2-5 下調べ
「では僕は冒険者ギルドに行って、ブリュナークの資料が閲覧できないか訊ねてみます」
炎天下の宿の中、ベッドで丸まっているライカに、アーネストは声を掛けた。
「……私も同行しようか?」
ベッドの上から、不機嫌そうにライカが応じる。
ちなみに彼女は、同行の手間に嫌な顔をしているわけではない。
ただの二日酔いである。
美しい金髪がベッド中に広がって、前衛芸術のようだ。
「いえ、お休みになっていてください」
アーネストの返事に対し、プルプル震える声でライカが言った。
「いや、やはり同行しよう。どの街にも心無い人間はいるものだ」
「それこそ慣れっこですよ。穏当に対処して見せます」
「むぅ……」
奴隷で亜人のアーネストが差別を受ける危険を考えて、出来れば一人で行かせたくないライカだった。
しかし、この頭痛を抱えて炎天下を歩くのも、それはそれで苦しそうだ。
むせ返る炎天下、石畳からの放射熱。
……具合が悪くなる予感しかない。
しかもギルドの資料閲覧が許可された場合、普通は持ち出し禁止であるから、埃っぽいギルドの閲覧室に長時間留まらねばならない。
行きだけ送る、という手もある。
だがそれでは、帰りに絡まれるかも知れない。
そんな風にライカが逡巡していると、
「では、行って参ります。お水を摂って下さいね。ここの宿、冷蔵庫の中に甜橙のジュースがあるらしいですよ。主人に言えば、売ってくれるとのことです」
それだけ言うと、アーネストは一人で出ていってしまった。
「ぅぅ……すまないアーニー……」
ライカが脳内のアーネストに謝罪をすると、
(――そんなになるまで呑むからです)
と、笑顔で正論を返された。
「ぅぅ……アー二-のくせに、なまいきだ」
力ない罵声で脳内のアーネストに応じ、ライカはベッドで寝返りを打った。
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クェルカは古い町なので、古い建物が多く、狭い道も多い。
それはエレニア王国軍が、この地を上陸と侵略の橋頭保とした歴史に由来しており、町として狭い部類に入るが、その分、市壁はガッチリ作られている。
そのため、可住面積が少ないことを、フロアを上へ足してくことで解決した家が多い。
また、狭い道も、敵が攻めてきたときに少しでも迷うよう、ワザと複雑に作られている。
見通しのつかない狭い道。
高く伸び、太陽の位置を見えなくする家々。
少し気を抜けば、迷ってしまうような作りになっている。
迷宮都市クェルカ。
それがこの港町の、別名である。
「迷った」
アーネストが天を見上げて白状した。
太陽光が直接当たらないよう、建物の影を歩き易いのはこの町の利点だが、目的地を見失ったというなら話は別だ。
近くを市民がガヤガヤと往来しているから、誰かに道を聞けばよい。
その際は、奴隷とみられる人や、亜人に声を掛けるのが安全だ。
ヒューマンに聞いても、やさしく教えてくれる人はいっぱいいるのだが、一定の確率で差別主義者が混ざりこみ、絡まれて、時間と精神だけを削られる。
キョロキョロと見まわして、良さそうな人を物色する。
ちょうど正面から、やけに色っぽいウッドエルフの若い女性が歩いてきた。
褐色の肌を持つウッドエルフは、ここベスティア大陸の原住民だが、エレニア王国に敗れて、大抵は奴隷身分にされたという。
奴隷化を免れたものや、一財を築いて、解放奴隷になった者もいるが、稀なケースだ。
多くは奴隷労働に甘んじるか、それが嫌なら犯罪者になるしかない。
そんな境遇の種族なので、多くのウッドエルフは少なからず負の感情を湛えているのだが、前から来る美女は少し掠れた鼻歌など歌って、上機嫌だ。
艶のある髪を綺麗に編み込み、均整の取れたその体に、丈の短いトップスと半ズボンという露出の多い服を着ている。
(……おへそが出ている……)
星教的には露出はNGだから、何か言われそうなものだが、気にしていないらしい。
「ん?? あれ? あの人昨日の……?」
アーネストは思い出した。昨日の酒場で、声を掛けてきた美人である。
ウッドエルフらしからぬ陽気な様子と、単純に美人なのとで、少し凝視し過ぎたのが悪かったのだろう。
彼女はツカツカとアーネストの前に立ち、険しい瞳でユラリと目を覗き込み、
「あ? なんだコラ」
掠れた声で、斜めに凄んだ。
「いえ、ゴメンナサイ、綺麗な人がいるなって思って……」
後半は恥ずかしさに、消え入りそうに言う。
それなら言わなきゃ良いだろと思うが、アーネストにも事情があった。
彼は、不意に話しかけられたことに驚いて、口が滑ってしまったのだ。
「チッ、ナンパすんなら言い切れ。照れんな」
肉感的な唇から吐き捨てるように女性が言う。
パンツの後ろポケットから、小さな丸い棒付き飴を取り出して、舐め始める。
なお、飴を包装していた紙は、サッとたたんでポケットへ。
ポイ捨てしそうに見えるのだが、意外とそうでもないらしい。
「あ、いえ、ホントにナンパじゃなくてですね、道を聞こうとしただけなんです」
「アー、ハイハイ。じゃ、そーゆーことで、メンドイし」
切れ長の目を傾けて、完全にナンパ男を馬鹿にした調子で彼女が言い切る。
「で、アタシも暇じゃないんだ。何処行きたいの?」
態度は最悪だが、道を教えてくれる気はあるらしい。
「……冒険者ギルドへ。資料の閲覧室を借りられないか訊ねようと思いまして」
恐る恐るアーネストが申し出ると、見る見るうちにウッドエルフの女性の機嫌が悪くなる。
形の良い眉を逆立てて、一息吸うと、声を荒げてこうな吐き捨てた。
「ハッ! 無駄足だね!」
その剣幕にアーネストが驚いていると、続けて、
「クェルカの冒険者ギルドは亜人嫌いの巣窟だ。資料探しなら古書店を巡る方がましさ」
そう言い切って、女性が険しい瞳でジロッと見つめてくる。
「判ってんのかこいつ」的な冷たい目だが、情報を教えてくれたことには変わりない。
お礼を言うべきか……?
