1-10 ヤーデレーゲの観測所
それは確かに、惨劇の痕であったろう。
丸太でできた小さなログハウス、と言えそうな観測所であったが、玄関に掛けられた金属製の巾着錠が、既に何者かによって破断され、地面に転がり、用を成さなくなっていた。
「アーニー、要警戒だ。
この場は何者かに襲われた形跡がある」
声を潜めて告げながら、右の思考の剣だけを引き抜いて、ライカがアーネストと目線を交わす。
アーネストの頷きを受け、息を合わせてライカがドアを蹴破ると、小屋と呼ぶべきその場所は、随所に赤黒い汚れが撒き散らされ、金気臭い残臭を漂わせていた。
しかし、犠牲者の姿は無い。
「アーニー、ヤーデレーゲに気取られない程度の短い範囲で、生命探知と、死体探知を使えぬか?」
「死体探知は冥属性の死霊術師魔術なので、違法ですよ。
秘密に使うことは出来ますが、代わりに僕は星堂に懺悔に行くことになります」
「まず生命探知。
その後、アーニーが負担でなければ、死体探知を頼む。
謎の襲撃者が未だに潜んでいた場合、生命探知が有効だ。
そこが無反応であった場合は、ここに詰めていたという2人の冒険者ギルド員を見つけるのに、死体探知が有効であると私は思う」
ライカが果断に方針を示した。
アーネストも否やは無い。
「カネ・ソヌス。生命探知」
反応は2つ。
ライカとアーネストの反応である。
目線だけでその意を告げて、そのまま次の呪文に移る。
「カネ・オルクス。死体探知」
冥属性の魔術は、独特の寒気を有し、使っていてあまり気分の良いものでは無い。
魔術の発動時は勿論、終了時にまで隈なく気を配らないと、悪霊や死神、魔女やカボチャ頭、吸血鬼など、その筋の方々に目を着けられてしまう危険性もある、危うい術だ。
原則、魔術学院では星教会法に基づいて違法とされているのだが、それでも死霊魔術師たちの地道な活動は収まることを知らなかった。
アーネストには理解できなかったが、それでも欲しいモノなのだろう。
永遠の命というものや、既に没した愛する人と交霊術で会話する機会や、その人を黄泉還らせる秘術などというものは。
アーネストの現世への印象は、苦界の一言であると言っていい。
ライカが引き立ててくれているから、人よりマシな境遇であるのは間違いないが、アーネストという個人にとって、世界が優しかったことなど、ほとんど無い。
恩人であるライカお嬢様に先立つのは、彼女の奴隷として失格であろうという思いから、ライカより先に死ぬつもりは無いが、仮にライカが何かの事故で鬼籍に入った場合は、アーネストが自殺で後を追うことなど、想像に難くない。
だから、冥属性はアーネストの苦手とするところであった。
「陰キャ具合と不幸オーラが、冥属性と相性がいい」などと、学院の先輩魔術師は笑いながら酷いことを言っていたが、相性がいいから苦手になることもあるようだ。
近親憎悪と似たようなものだろうか??
「死体探知に感アリ。この扉の向こうに1体。
大きさと、残存するご本人の魂に鑑みれば、ヒューマン……ここの監視員の一人かと」
アーネストが告げると、ライカが肩の緊張を解いて、溜息を吐いた。
「死体のみか……。
進んで見たいものでは無いが、見ざるを得ないのであろうな……」
剣士という立場上、惨たらしいスプラッターには耐性のあるハズのライカだが、好んで見たいものでもないようだ。
考えてみれば当然で、高報酬の汚物清掃人は汚物に慣れているハズだが、仕事だからやっているだけで、本当に心底、汚物の好きな変わり者は少数派であろう。
扉を開けると、そこの惨劇が一番の盛り上がり所と言えそうだった。
壁一面にぶちまけられた鮮血。
狭い部屋に窮屈そうに置かれた、椅子の上に崩れ落ちる、頭の無い人体。
角度からして首をひと振りで切り落とされ、背後の壁に流血がぶちまけられたに違いない。
「アーニー、死亡してどの位経つと思う?」
「魂の弱り具合からして、恐らく最短2~3日……」
「我らの出発時点に、報告が12回滞っている、という話と一致するな」
1日6回、2日で12回の定時報告がない、という事は、星教会の日毎の祈りの時間で報告を挙げているのだろう。
起鐘(日の出)、昼鐘(正午)、晩鐘(終業)、終鐘(就寝)、星鐘(真夜中)、聖鐘(未明の早朝、聖職者なら起きろ)の6度の時刻には世界中の星教会で鐘が鳴らされ、教区の民草に祈りの時間を知らせている。
「2日前の起鐘の前に、この小屋は襲われて全滅させられたのだろうな。
遺体が1つなのは解せぬが、食われたか、連れ去られたか……」
「ライカ様、魔力探知を行っても構いませんか??
もしこの殺戮で、魔術が使われているならば、手掛かりになるかも知れません」
「許可する。
魔導通信機は使い物になりそうにないしな……」
ライカが部屋の血塗れの壁とは、対面の壁を鋭く観察する。
折れた|魔導駆路通話機。バールのようなもので叩き割られたと思しき、通信機の本体。
そういえばウィークフット参議員から聞かされていた、傘状の装置も、屋根の上には見えなかった。
「カネ・フォンス。魔力探知」
アーネストの杖先が小さく光る。
間もなく、アーネストは目を見開いて、驚きを吐き出していた。
「鏡属性……!!?」
「アーニー、大丈夫か?
何が分かった??」
ライカが従者を気遣いながらも、情報を取ろうとする。
「ライカ様、鏡属性です。泉属性と光属性、風属性の高度な混交!
人類の魔術体系に無い、この大陸の原生呪術……!」
「つまり……?」
「蜥蜴人たちが得意とした、虚言と欺瞞と風説の流布を得意とする呪術です……!」
アーネストの分析に衝撃を受け、ライカは愕然とした。
蜥蜴人? 確かに、登山の合間の戯言で、そんな会話を交わしはしたが、本気などとは露ほども考えたことはなかったのだった。
しかし一方、アーネストの言を引けば、地方都市には蜥蜴人たちの魔の手が伸びてきているのだという事らしい。
「!? カネ・フォンス! 強化魔力探知!!」
アーネストが突然、魔術を発動する。
「アーニー!! どうした!? 何か判ったのか??」
荒い息を吐きながら、アーネストが崩れ落ちる。
「あ、アーニー!?」
床に転んだアーネストを助け起こすと、ライカはアーネストの顔を覗き込む。
アーネストの表情は、ライカの予想外にも安らかだった。
「……ラ、ライカ様……ご安心ください……」
息切れすらも隠さずに、報告を優先してアーネストが言葉を紡ぐ。
「蜥蜴人は偽りと風説の流布を得意とします……ゲホッ。
強化した魔力探知で周辺を浚いましたので、万一にでも蜥蜴人が隠れて居残っている可能性はありません」
ライカは少し悩んで、言った。
「アーニー。少し休め。現場指揮官として私が対応を考える」
安心と疲労が限界を迎えたのであろう。
三角耳の奴隷が一人、血臭の中、気を失った。




