第66話 オーマイ・ピュアハート②
ミツキと並んで腰掛けるオーマイに、クルチアは鋭く問い質す。
「あなたは誰っ?」
オーマイはリラックスした表情を心がける。
「初めましてイナギリさん」ニッコリ「私の名はオーマイ・ピュアハート」
クルチアはオーマイの自己紹介を途中で遮る。
「ピュアハート? あなた帝国人?」
"ピュアハート" はいかにも帝国風の名前。
「ええ、カスガノミチさんに帝国への移住を提案してましたの。 ね、ミツキちゃん?」
オーマイに話を振られ、ミツキがクルチアに訴える。
「ねえクルチア、一緒に帝国に移住しようよ」
「は? あんたなに言ってんの? 帝国なんて...」
"敵国みたいなもんじゃない" と言いかけてクルチアは口をつぐんだ。 オーマイの存在に配慮した。
「オレを貴族にしてくれるんだって」
「ダ~メ。 移住なんて問題外」
こうしてクルチアとミツキの間で主張の対立が始まった。
◇
対立は激しく、長時間に及んだ。 2人の意見の隔たりは、移住に際して置き去りにするモノの量に起因する。 ミツキはクルチア以外に何もない、誰もいない。 しかしクルチアはたくさん置き去りにする。 両親もいれば学校もあるし友人もいる。 おいそれと移住できない。
オーマイは2人の議論を見守るのみ。 クルチアの頭脳が明晰なのは早々と明らかになった。 帝国人であるオーマイの下手な口出しは逆効果になりかねない。 頑張ってミツキちゃん! 息を詰めて舌戦を見守るオーマイの前で、とうとうミツキはプライドを犠牲にする禁じ手に訴える!
◇
「あんたってさあ、そういう薄情なとこあるよね!」
クルチアがミツキに向けた辛辣な言葉はターゲットに当たらず、夜の闇に消え去る。 突然ミツキがクルチアの目の前から姿を消したのだ。
(あれっ? ミツキは? どこ?)
ミツキの姿を求めて周囲の暗がりを見回すクルチアの胴体に、背後の暗がりからニュッと突き出た小さな2本の腕が巻き付く。 次いで、クルチアの背中に小さな胸とオデコが押し当てられる感触。 加速したミツキが瞬時にクルチアの背後に回り、背中から抱きついた。
「ミツキ? ちょっと、あんた何を...」
当惑するクルチアに、ミツキはとっておきの甘え声を出す。
「ねえクルチアぁ~。 お願いだよ~。 一緒に移住しよ?」
それは魔性の囁き。 絶妙にビブラートする甘く切ないソプラノボイスだった。
かつて聞いたことがない甘美な可愛い声音に、クルチアは戦慄する。
(こっ、これはっ... まさかミツキのおねだり!?)
クシナダさんから聞き及んでいたミツキのおねだりを、クルチアはゼロ距離で背後から食らってしまった。
(いけない直撃された! 一気に持っていかれる!?)
気を許すと頬が ニヘッ となる。 保護欲を キュンキュン 刺激される。 今すぐミツキを抱きしめて頬ずりしたい。
(ダメっ、移住しちゃう! ミツキと一緒に移住しちゃうーっ!)
◇
オーマイはミツキの勝利を確信する。
(これで決まりね、ンフフ。 あんなコトされて、耐えられる人はいないもの)
(それにしても、ハァハァ、なんて羨ましい。 私もアレされたい。 直撃されたい。 ハァハァ、ハァハァ。 背後からミツキちゃんの小さな体にキュッと抱きつかれて、"オーマイさぁ~ん" ってネダられたい)
◇
しかしクルチアは耐えた。 ミツキのおねだりをしのぎ切った。
(クーッ、なんのこれしき!)ドスコーイ。(私はっ、絶対ッ、ミツキに屈しないっ!)
10年以上に及ぶミツキとの交友で、クルチアはミツキの可愛さに対する耐性を自然と獲得していた。
「フゥフゥ、ハァハァ。 ミっ、ミツキ」
「なにー?」
ミツキは、無邪気な声と表情を貫く。
「どっ、どうしても移住したいなら、あ、あんた1人で... 移住しなさい!」
「どうしてもダメ?」
可愛く尋ねるミツキ。 だが最早クルチアには通用しない。
「ダメ」
「チッ」
ミツキは移住を諦めた。
◇◆◇
「ほら、行くわよミツキ」
2人はダレノガレ競技場を後にした。 ミツキにおねだりされる妄想に身悶えするオーマイを、その場に残して。




