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2-5 下調べ

「では僕は冒険者ギルドに行って、ブリュナークの資料が閲覧できないか訊ねてみます」


 炎天下の宿の中、ベッドで丸まっているライカに、アーネストは声を掛けた。


「……私も同行しようか?」


 ベッドの上から、不機嫌そうにライカが応じる。

 ちなみに彼女は、同行の手間に嫌な顔をしているわけではない。


 ただの二日酔いである。


 美しい金髪(ブロンド)がベッド中に広がって、前衛芸術のようだ。


「いえ、お休みになっていてください」


 アーネストの返事に対し、プルプル震える声でライカが言った。


「いや、やはり同行しよう。どの街にも心無い人間はいるものだ」


「それこそ慣れっこですよ。穏当に対処して見せます」


「むぅ……」


 奴隷で亜人(デミ)のアーネストが差別を受ける危険を考えて、出来れば一人で行かせたくないライカだった。

 しかし、この頭痛を抱えて炎天下を歩くのも、それはそれで苦しそうだ。


 むせ返る炎天下、石畳からの放射熱。

 ……具合が悪くなる予感しかない。


 しかもギルドの資料閲覧が許可された場合、普通は持ち出し禁止であるから、埃っぽいギルドの閲覧室に長時間留まらねばならない。


 行きだけ送る、という手もある。

 だがそれでは、帰りに(から)まれるかも知れない。


 そんな風にライカが逡巡(しゅんじゅん)していると、


「では、行って参ります。お水を摂って下さいね。ここの宿、冷蔵庫の中に甜橙(オレンジ)のジュースがあるらしいですよ。主人に言えば、売ってくれるとのことです」


 それだけ言うと、アーネストは一人で出ていってしまった。


「ぅぅ……すまないアーニー……」


 ライカが脳内のアーネストに謝罪をすると、


(――そんなになるまで呑むからです)


 と、笑顔で正論を返された。


「ぅぅ……アー二-のくせに、なまいきだ」


 力ない罵声で脳内のアーネストに応じ、ライカはベッドで寝返りを打った。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 クェルカは古い町なので、古い建物が多く、狭い道も多い。


 それはエレニア王国軍が、この地を上陸と侵略の橋頭保(きょうとうほ)とした歴史に由来しており、町として狭い部類に入るが、その分、市壁はガッチリ作られている。


 そのため、可住面積が少ないことを、フロアを上へ足してくことで解決した家が多い。

 また、狭い道も、敵が攻めてきたときに少しでも迷うよう、ワザと複雑に作られている。


 見通しのつかない狭い道。

 高く伸び、太陽の位置を見えなくする家々。


 少し気を抜けば、迷ってしまうような作りになっている。


 迷宮都市クェルカ。

 それがこの港町の、別名である。


「迷った」


 アーネストが天を見上げて白状した。

 太陽光が直接当たらないよう、建物の影を歩き易いのはこの町の利点だが、目的地を見失ったというなら話は別だ。


 近くを市民がガヤガヤと往来しているから、誰かに道を聞けばよい。

 その際は、奴隷とみられる人や、亜人に声を掛けるのが安全だ。


 ヒューマンに聞いても、やさしく教えてくれる人はいっぱいいるのだが、一定の確率で差別主義者が混ざりこみ、絡まれて、時間と精神だけを削られる。


 キョロキョロと見まわして、良さそうな人を物色する。

 ちょうど正面から、やけに色っぽいウッドエルフの若い女性が歩いてきた。


 褐色の肌を持つウッドエルフは、ここベスティア大陸の原住民だが、エレニア王国に敗れて、大抵は奴隷身分にされたという。


 奴隷化を免れたものや、一財を築いて、解放奴隷になった者もいるが、稀なケースだ。

 多くは奴隷労働に甘んじるか、それが嫌なら犯罪者になるしかない。


 そんな境遇の種族なので、多くのウッドエルフは少なからず負の感情を湛えているのだが、前から来る美女は少し掠れた鼻歌など歌って、上機嫌だ。


 艶のある髪を綺麗に編み込み、均整の取れたその体に、丈の短いトップスと半ズボンという露出の多い服を着ている。


(……おへそが出ている……)


