第82話 ミツキはアウトロー
「アリスちゃん、その紙はなあに?」
クルチアの視線が契約書に注がれた。 クルチアの席はアリスの隣の隣。 左からアリス/ミツキ/クルチアの順に並んで座っている。
「契約書ですけど?」
澄ました顔で答えるアリス。 開き直るしかなかった。 契約書を隠したりすれば、やましいことをしていたとミツキに思われてしまう。
契約書と聞き、クルチアが真剣な表情になる。
「契約書? 私にも見せてくれるかしら」
アリスは仕方なく、テーブル上の契約書を滑らせてクルチアの前まで移動させた。 ツーッ
◇
読み終えたクルチアは、紙面から目を上げる。
「あのね、アリスちゃん。 残念だけど、ミツキは契約を結べないの」
アリスは意味が分からない。
「どういうこと?」
「契約を結べないというか、結んでも意味が薄いってことね。 ミツキは市民権を持ってないから―」
◇
クルチアは説明した。 ミツキと契約を結ぶのは自由だが、その契約はミツキに強制力を発揮しない、と。 市民権を持たぬミツキはアウトロー。 法律に保護されない代わり、法律に縛られもしない。 よって、効力をエクレア小国の法律に依存する契約に、ミツキを縛る効果はない。 ミツキが契約に縛られるとすれば、それは法律ではなくミツキの意思による。 "約束は守らねばならない" というミツキの良心によってのみミツキは契約を履行する。
「だからね、アリスちゃん。 ミツキが契約金だけ受け取ってトンズラする恐れがあるの」
「じゃあ大手の奴らは? ミツキくんと契約するんでしょ?」
「ミツキに市民権が無いって知らないんじゃないかしら」
あるいは、ミツキが武術大会に優勝して市民権を取り戻すことまで知っているか。 でもクルチアは、それをアリスに伝えない。 大手事業所が提示するのは億単位。 アリスが提示した金額とは桁が違う。 アリスにミツキを諦めてもらう良い機会だった。
◇◆◇
注文した料理が届いたが、失意のアリスは食欲が無い。
(あ~あ、アタシがミツキくんの幼なじみなら良かったのに フゥ)
契約で縛れないミツキを繋ぎ止めるには、ミツキとの間に固い絆を構築するしかない。 クルチアのように。
(最強のコンビだったのに)
◇
アリスは落ち込んだまま、味気ない食事を終了。 コップの水を飲み終えて溜息。 フゥ。 そんなアリスを気にも留めず、クルチアは宣言する。
「そろそろコンテスト会場に戻りましょうか」
トオマスとクギナはクルチアの言葉に従い席を立った。 クルチアは主君だし学級委員長だしで、ごく自然にリーダーシップを発揮してしまう。
アリスはノロノロと席を立ち、トボトボとクルチアたちの後に付いて食堂の出口へ向かう。ハァ
◇
のろのろアリスのさらに後ろを歩く人物がいる。 ミツキだ。 元気をなくしたアリスに、クルチアの目を盗んで伝えてあげたい事がある。
「え~と、アリス?」
ミツキはアリスをどう呼ぶか少し迷った。 思えばミツキがアリスに呼びかけるのは、これが初めて。
呼ばれてアリスは振り返る。
「なに?」フゥ
「さっきのクルチアの話は、あれで全部じゃないよ」
「え?」 どういうこと?
「オレはこの大会で優勝して市民権をもらう。 だから契約できる」
「ホント?」
灰色だったアリスの脳内がバラ色に変わってゆく。
(ミツキくんと契約できる... しかもミツキくんがそれを教えてくれたってことは、ミツキくんはアタシと契約したい? もしかしてミツキくんはアタシのコトを...)
「うん、ホント」
ミツキが頷いたので、アリスはミツキの腕を掴んだ。 ガシッ
「じゃあ、そこのテーブルで契約書にサインを―」
そのときだった。 食堂の入り口付近からクギナの怒声が聞こえてきたのは。
「何しやがる!」