それにしてもさっきの言い様、クェルカの冒険者ギルドに嫌な記憶でもあるのだろうか。
「……じゃあ、古書店への地図描いてやるよ」
ズボンの後ポケットから、さっきの紙片と鉛筆を取り出して、女性がスラスラと見事な地図を描く。
あんな小さな紙に書いているのに、非常に見やすく使いやすそうだ。
「ほれ」
「あ、どうも」
手渡され、頭を下げる。
「これで迷わねーだろ?」
「わ、分かりました。ご親切にありがとうございます」
素直に頷いて礼を言う。
「おぅ、じゃあ情報料。旧銀貨1枚で良いぜ」
「えぇっ!?」
「おいテメェ、モノには何にだって値が付くんだよ。ボケてんのか」
「……えぇ……??」
彼女の理屈は正しい。
だが、これはまるでカツアゲではないか。
いや、情報は受け取っているのだから商取引と言えば言えよう。
しかし何か、理不尽なものを感じるアーネストだった。
「サッサとしろよ、さっきも言ったがアタシも暇じゃないんだ」
片足でパタパタと地面を叩き、腕組みをしつつ睨んでくる。
財布を取り出しながら、アーネストは初めて知った。
――本気で睨んでくる美人は、超怖いという事を。
「あ、あの、旧銀貨切らしていて、新銀貨ではいけませんか」
「釣りは用意してねー」
「では、お釣りは無用で」
「オイオイ、バカか。
自分から5倍近く、値を釣り上げるかよ」
旧銀貨、正式名称ゴドリック銀貨は、先代のエレニア王ゴドリックが、改鋳を繰り返して大量にばらまいたため、価値が低い。
その後、ゴドリック王の息子で現王のアウグスト2世が新銀貨を世に出した。
もちろん改鋳して、銀の含有量を増やし、信用を高めたものをだ。
ちなみに新銀貨は1枚で、お高い料理が食べられるくらいの価値。
そして旧銀貨は、安い料理屋ならこれで行けるか、というくらいの価値だ。
「いえ、お時間を取らせるくらいなら、多少の金銭的損失は厭いといません。
それに僕も本屋巡りをしなければなりません。
時間は、あればあるほど良いのが、本屋巡りと云うものです!」
アーネストが丁寧にそう言うと、毒気を抜かれたのか、目の前の女性は勢いを弱めた。
「……そうかい。後悔しねぇってんなら、アタシには得しかない話だ。
あとで返せって言っても返さねぇぞ?」
「言いませんよ。そもそも、また会うか分かりませんし」
アーネストが財布から新銀貨を出し、手渡すと、彼女は一瞬、目の前にかざしてコインを回して真贋を確かめたようだった。
本当に一瞬だったので、これで真贋が分かるというなら、余程、目が良い人なのだろう。
それからスルリと、ズボンの後ポケットに消し去る。
「セルケト姉さま」
そこに新たな人影が差した。
横合いから話しかけてきたのは、やはりウッドエルフの美人である。
日除け対策に、深めのフード付きローブを纏い、ユッタリと歩いてくる。
「ん? なんだ、ヘティトか。何してんだ」
「姉さまがいつまでも来ないから、探しに来たに決まっているでしょう?」
楚々とした口調。思慮深そうな言葉選び。
彼女らが本当に姉妹だというのなら、よくも対照的に育ったものである。
でもそういえば顔のパーツは似てるかなー?などとアーネストがボンヤリしていると、
「おー悪い悪い。ナンパに遭っちまってね」
『なんぱ!?』
アーネストと、二人目の女性の声が被った。
但し、その意味内容は大きく異なる。
アーネストの方は「嘘つかないでっ!」であり、女性の方は「ナンパして姉を遅らせたなんてこの男!」が含意されている。
その証拠に、二人目の女性から刺し殺さんばかりの視線を感じるアーネスト。
誤解でこんなに怒られるなんて、なかなか味わえない、悲しい体験だ。
「じ、じゃあ、さようなら。助かりました」
アーネストはさっさと頭を下げて撤退を試みた。
こんなに居心地が良くない、ハートがギュッと縮む状況は、久しぶりである。
「おー、じゃーなー」
アッサリ手を振って逃がしてくれる。
だが、アーネストが道を曲がるまで、殺意の視線はずっと続いた。




