第99話 彗星
櫓の上に登っていた市役所職員が、高みからハンターたちに出動を要請する。
「来るぞ! 1つ目のウェイブだ!」
ラットリングの洪水は1まとめに来るのではなく、複数の波に別れて到来する。 その最初のウェイブがやって来た。
アリスは傍らに置いていた兜をかぶり、手斧と小盾を手に取る。
「あたしたちの出番ね」
◇❖◇
ラットリングを街道から逃さぬよう半包囲で殲滅すること。 それが市職員の指示だったので、ハンターたちは互いに間隔を空けて前線へ移動する。
アリスとミツキも間隔を開け、それがをきっかけでミツキは思い出した。 アリスに伝えておくべきことがある。
「アリスー」
ミツキは3mほど左を進むアリスに声をかけた。
「なに?」
フルフェイスの兜をかぶるアリスは、くぐもった声。
「オレ、トドメさせないんだけど」
「どういうこと?」
アリスは前進を続けながらミツキに近寄る。 聞き捨てならないコトを言われた気がした。
◇
「トドメって何の話?」
「オレさあ、モンスターを殺せないんだ。 切るとか刺すとか苦手なんだ」
アリスは絶句した。 え。
「でもミツキくん... じゃあその短剣は?」
アリスは鎖を編み込んだ手袋をはめた手で、ミツキが腰から下げる短剣を指し示した。
ミツキは鞘に入ったままの短剣を手に取り、柄尻で殴る動作をして見せる。
「素手で殴ると痛いでしょ? だから、こう持って、こう殴る」
アリスは厳しく、そして難しい顔になった。
(もしかミツキくんって役立たず!? 1億モンヌもしたのに...)
そこで会話は打ち切られた。 ラットリングの "洪水" から逃げる写真持ち込みハンターたちが、前方から駆けて来たのだ。
◇❖◇
「来たわね!」
アリスは頭を切り替え、アダマンティウムの手斧と小盾を構える。 雑魚が相手でも、目前に敵がいると張り切る。
ギュチチー! ネズミを思わせる鳴き声と共に、ラットリング3匹が同時にアリスに襲い掛かる。 しかしアリスは落ち着いたもの。 左側の1匹の横っ面を小盾で殴りつけ、右から襲い来る1匹の首筋に手斧を叩きつける。 中央の1匹には、フルフェイスの兜で頭突き。
結果、1匹が即死し、2匹が昏倒。 即死したのは手斧で斬られた1匹。 首から夥しい血を吹き出しつつ地面に倒れた。 この3点同時攻撃、アリスは簡単にやってのけたが実は難易度が高くリスクを伴う。 例えばクルチアなら3つの攻撃はロクに当たらず、当たったところで体重が乗ってなくて威力がない。 おまけに頭突きを回避したラットリングに首筋に噛みつかれる。
◇
昏倒した2匹にトドメを刺した時点で、アリス近辺のラットリングが逃げ出した。 アリスに絶対的強者の匂いを感じ取ったのだ。
不幸にもアリスの担当は半包囲の端っこ。 だからラットリングは続々と、街道の脇の荒れ地へと逃げ出し始めた。
アリスは唇を噛む。
「クッ、マズい」
この公共事業で大事なのはラットリングを逃さないコト。 でも重装備なうえ小柄で歩幅が小さいアリスは、足が速くない。 ラットリングに追いつけない。 いや厳密には、1匹だけなら追いつける。 でも、逃げ回る複数のラットリングを全て倒して回るのは不可能。
1匹しか倒せないのでは追いかける気にならない。 アリスは立ち尽くし、諦めムードでつぶやく。
「どーしよ」
これでは仕事にならない。 やっぱり小物退治はアリスに向いていなかった。
そこに彗星のごとく登場したのがミツキだ。 キンモクセイの芳香を身にまとい、逃げ出すラットリングを次々にKO。 ラットリングの逃亡は全面的に阻止された。
街道の脇に倒れる多数のラットリングを見て、アリスはフルフェイスの中で満面の笑みを浮かべる。
「ミツキくん!」




