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小さな男の子が年上の幼なじみ(♀)に面倒を見てもらう話  作者: 好きな言葉はタナボタ
第一章
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第9話  甘い夢

ひとしきり情報を伝え終えて、ヤマダ父が切り出した。


「では、そろそろ退治のほうよろしいですか?」


「あ、もちろんです」


クルチアの返事にヤマダくん一家はニコニコ顔。 懸念事項が片付く時が来たのだ。


「いやー、助かりますよ。 ああタカフミ、発注書を見せてくれ」


"タカフミ" はヤマダくんの下の名前。


「ハッチュウショ?」 何それ父さん。


「協会でもらっただろう?」


「なんのこと?」


息子との間に理解の齟齬(そご)があると見て、ヤマダ父は腰を据えて説明する。


「ハンター協会を通じてハンター事業所にモンスター退治を依頼すると、協会は依頼主に書類を発行する。 それが発注書だ」


「協会は通してないよ。 イナギリさんに直接頼んだんだ」


「そうか。 じゃあ今から協会に行ってこい。 まだ開いてるだろう」


父と息子の会話を聞くうちに、クルチアは真っ青になった。


(マズい。 "依頼" を受ける資格があるのは "事業所" だけ。 すっかり忘れてた)


法律でそう決められている。 モンスター退治業者の質を維持する目的で作られた法律だ。


「すみませんねえイナギリさん。 ラットリング退治は息子が協会から戻ってからということで。 それまでゆっくりしていて下さい」


(どうしよう。 どうする?)


迷う余地はない。 正直に打ち明けるしかない。


クルチアは心を決めて、小さく挙手した。


「あのう」


ヤマダ一家の視線がクルチアに集まる。


「どうしました?」


「あのですね、わたしハンター事業所に所属してないんです」


           ◇◆◇


ヤマダ父が困惑する。


「どういうことです? イナギリさんはハンターですよね? 武装もしていらっしゃる」


「私がモンスター退治をしているのは本当です。 でも―」


            ◇


顔を強張らせるヤマダ父に、クルチアは自分のハンター活動について説明した。


話を聞き終え、ヤマダ父は表情を緩める。


「ああ、そういうことでしたか。 協会を通さないぐらい問題じゃありません。 この際、法律違反には目をつぶりましょうよ。 改めてお願いします。 このコミュニティーに巣食うラットリング全てを30万モンヌで退治して頂きたい」


改めて提示された金額の大きさにクルチアは生唾を飲み込む。


(さ、30万モンヌ... ゴクリ)


そして断腸の思いでオファーを断る。


「せっかくですが、お受けできません。 法律違反だと気付いてしまった以上、残念ですけど...」


今のところ純真なクルチアにとって、法律は絶対だった。


            ◇


ヤマダくん一家の心に陰が差す。 クルチアに断られると、強欲な事業所に倍額の60万モンヌを支払うか、さもなくばラットリングの脅威にさらされる生活をしばらく続けなくてはならない。


ヤマダ父はクルチアに翻意を促す。


「お願いですイナギリさん依頼を受けてください。 我々が直取引をして誰に迷惑がかかるというんです? 人助けだと思って、そう、これは人助けです。 法律違反だが人助け。 あえて言いましょう、私たちのために手を汚して欲しい。 この通り、お願いです!」


ヤマダ父はなかなかの説得上手。 体面を理由として依頼を断ろうとする人物なら、あるいは自分に陶酔する人物なら、彼の言葉で心を変えるだろう。


だがクルチアの心は動かない。 彼女の心は決まっている。


「依頼は受けられません」


ヤマダくん一家の顔に落胆の表情が浮かぶのを見て、クルチアは慌てた。


(違うの、そうじゃないの。 がっかりしないでヤマダくん!)


クルチアは言葉足らずな自分に身もだえし、大急ぎで付け加える。


「依頼は受けませんが、ラットリングは退治します」


ヤマダ父が(いぶか)しげに尋ねる。


「と言いますと?」


「倒したラットリングの写真を撮って協会に持ち込みます。 私がいつもやってることです」


ヤマダ父の口元に微かな笑みが浮かぶ。 クルチアの言わんとする事を理解したのだ。 このコミュニティーは無料でラットリングをクルチアに駆除してもらえる。 60万モンヌの出費になりかねなかったのが、なんと0モンヌ。


広がる笑みを抑え込み、彼は深刻な口調を心がける。


「よろしいんですか? 私たちばかりが得をすることに...」


クルチアは努めて明るい声を出す。


「気にしないでください。 いつも防壁の周りでやってることを、このコミュニティーでやるだけですから」


クルチアは自分に言い聞かせる。 そう、いつもと同じ仕事でいつもと同じ稼ぎ。 損をするわけじゃないの。 甘い夢を見ちゃっただけ。


           ◇◆◇


一連のやり取りのあいだミツキは無表情。 でも彼の隠しパラメーターは今しがたのクルチアの高潔な振る舞いに(いた)く感激し、クルチアへの信頼度を3ポイントも上げていた。 クルチアと共にハンター活動を続けてきたミツキは、依頼や報酬のシステムを理解している。 クルチアが高額の報酬を稼ぎたかったことも、ルールを守ってそれを我慢したことも、彼は理解していた。

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