 星教的には露出はNGだから、何か言われそうなものだが、気にしていないらしい。


「ん?? あれ? あの人昨日の……?」


 アーネストは思い出した。昨日の酒場で、声を掛けてきた美人である。


 ウッドエルフらしからぬ陽気な様子と、単純に美人なのとで、少し凝視し過ぎたのが悪かったのだろう。

 彼女はツカツカとアーネストの前に立ち、険しい瞳でユラリと目を覗き込み、


「あ? なんだコラ」


 掠れた声で、斜めに凄んだ。


「いえ、ゴメンナサイ、綺麗な人がいるなって思って……」


 後半は恥ずかしさに、消え入りそうに言う。

 それなら言わなきゃ良いだろと思うが、アーネストにも事情があった。


 彼は、不意に話しかけられたことに驚いて、口が滑ってしまったのだ。


「チッ、ナンパすんなら言い切れ。照れんな」


 肉感的な唇から吐き捨てるように女性が言う。

 パンツの後ろポケットから、小さな丸い棒付き飴(チュ〇パチャ〇プス)を取り出して、()め始める。

 なお、飴を包装していた紙は、サッとたたんでポケットへ。


 ポイ捨てしそうに見えるのだが、意外とそうでもないらしい。


「あ、いえ、ホントにナンパじゃなくてですね、道を聞こうとしただけなんです」


「アー、ハイハイ。じゃ、そーゆーことで、メンドイし」


 切れ長の目を傾けて、完全にナンパ男を馬鹿にした調子で彼女が言い切る。


「で、アタシも暇じゃないんだ。何処行きたいの?」


 態度は最悪だが、道を教えてくれる気はあるらしい。


「……冒険者ギルドへ。資料の閲覧室を借りられないか訊ねようと思いまして」


 恐る恐るアーネストが申し出ると、見る見るうちにウッドエルフの女性の機嫌が悪くなる。

 形の良い眉を逆立てて、一息吸うと、声を荒げてこうな吐き捨てた。


「ハッ! 無駄足だね!」


 その剣幕にアーネストが驚いていると、続けて、


「クェルカの冒険者ギルドは亜人(デミ)嫌いの巣窟だ。資料探しなら古書店を巡る方がましさ」


 そう言い切って、女性が険しい瞳でジロッと見つめてくる。

 「判ってんのかこいつ」的な冷たい目だが、情報を教えてくれたことには変わりない。


 お礼を言うべきか……?

 それにしてもさっきの言い様、クェルカの冒険者ギルドに嫌な記憶でもあるのだろうか。


「……じゃあ、古書店への地図描いてやるよ」


 ズボンの後ポケットから、さっきの(アメの)紙片と鉛筆を取り出して、女性がスラスラと見事な地図を描く。

 あんな小さな紙に書いているのに、非常に見やすく使いやすそうだ。


「ほれ」


「あ、どうも」


 手渡され、頭を下げる。


「これで迷わねーだろ?」


「わ、分かりました。ご親切にありがとうございます」


 素直に(うなづ)いて礼を言う。


「おぅ、じゃあ情報料。旧銀貨1枚で良いぜ」


「えぇっ!?」


「おいテメェ、モノには何にだって値が付くんだよ。ボケてんのか」


「……えぇ……??」


 彼女の理屈は正しい。

 だが、これはまるでカツアゲではないか。


 いや、情報は受け取っているのだから商取引と言えば言えよう。

 しかし何か、理不尽なものを感じるアーネストだった。


「サッサとしろよ、さっきも言ったがアタシも暇じゃないんだ」


 片足でパタパタと地面を叩き、腕組みをしつつ睨んでくる。

 財布を取り出しながら、アーネストは初めて知った。


 ――本気で睨んでくる美人は、超怖いという事を。


「あ、あの、旧銀貨切らしていて、新銀貨ではいけませんか」


「釣りは用意してねー」


「では、お釣りは無用で」


「オイオイ、バカか。

 自分から5倍近く、値を釣り上げるかよ」


 旧銀貨、正式名称ゴドリック銀貨は、先代のエレニア王ゴドリックが、改鋳を繰り返して大量にばらまいたため、価値が低い。


 その後、ゴドリック王の息子で現王のアウグスト2世が新銀貨を世に出した。

 もちろん改鋳して、銀の含有量を増やし、信用を高めたものをだ。


 ちなみに新銀貨は1枚で、お高い料理が食べられるくらいの価値。

 そして旧銀貨は、安い料理屋ならこれで行けるか、というくらいの価値だ。


「いえ、お時間を取らせるくらいなら、多少の金銭的損失は(いと)いといません。


 それに僕も本屋巡りをしなければなりません。

 時間は、あればあるほど良いのが、本屋巡りと云うものです!」


 アーネストが丁寧にそう言うと、毒気を抜かれたのか、目の前の女性は勢いを弱めた。


「……そうかい。後悔しねぇってんなら、アタシには得しかない話だ。

 あとで返せって言っても返さねぇぞ?」


「言いませんよ。そもそも、また会うか分かりませんし」


 アーネストが財布から新銀貨を出し、手渡すと、彼女は一瞬、目の前にかざしてコインを回して真贋(しんがん)を確かめたようだった。

 本当に一瞬だったので、これで真贋が分かるというなら、余程、目が良い人なのだろう。


 それからスルリと、ズボンの後ポケットに消し去る。


「セルケト姉さま」


 そこに新たな人影が差した。


 横合いから話しかけてきたのは、やはりウッドエルフの美人である。

 日除け対策に、深めのフード付きローブを(まと)い、ユッタリと歩いてくる。


「ん? なんだ、ヘティトか。何してんだ」


「姉さまがいつまでも来ないから、探しに来たに決まっているでしょう?」


 楚々とした口調。思慮深そうな言葉選び。

 彼女らが本当に姉妹だというのなら、よくも対照的に育ったものである。


 でもそういえば顔のパーツは似てるかなー?などとアーネストがボンヤリしていると、


「おー悪い悪い。ナンパに遭っちまってね」


『なんぱ!?』


 アーネストと、二人目の女性の声が被った。

 但し、その意味内容は大きく異なる。


 アーネストの方は「嘘つかないでっ!」であり、女性の方は「ナンパして姉を遅らせたなんてこの男!」が含意されている。


 その証拠に、二人目の女性から刺し殺さんばかりの視線を感じるアーネスト。

 誤解でこんなに怒られるなんて、なかなか味わえない、悲しい体験だ。


「じ、じゃあ、さようなら。助かりました」


 アーネストはさっさと頭を下げて撤退(てったい)を試みた。

 こんなに居心地が良くない、ハートがギュッと縮む状況は、久しぶりである。


「おー、じゃーなー」


 アッサリ手を振って逃がしてくれる。

 だが、アーネストが道を曲がるまで、殺意の視線はずっと続いた。

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