的はオークのオークスであるようだった。
「止めないか! オークスに何の罪があるというのか!」
「ここにいるだけで罪だ! ここじゃあ、オークに身内を殺されてない人間なんていない!」
殺気までもを伴って、市民が包囲を縮めてくる。
ヤスヒコは、少し考えて言った。
「……そうか。
では、キミたちのうち、罪を犯したことの無い者が、まずこのオークに石を投げなさい」
どや顔で言ったが、完全にパクリである。
だが、さすがに元ネタ、世界で一番売れている教典の威力は抜群で、群衆に動揺が走る。
「……そ、そんなことより、なんで市内にオークが居るんだよっ!」
「彼は従順だ。安心して欲しい」
偽教祖の怪しい微笑みを浮かべ、ヤスヒコが告げる。
ザワリザワリと群衆が惑った。
しかし鋭い敵意は失せたようだ。
「さて、よいですね? では――」
と、去りかけたヤスヒコの側頭部に瓦礫が直撃した。
「イダッ!!?」
頭から血を流しつつ、飛んできた瓦礫をモタモタと拾い上げるヤスヒコ。
「……え、これ? これ投げたの? この大きさ?? 下手したら人死ぬよ!? 駄目だよ~!」
誰が投げたかと周囲を見れば、ニヤニヤと笑い、胸を反らした聖職者の青年が目に留まった。
「――ああ、失礼。
豚を狙ったのだが、飼い主に当たってしまったようだ。
まぁ、貴方にも責任はありますよ?
1つ、市街に豚を連れ込んだこと。
2つ、豚のように太っていること。
――反省なされるとよろしい」
「え、開き直りスゴッ」
ヤスヒコは戦慄した。
「行きましょう、パガン大教師猊下」
取り巻きの聖職者が、パガン大教師とやらを促し、この場をサッサと去ろうとする。
ヤスヒコは憤った!
「ちょっと待てーい!!
……え??……あれー?????
ねぇ、こういう時って普通、ちょっとくらい待たない?
足を止めたり、振り返ったりしない???
おーいおーいやっほー
ぇえー? ちょっとくらい気にならんかなー??
――頭から流血してるぜぇ? ワイルドだろぉ??
……だめか。 いやーキミ、メンタル強いなー、
だから聖職者なんか、やれんのかもしれないなー」(筆者注:過言です
大教師が去ったことで、群衆も散った。
「――うーん……ごめんねー。
彼らも悪いやつじゃないんだよ……」
ヤスヒコが、敵意を向けられたオークスをそっと宥める。
「結構、汚れちゃったね、お城に帰って湯あみでもしようか?」
「…………」
「え、ダメだからね。
怒って暴れたら俺の責任なんだから!
堪忍してくれ、堪忍してつかぁさい!!」
土下座をせんほど謝るヤスヒコ。
その前で、汚物に汚れたオークスが、スンッと鼻を鳴らした。
「血や臓物ノ臭イに比べレバ、ヨホドましだ」
「え、いい子!?」
微かな友情が芽生えた瞬間であった。




