第76話 社交辞令
試合場を降りてきたクギナに、ミツキは社交辞令を送る気になった。
「カッコ良かったよ、クギナ」
ミツキも14才。 そろそろ社交辞令を扱えて良い年頃だ。
「お、そうか」 カッコ良かったか。 そうかそうか。
クギナは珍しく、白い歯を見せて笑う。 喜んでいる。 クギナは社交辞令の使い手ではないから、社交辞令への耐性がゼロ。 だからミツキの未熟な社交辞令にもコロリとやられてしまう。
ミツキは後味の悪そうな顔で、言葉を濁す。
「まあね」
純真な彼は、クギナの笑顔に罪悪感を感じていた。 思いがけず嘘が通用したときと同種の罪悪感だ。
クギナはミツキの罪悪感に気付かず、上機嫌で愚痴をこぼす。
「思ってたのと少し違ったけどよ」
思い描いていたのと正反対の乱打戦だった。
◇
アリスは困っていた。 ミツキの社交辞令に触発され "アタシも何か褒めよう" と思ったは良いが、クギナの試合を思い返しても褒める点が見当たらない。 トップクラスの戦士であるアリスの目には、さっきの試合は酷く低レベルに映った。 良い点を探すのが難しい。
褒める材料を求めて、アリスはクギナの試合を回想する。 良い点、良い点。 どこか褒めるトコ、褒めるトコ... そうしてようやく1つ、褒められる点に思い至る。 あった... これなら。 でも... ん~、どうなんだろ? これって褒めるのに使えるのかな? 褒めるに耐えるのかな?
しかし他に選択肢は無い。 アリスは心持ち首をかしげながら、ようやく見つけた疑わしくも大切な "褒める点" を音声化する。
「ね、オウリン。 さっきの試合さ、凄い音だったよね」
クギナは、よもや褒められているとは思わない。 何の事か見当がつかない。
「音?」
「ほら」エット「あの、あんたの剣と相手の剣が」 ガシンッ って。
「私が298番の剣を受け止めたときの音?」
クギナのアリスに対する口調は曖昧。 敬語かタメ口か決めかねている。 強者に媚びへつらうのを良しとするオークの血がアリスに敬語を使えと要請するが、周囲の状況がそれを赦さない。 クルチアもトオマスもアリスにタメ口。 年下のミツキでさえ。 なので自分だけ敬語はみっともない。 板挟みの結果、クギナのアリスに対する口調も態度もはっきりしない。
「そう、それ。 なかなかの音量だったよ。 あの音はアタシにもなかなか出せない。 試合でとなると1度か2度記憶にあるぐらい」
アリスのポジティブな言い回しと口ぶりから、クギナは推測した。 どうやらタカラズカは私を褒めている?
「あー、どうも」
「あれだけの音を出すなんて、かなりのパワーだね」
「いや」言葉を返すようですが。「あれは相手の力が...」
言葉を返されアリスは気付いた。 クギナの言う通りだ。 音が大きかったのは相手の力が強かったから。 じゃあ何でアタシはあの音を褒める気に...
疑問に対する答えは、アリスの潜在意識が即座に提示した。
(そっか、音量じゃなく音の質。 あの雑味の無いスッキリとした激突音。 あたしが褒めたかったのは、実はソコ。 でも、どうしてソコを褒める気に... ハッ!)
アリスは気付いた。 "雑味の無い音" が成立するには、クギナの側に揺らぐことなき絶対的なパワーが必要。 だからクギナを褒める要素として、アリスの潜在意識は "音" を提示したのだ。 天才少女アリス(の潜在意識)の眼力は、若くしてベテラン審査員と同水準にあった。
(オウリンが〈気〉を使えないのは明白。 なのにアタシが〈気〉で強化したのと同等の力?)
目前のオーク混じりを筋力面のライバルと認め、アリスの表情が引き締められた。
それがクギナをたじろがせる。
「あの、私に何か...」至らぬ点が?
アリスは余裕が消えた厳しい目で、クギナを褒める。
「オウリンはさあ、力だけは、まあまあ強いみたいだね」
それは社交辞令ではなかった。




