2-2 宿探し
「部屋はあるけど高く付くよ」
カウンターの中に座る矮人族の中年女性が、冷たく言い放つ。
彼女の額には真横に走る傷跡があり、それが彼女の発言の重みを増していた。
ここはスラムの冒険者宿。
古びてはいるが手入れの行き届いた、石造りの小さな建物だ。
開け放たれた窓からは風が流れ、涼気を運んでくる。
「理由をお伺いして宜しいでしょうか?」
アーネストが下手に応じる。
すると、
「へぇ……」
ドワーフ女はそう呟き、これまで見てこなかったアーネストの目を見た。
「魔術師か。遍歴冒険者なんぞしてないで、どこかのお貴族のお抱えになった方が良いんじゃない?」
突飛な言動に面食らう。
しかし、アーネストは奴隷だ。
職業選択の自由などないのである。
それにもっと言えば、ノール家のお抱えと言えないこともない。
ライカ様が冒険者をやりたいというから、従っているだけなのだ。
そうした本音を飲み込んで、アーネストは薄い笑顔を保ちつつ、
「それよりも、高く付く 、という理由をお教え頂きますか?」
「……光蜈蚣竜が出たんだ。木が採れなくって物価高。その煽りさ」
「光蜈蚣竜ブリュナークッ!?」
ライカが楽し気に叫んだことで、アーネストもその存在を思い出した。
なお、ライカの声は十分に抑制が効いており、他者から見れば、驚いているだけに見えただろう。
アーネストだけが、「あ、ライカ様、楽しそう」と見抜けたのは長い付き合いのおかげである。
光蜈蚣竜ブリュナークは光属性と火属性を体に備える、蜈蚣に似た竜である。
このクェルカの地に時折出没し、主産業である林業を妨害する。
妨害と言っても、積極的に襲ってくるわけではない。
とはいえ、クェルカ候としても入山禁止を命じないわけにはいかない。
星教の教えにおいて、人の命は大事だからだ。
それでも違法業者などが、山に入って木を伐って、値の上がった木材を売ろうと目論む。
そうすると、複数あるそういう業者から、確実に犠牲者は出る。
そして人食いを覚えたブリュナークが、山を下りて街を襲いだしたら最悪だ。
クェルカ候としても、ブリュナークが居座ってしまうと、特産の木材=クェルカ材の採取に支障をきたし、税収も下がるため、由々しき事態だ。
またクェルカ材は、主に燃料に使われるため、景気がさらに底冷えする。
それゆえ、出現ごとに討伐依頼が出され、並行して公の討伐隊が組織される。
「アイツが居座ると、全部が値上がりするから困ったもんだ。クェルカ材は薪に使うのが普通だからね」
額の傷を撫でながら、ギョロリとした目で見上げてくる。
その目が、アーネストに向いて、
「アンタ、水の魔法は使えるのかい?」
「あ、はい、泉の魔術はそれなりに使えますよ」
「あぁ?」
戸惑った表情を浮かべる女ドワーフ。
「アタシは水の魔法が使えるか聞いてるんだが」
「……ああ、そのことですか。学問的には泉属性というのがいわゆる水の魔術になるんですよ」
その返答にしばし、呆然となったあと、女ドワーフは、
「アンタら魔法使いは、いっつもそうだ」
と、小さく非難の声を挙げ、続けて、
「ブリュナーク討伐に協力してくれたら、宿泊費はタダで良い」
「無料!?」
ライカが小さく叫び、アーネストを見る。
「やったなアーニー。情けは人の為ならず。この依頼は引き受けるべきだろう」
「釘を刺しとくが、無料なのは魔法使いだけだよ。剣士の嬢ちゃんは正規料金」
「……アーニー、少し考え直そう」
「少し露骨過ぎませんか、ライカ様……?」
主人の変心にアーネストがギョッとしていると、
「で、どうすんだい? 宿泊料は新銀貨2枚」
女ドワーフが告げてくる。
アーネストの印象では、素泊まりの宿代としては高いと言わざるを得ない。
金貨・銀貨・銅貨とある中で、少し高い買い物をするときに用いるのが銀貨である。
ちなみに金貨は主に商業利用、銅貨は日々の買い物に使われる。
新銀貨3枚あれば、小人族のシェフが作った高級料理がコースで食べられる。
少し迷って、アーネストは訊ねた。
「ライカ様、どう――」
「良し。依頼は受ける。部屋を頼む」
アーネストの言葉を待たず、ライカがカウンターに新銀貨2枚を支払う。
唖然とするアーネストをチラリと見ながら、女ドワーフがライカに応じた。
「階段上がって、突き当りの右の部屋だ。1部屋で良いんだよな?」
「ベッドは1つか?」
「恋人同士なら問題ない広ささ」
問題大ありなので、詳細を聞かねばならない。
何かを思案するライカの後ろでアーネストが首を横に振り、店主に否定の意を告げる。
「冒険者なら、床に寝袋を広げるだけの広さはあるよ」
その言葉に胸を撫で下ろす。
ライカ様と同衾など、期待はしても、決して実現などしてはならないのだ。
「うむ、では案内を頼む」
ライカが鷹揚に頷き、この宿への宿泊が決定した。




