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クイックリングちゃんドロップキック!  作者: 好きな言葉はタナボタ
第七章

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第94話 決意

立ち話もなんなので、場所を移しましょう。『バスターズ』の提案で、食堂に移動することになった。 ぞろぞろと移動を開始する一行。 アリスも何食わぬ顔で付いて来た。


『バスターズ』の所長と副所長は当然アリスを知っている。 同業者であり、契約の場に同席するなど論外。 迷惑そうな視線でアリスにアッチへ行けと促すが無視される。 威圧的に睨みつけると睨み返される。 大男2人のプレッシャーがアリスには通じない。


副所長のゴシャデン・ユタカは、迫力ではなく道理によってアリスを追い払う方針に転じた。


「オホン。 カスガノミチくんは、そちらのタカラズカさんとどういう関係かな?」


「えーと、ともだち?」


ミツキの回答にアリスは微笑み、ユタカは無念そうに目を閉じて天を仰ぐ。 トモダチだったか! 友達なら同行を拒否できない。 アリスを追い払えない。


ユタカはミスを犯したのだ。 アリスを追い払いたければクルチアに働きかけるべきだった。


           ◇❖◇


食堂の片隅のテーブルに着席し、副所長ユタカが本題に入る。


「早速ですが、我々は1億5千万モンヌでカスガノミチくんと契約したいと考えています」


ホッとするクルチアに、ユタカは詳細を告げる。


「契約期間は5年。署名時に5千万モンヌで、残り1億は年俸として2千万ずつ支払われます」


クルチアは凍りついた。


「え、1億5千万モンヌを一度にもらえるのでは...」


クルチアの無知をユタカは一蹴。


「いや、"契約金" は署名時に支払われる金額と年俸の総称だからね」


クルチアは断られるのを覚悟で、条件の変更を要求。


「あの、契約時に1億モンヌを頂けないでしょうか?」


クルチアの訴えに、ユタカは怪訝な顔をする。


「どうして?」


「それは、えっと...」


言葉に詰まるクルチア。 契約時に1億モンヌを頂きたいのはミツキの市民権を速やかに購入するため。 でもそれを明かすのは、"ミツキに市民権が無い" と明かすのとイコール。 『バスターズ』が市民権と契約強制力の関係に気づけば、この話が()()()()になりかねない。


            ◇


ユタカの疑問への回答は、クルチアの背後の席から飛来した。


「ミツキくんの市民権を買うのよね?」


クルチアの背後の席で金髪の女性が立ち上がり、クルチアたちのテーブルへとやって来る。


クルチアの口から驚きの声が漏れる。


「あなたは...」


女性はタメリク帝国のエージェント、オーマイ・ピュアハートだった。 彼女はクルチアたちが食堂に入る前から尾行し、密かにクルチアらの後ろのテーブルに着席していた。


『バスターズ』の所長ミクリヤ・ドラジロウが、鋭い視線をオーマイの美貌に送り込む。


「どちらさまですかな? まあどうぞ、お掛けください」


ドラジロウは自分の隣の空いている席を指し示した。 彼は女好きで知られる。


指示された席に腰を降ろし、オーマイは『バスターズ』の2人に問う。


「あなたたち、ご存知かしら? そちらのカスガノミチさんがエクレア小国の市民権を持たないことを」


ユタカとドラジロウは、オーマイの発言の真意を掴めない。


「市民権を持っていない?」「なんの話だ?」


「ミツキくんはエクレアの軍務局の差し金で市民権を剥奪されています。 したがって、あなた方がミツキくんと結ぶ契約は彼に強制力を発揮しない。 つまり、ミツキくんが契約金だけ受け取ってトンズラする恐れがあるの」


オーマイは丁寧に説明した。 ミツキからエクレア小国での居場所を奪い、帝国への移住へと追い詰めたい。 一昨日の夜にミツキ勧誘に失敗した後も、オーマイはダレノガレ市にとどまり本日の決勝戦を観戦。 ミツキの敗退を知って再勧誘のチャンスを探っていた。


           ◇❖◇


契約間際に発覚した重大な懸念事項に、ユタカとドラジロウは驚愕した。


「なんと!」「それは本当かね?」


クルチアは懸命に主張する。


「それはそうですけど、ミツキは契約金で市民権を買います! 最初に1億モンヌを欲しいのも、それが理由なんです!」


ユタカとドラジロウはクルチアの言葉にウンウンと頷くが、ちゃんと聞いてはいない。


「すまんが今日はこれまでだ。 また日を改めて話をしよう」


弁護士に相談したり、所内で会議を開いたりせねばならない。 1億5千万モンヌは大手事業所にとっても大金だ。 慌てて契約する必要はない。 他の大手事業所は紳士協定により一ヶ月はミツキに接触できないし、零細事業所は巨額の契約金を用意できない。


