第7話 レストラン
直ちにコミュニティーに向かうことで意見が一致したヤマダくんとクルチア。 その2人にミツキがストップをかける。
「お腹すいた」
空気を読まない発言だが、妥当な意見でもある。
「そうね、もう6時を過ぎてるし」 この後ミツキに一働きしてもらうし。
だがヤマダくんは先に家に帰ると言う。
「じゃあ僕は先に家に戻ってるよ」
「せっかくだから一緒に食事しましょうよ」
クルチアの誘いにヤマダくんは困り顔。
「今ちょっと持ち合わせが...」
ヤマダくんの財布には2千モンヌしか入っていない。
「よかったらご馳走するけど」今日はたくさん稼げたし。
「そうかい? じゃあご馳走になろうかな」
ヤマダくんは他人の好意を素直に受け入れられる人物だった。
◇◆◇◆◇
ミツキが選んだ店は多様な料理を扱うレストラン。 大葉入り餃子からチーズ入りパンまで多種多様な料理を提供する。
ミツキを先頭に3人は店内へ。
「いらっしゃいませ3名様ですか?」
出迎えた店員はクルチアの剣を預かり、3人を席へ案内する。 ヤマダくんは物珍しげに周囲を見回す。 倹約一家で育った彼は、これまでレストランで食事をしたことがなかった。
「こちらのお席へどうぞ」
案内されたのは4人用のテーブル。 ミツキもクルチアもよく食べるから決して広すぎない。
◇◆◇
注文を済ませて雑談していると、店員が料理を手にして現れた。
ミツキの目がギラリと光る。 ようやくおでましか!
だが店員はクルチアたちのテーブルを通り過ぎ、部屋の中央に設置される小さなテーブルに料理を置いた。 小さなテーブルは無人。 客が席を外している様子もない。 客のいないテーブルなのだ。
そのテーブルにヤマダくんが興味を持った。
「何やってるんだろう、あの店員」
クルチアは他人の無知を笑う人間ではないので、親切に教える。
「ウィークリングへのお供え物ね」
「お供え物? 何のために?」
「防犯ってとこかしら」
「防犯? お供えで?」
ヤマダくんは考え込んだ。 ウィークリングは傲慢を憎む妖精。 傲慢な者に呪いをかける。 そのウィークリングにお供え物? それで防犯だって?
クルチアは考え込むヤマダくんを楽しそうに眺める。
◇
ほどなくして、お供え用のテーブルに、どこからともなく小さな人影が3つ現れた。 3体ともミツキよりやや小柄。 黄緑色の服を着ている。 臆病そうなイジけた目が印象的だ。 ウィークリングの出現に気付いたヤマダくんは、そっとテーブルから視線を外す。 触らぬ神に祟りなし。
3人のウィークリングは、お供え物の料理を手でつまんで食べ始めた。 ときおり周囲の様子を窺うが、誰とも目を合わせようとしない。 店内の客が咳をするだけでビクリと身をすくめる。
ウィークリングが出現してからレストラン内の話し声と物音は抑えられ、ワンランク上の静けさが実現している。 ウィークリングの呪いを恐れ、誰もがしずしずと振る舞っている。
「わかった」
ヤマダくんが静かに言った。 続けて彼は解答を述べる。
「お供物でウィークリングを誘き寄せて、店内で揉め事が起こらないよう客に上品に振る舞わせるんだね?」
クルチアは頷いた。
「ご名答よ、ヤマダくん」カンパーイ
十分なヒントがあったとは言え、あっさり正解にたどり着くあたり流石は名門校の生徒だ。
「料理が来てすぐ姿を現したってことは、ウィークリングは妖精界で料理が出て来るのを待ち構えてるんだろう」
クルチアは再び頷く。
「ええ。 だから料理が出てないときでも、傲慢なお客さんはウィークリングに呪われる恐れがあるの」
妖精界は人間界と重なるように存在し、妖精界から人間界の様子を見聞きできるという。
クルチアの発言にヤマダくんは苦笑する。
「呪われる恐れって...」フフッ 「ウィークリングで客を脅すような真似をして客足が遠のかないのかな」
「どのお店でもやってることだから。 高級なお店はしてないらしいけど」
◇◆◇
クルチアたちのテーブルにようやく料理が来た。
「お待たせしました。 大葉入り餃子です」
餃子を皮切りに、続々と料理が到着する。
「クリームシチューです」「チーズ入りパンでございます。 シチューに浸してお召し上がり頂くと大変美味です」「唐揚げでございます。 レモンはかけておきました」「トマトとナスのピザです」「ナスのお漬物です」「海鮮チャーハンをご注文のお客様は?」「えのき茸とホタテ貝のスープです」「お待たせしました、生クリームとブルーベリーのパンケーキです」「ナスの揚げ浸しでございます」「サーロインステーキです。 鉄板が熱くなってますので、お気を付けください」
ナス料理が頻繁に顔を出すのはヤマダくんの意見を取り入れた結果だ。 ヤマダくんとは、つまりはそういう人だった。