2-4 乾杯
ごく、ごく、ごく、ぐびっ――
「――っくっはー!! この一杯のために冒険者をしている!!」
ライカが冷しビールを飲み干して叫んだ。
魔術の普及に伴って、冷蔵庫なるものが出回りだしたのが、ここ20年。
食料の保存にも有効な技術で、飢餓や餓死を大きく減らしたと言われている。
何より、腐った肉を食わされる機会が減った、というのが年寄りたちの決まり文句だ。
昔は多少我慢してでも、スパイスで味を誤魔化しながら食わなければならなかったらしい。
そのことを初めて聞いた時のライカは、絶望的な顔をしていた。
彼女は肉が好きだから、その状況に置かれた自分を一瞬、想像してしまったのだろう。
なお、初日の成果は、光の花の採集をして帰還、ということに相成った。
キラキラ光る綺麗な花で、料理に使うと人気らしい。
「ライカ様、泡のお髭が付いております」
酒場の他の客に聞こえぬよう、小さめな声で注進するアーネスト。
ライカはその意味を理解すると、何事もなかったかのように優雅な動作で手巾を使い、泡をふき取る。
「アーニー、よくぞ申した」
「有難きお言葉」
鷹揚な貴族と、怒りを買うかも分からないのに忠告する奴隷のコントである。
彼女らは冗談でやっているのだが、悲しきかな、冗談ではない、という真実がある。
2人はいったん、ややこしい身分の話はこの冒険旅行の間は、棚上げしようと約束していた。
「はいよ、アジの赤辛子焼きと、野菜のスープ、それからパンだ。パンはスープに浸すのを勧めるよ」
宿のおかみさんとはまた別の、女ドワーフがテーブルに料理を乗せていく。
別人だというのに、肝っ玉が太そうなところが似ているのはドワーフ女性の特徴なのだろうか?
もわっとくる、むせ返るような刺激臭。
アジの赤辛子焼きの仕業だろう。
ドワーフ料理は辛味を好む。
それが下品だと言って、忌み嫌う人々がいる一方、たまに食べたくなる人々がいたり、毎日でもドワーフ料理がいい、と振り切った人々もいたりして様々だ。
一般的には、星教の教義の関係上、魚とドワーフ料理は下の下とされて、品行方正な人は食べない。
ライカは領主の娘だから、品行方正で良さそうなものだが(そして事実、故郷に居た頃は品行方正であったのだが)、この冒険旅行では冒険者らしく行動する、というテーマがあるらしく、故郷に居た頃はやらなかったような悪いことにも手を出すようになった(無論、犯罪には加担しないが)。
アーネストの立場としては、諫めるべきなのだが、楽しそうにしてるライカお嬢様を見ると、まあいいか、と言葉を飲んでしまう。
「アーニーは本当に魚を食べないのか?」
「ええ、星教で禁じられております。幸いスープは具沢山ですし、パンもあります」
「そうか……」
肩を落としてアジを突っつくライカを見ると、アーネストの中に罪悪感が湧く。
この店は魚料理が主力らしく、肉料理のメニューは少数。
そのため、少量しか仕入れの無い肉を、たまたま切らしてしまったのだという。
とはいえ、教義なのだから仕方ない。
食べてしまうと、星鐘(日が変わる真夜中)まで懺悔のお祈りをする決まりで、単純に寝るのが遅くなる。
アーネストが教義を重視して、魚を食わないことなど重々承知のはずなのに、それでも御裾分けをしようとしたのは、素直なライカの善意からだろう。
しかし、睡眠不足とは別に、この目の前の皿に乗った、真っ赤なスパイスまみれのアジを食べようものなら、消化器系にもダメージが入るのは想像に難くない。
アーネストは明日の体調という、重要なモノのために、ライカお嬢様を傷つけてしまった。
申し訳なさそうに犬耳をたたんで、視線を送る。
お嬢様はさっそくアジをナイフとフォークで上手にほぐし、スプーン山盛りにして口にした。
「――……かっら」
ライカがこれほど真剣に呟いたのは、数か月ぶりであったろう。
(相当辛いんだろうなー、極星神テミス様、言い訳をありがとう)
アーネストが悪い考えを抱いていると、背後から突然、声が掛けられる。
「ハッ、コボルドミックスの魔術師かよっ!! SSR引いたぜヘティト?」
「セルケト姉さま、声が大きゅうございます。
……確かに、犬の魔術師は珍しいですが」
酒場の入り口に、ウッドエルフの女性が2人立っていた。
褐色肌にナイフ耳。
若い冒険者コンビと見えるウッドエルフの女性2人組がアーネスト達を見ている。
革の鎧を身に着けて、皮肉な笑いで威嚇する前衛と、布の服を身に着け、冷徹な皮肉で見透かす後衛。
どちらも美女だが、対照的である。
「なぁ犬っコロ。何の術が得意なんだ??
ここ掘れワンワンって位だから土の魔術か??」
「あー、ん……え、と……」
アーネストは戸惑った。
せめて、見当違いなことを言われていれば反発も出来たのだが、実際アーネストが得意なのは土の魔術だ。
なお、得意魔術に、ここ掘れワンワンは無関係である。
「姉さま、土魔術師は田舎魔術師です。
冒険者に存在するとは思えません」
「えー? マジかよー?
でも犬が使う魔術なんて、土魔術しか思い浮かばんわー」
せめて、見当違いなことを言われていれば反発も出来たのだが、実際、土魔術師は田舎の農園に雇われるケースが多い。
なお、アーネストは冒険者引退後、ウェットフォードの農園魔術師になる予定であった。
「……無礼であろう」
アーネストがモタモタしていると、ライカが席を立ち、間に立った。
普段なら、もっと早めに対応することが多いライカの対応が遅れた原因は、アジの赤辛子焼きに間違いなかった。
(うわー、相当辛いんだー……)
アーネストは極星神テミスに再び感謝した。
「あぁン? アンタが飼い主? こんなの冒険者同士のコミュニケーションだろ??」
「1年半冒険者をしているが、いま1番不快な思いをしている」
「へぇ? そりゃあ随分、ご上品な冒険者生活をお送りだね?」
ライカとウッドエルフの冒険者が対峙する。
ケンカになることを懸念して、アーネストは言った。
「ライカ様、言われたこと大体合ってるので、無礼の度合いは低いです」
「……ん? んん?? 合っているのか」
「……合っているんです」
アーネストが頷くと、ライカは闘志を引っ込めた。
「……失礼した。多少の無礼なら冒険者同士のコミュニケーションと言える」
ライカが引き下がり、再び食卓に着く。
「っっくっはっはっはっは!! 面白れぇなアンタら!!」
ウッドエルフの女性は一笑し、アーネストに向けて銅貨を投げた。
「クソな1日だったが、マシにな気分になったぜ。その金で1品追加しなよ。奢りだ」
銅貨1枚で頼める料理など無いのだが、それを承知で奢りとまで言っているのだろう。
「セルケト姉さま、奥の席が空くようです」
「おぅ、今日はなに食う?」
「赤辛子です」
「あ??」
「赤辛子です」
「それ、食材じゃねぇぞ、香辛料だ、ヘティト」
「薬効が無ければ食事とは言えません」
「あー、分かった、降参だ。じゃあなワンコと飼い主さん」
店の奥に消えた闖入者を見送りながら、アーネストは言った。
「…………ミルクでも頼みましょうか?」
ライカは答えた。
「うん、辛い」