「そんなっ! 日を改めてっていつですか!」


クルチアの必死の叫びは『バスターズ』の所長と副所長の心を動かさない。


「また連絡します」


そう言ってユタカとドラジロウは、慌ただしく席を立ち、食堂を出ていった。


           ◇❖◇


「日を改めてって、いつなのよぅ...」


打ちひしがれるクルチアを、オーマイが慰める。


「ごめんなさいね、イナギリさん。 邪魔しちゃったみたいで。 でも信じて、悪気はないの。 相手を騙して契約するような卑劣な真似を、あなたにさせたくなかったの。 そして安心して。 帝国はミツキくんだけじゃなく、あなたにも帝国での快適な暮らし保証します」


「そんな、帝国なんて...」


前回はオーマイの誘いを "問題外" と撥ねつけたクルチア。 しかし今回の反応は弱々しい。 一昨日の夜よりもミツキの状況は悪化している。


クルチアの心が弱っていると見たオーマイはチャンスの匂いを嗅ぎ取った。 ここぞとばかりに居住まいを正し、オーマイは誠心誠意お願いする。


「お願いします、おふたりでタメリク帝国に移住してください」 ペコリ


ミツキがクルチアの腕にしがみつく。


「もう観念しようよクルチア。 帝国に移住しよう」


彼はもともと移住に乗り気だった。 毎日ごちそうを食べたい。 肉を狙われるより、チヤホヤされたい。


急速に現実味を帯びる移住に、クルチアは追い詰められた。


(国外にミツキだけ送り出すわけにはいかない。 でもママとパパが...)


ミツキと両親どっちを取るか。 クルチアは頭を抱えて思い悩む。 いっそママとパパごと?


そのときである。 腕組みして目を閉じ考え込んでいたアリスが、カッと目を見開いた。


「ちょっと待った!」


アリスは高らかに宣言する。


「あたしがミツキくんと契約する。 契約時に1億モンヌを一括払い!」


アリスは脳内で一人会議を行い、この場で借金を決意したのだ。 アリスが1人ぼっちで営む零細精鋭事業所『セレスティアル・ドラゴンズ』は名門事業所『バスターズ』よりフットワークが断然に軽かった。


          ◇❖◇❖◇


ミツキはアリスと契約した。


クギナと合流し4人となったクルチアたちは、ダレノガレ競技場を後にする。 しかし競技場を出たところで、すぐ2手に別れる。 一方はクルチアとクギナ、もう一方はミツキとアリス。 ミツキは会場から直接、アリスの住むコンデコマ市に行くことになった。 クシナダさんのアパートには戻らない。


「アリスちゃん、ミツキを頼むわね」


「任せて。 アタシとミツキくんが手を組めば、軍務局がナニしてこようが平気だし」


クルチアはミツキの頬を両手で挟む。


「ほらミツキ、そんな顔しないで。 半年たったら、私も合流するから」


クルチアはアリスにオファーされた掃除係のポジションを蹴り、半年以内に一流の戦士になって『セレスティアル・ドラゴンズ』に加入すると宣言していた。 アリスは強い立場にあるものだから、クルチアに掃除係以上のポジションを用意するのを拒んだ。


ミツキはムスっとした顔で沈黙。


(掃除係になればオレと一緒にいれるのに、クルチアはそうしない。 クルチアにとってオレはその程度の存在なんだ。 フン、クルチアが半年で一流になれるもんか)


            ◇


「じゃあねイナギリとオウリン」バイバイ。「行きましょ。 ミツキくん」


アリスに腕を掴まれ、ミツキはクルチアの傍らを離れて歩き出す。 クルチアと目を合わせもしない。 一言も声を発さぬまま、ミツキは去った。


遠ざかる2つの小さな背中を眺めながら、クギナがクルチアに問う。


「よお、これで良かったのかよ?」


問いながら隣に立つクルチアに目を向けて、その横顔にクギナは ハッ とする。


「イナギリ、オマエ...」


クルチアの顔に浮かぶのは、傍目にも明らかな決意の表情。 名門ゲータレード市立高校の学級委員長を務める才媛が、いま決意していた。 わずか半年で全国トップレベルの強さに食い込むため全能力を注ぎ込むことを。

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