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クイックリングちゃんドロップキック!  作者: 好きな言葉はタナボタ
第七章

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第89話 新しいマスター

試合に負けたクギナが待ち合わせ場所に戻ると、そこにいるのはクルチア1人だった。


「トオマスはどうした?」


「『竜の巣』に採用されて、連れて行かれちゃったの」


トオマスは契約に伴う手続きのため、ヒツマブシ・ユタカにどこかに連れ去られた。 クルチアは同行を拒絶された。 クギナが来るまでクルチアの脳内では、連れ去られ際にトオマスが見せた悲壮な表情と悲痛な叫び声が何度もリプレイされていた。 マイ・レディーッ!


「じゃあトオマスは『竜の巣』に入るのか!」


クルチアは鎮痛な面持ちで頷く。


「きっと『竜の巣』は、最初から先輩を採用する気で試験を受けさせたんだわ」


「あいつがナイトリングだから...」


クルチアは再び頷いた。


「さっきの試合もきっと八百長で、相手は『竜の巣』の人間」


クルチアは『竜の巣』の企みを看破したが、時すでに遅し。


クギナが悔しさを吐き出す。


「ちくしょう、トオマスうっ!」


果たしてクギナが、クルチアが、再びトオマスと巡り会える日は来るのだろうか?


          ◇❖◇❖◇


クルチアとクギナは、ミツキが眠る『金の盾』の控室へやって来た。


「なんと。 トオマスが『竜の巣』に...」


サクラは残念そうな顔。 熱望したわけでもなく手中に転がり込みかけたナイトリングだったが、いざ他の事業所に取られると、大魚を逃した気分である。


「なんとかならねえのか?」


クギナは今はまだサクラの恐ろしさを知らないので、心置きなくタメ口だ。


サクラは事もなげに答える。


「契約を破れば良い。 入所契約の違反など、賠償金は微々たるもんじゃ」


          ◇❖◇❖◇


『金の盾』の控室の隣は『竜の巣』の控室。 そこでトオマスは『竜の巣』の所長であるヒツマブシに(ねんご)ろに(さと)されていた。


「もう諦めたまえ。 採用を宣言された時点で、『竜の巣』と君の契約は成立したんだ」


ヒツマブシの声がトオマスの冷たく強ばった耳の穴を通過する。


(おおマイ・レディー、僕はあなたに二度と会えないのか?)


クルチアと引き離されたショックで、トオマスの心は半ば凍りついていた。


「契約に違反すると、莫大な賠償金を請求されるよ。 ご両親にも迷惑がかかることになる」


「莫大って... いくらですか?」


所長は、しれっと嘘をつく。


「ざっと3億モンヌ。 実に恐ろしい金額だねえ」


トオマスが座らされた椅子の背後に立つ『竜の巣』の所員が、トオマスの両肩に手を置き肩を揉む。モミモミ


「なに暗い顔をしている? 『竜の巣』はハンターなら誰もが憧れる一流の事業所、キングズブリッジくんの初年度の年俸は800万プラス歩合給。 ナイトリングたる君なら、ゆくゆくはパートナーにもなれるだろう」


「しかしマイ・レディーが...」 マイ・レディーさえ一緒なら...


「マイ・レディー? 君の今のマスターのことか」


「忘れなさい。『竜の巣』は多数の優秀な戦士を擁する名門事業所。 もっと優れたマスターが見つかる。 全てを捧げるに値する真の主君がね」


           ◇❖◇


ダレノガレ競技場には今、チトセミドリ・クイノスケを筆頭に『竜の巣』のトップクラスの所員が揃い踏み。 武術大会に出場する所員と、コンテストの審査員を努める所員だ。


そこでヒツマブシ所長は、トオマスの新しい主君を決めるための面接会を控室で開催した。


ところが、である。 トオマスは『竜の巣』が誇る一流ハンター陣の誰一人として主君と認めなかった。 プイ とそっぽを向いたり ツーン と横を向いたり、ろくに視線すら合わせなかった。 クイノスケは所長の指示を無視し面接会に参加しなかったが、仮に彼が来ていてもトオマスに主君と認められなかったと思われる。


            ◇


ヒツマブシは頭を振って嘆く。


「う~む、やはり女の子じゃないとダメなのか」 やはりキングズブリッジは忠誠心と恋心を混同。 そして恋心を忠誠心より優先。


キングズブリッジには意欲的に『竜の巣』に所属して欲しい。 妖精騎士団とのコネとしても利用したいから、契約に縛られイヤイヤ在籍するのでは支障がある。 それには、マスターが『竜の巣』の人間であるのが重要。


所員の1人が疑義を呈する。


「面接させた中には女性の所員もおりましたが」


「30過ぎだろう? もっと若くなきゃダメだ」


「でも、現在のマスターとの結びつきが恋心だとすると、キングズブリッジがすでに強い説明がつきません。 もしかして、現在のマスターが余程の大人物で、彼はやはり忠誠で彼女と結びついているのでは?」


所長は所員の意見に否定的。


「女子高生が大人物? それは考えにくい。 きっと恋心だ。 奴がすでに強い理由は不明だが、ナイトリングの強さに忠誠心はあまり関係ないのかもしれん。 きっと若い女じゃなきゃダメなんだ。 若手の女性ハンターに会わせてみよう。 この際、恋心でもいい。 今のマスターへの未練を絶たせることが重要だ」


現在のマスターであるクルチアも雇うという発想は、ついぞヒツマブシに浮かばなかった。 名門事業所の所長の目には、|実績ゼロで開店休業中の事業所《いなぎりハンター事業所》の所長などハンターとして映らなかった。


ダレノガレ競技場に来ているハンターのなかに若手の女性はいないので、トオマスはコンデコマ市にある『竜の巣』の本部に移送されることになった。


          ◇❖◇❖◇


クルチアたちはトオマスの行方を探した。 "契約を破れば良い" と伝えたくて。 しかし『竜の巣』にトオマスの所在を尋ねても返答拒否、宿に戻るとトオマスの部屋はすでに引き払われていた。


「どこにいるんだトオマスっ! 契約を破ればいいだけなのに!」


「先輩、自分で気付かないかな?」


「トオマスの奴、オマエと引き離されて死ぬんじゃねえだろうな」


「それは大丈夫だと思うけど」 私の愛情不足は関係ないわけだし...


           ◇❖◇


クルチアもクギナも『金の盾』のコンテストを一回戦で敗退した。 もともとの実力不足に加えて、両名とも連れ去られたトオマスが気がかりで集中力を欠いた。


            ◇


全てのコンテストが終わり、宿に戻ったクギナとクルチアはテレホンでトオマスの自宅に問い合わせた。 もしもし! トオマスくんが『竜の巣』に連れ去られてしまったんです!


電話に出たトオマスの父親は、落ち着いたものだった。


「ああ、『竜の巣』と契約したとトオマスから連絡があったよ」 妙に沈んだ声だったが。「学校を辞めることになるが、『竜の巣』に入るなら仕方がない。 今まで息子と仲良くしてくれてありがとうね」


『竜の巣』は既に両親を丸め込んでいた。 名門事業所としてのステータスを利用して。

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