第62話 ミスリルの籠手
試合開始と同時にミツキの試合が終わり、クルチアは傍らに置いている愛用のナップサックからタオルを取り出した。 ミツキの汗を拭くタオルだ。
「なんだろう、この虚しい感じ」
どうせ拭くなら、拭き応えが欲しい。 今回の試合もミツキは一瞬で勝利。 滝のような汗は期待できない。
フゥ、ほかの選手のセコンドが羨ましい。 溜息をつきつつ他の試合場を見やるクルチアの目の端で、銀色の何かがクルチアの気を引く。
(え、今の何!?)
銀色の何かがチラチラするのは1番試合場。 妙に気持ちをそそられて、クルチアはそっちに向き直った。
まず気付いたのは、一方の選手が無手であること。
(あの人も素手で戦うのね)
"銀色の何か" は、その無手の選手の両腕に装備されている。
(あれは、まさか...)
心の準備もなく憧れの品を目の当たりにして、クルチアは息を呑む。 ヒイッ
(ミスリルの籠手!)
無手の選手ゆえ、大会の運営当局が籠手を貸し与えた。
(もー、勘弁してよね。 あんまり見たくないのに)
欲しいのに手に入らないモノには、目に入れたくない。
◇
目に入れたくないけれど、それでもついつい見てしまう。 銀色の美しい輝きから目を離せず苦しむうちに、クルチアはとんでもないことに気付いた。
(ヤバい。 あの籠手なら、きっと私にサイズがピッタリ)
ミツキの籠手はクルチアには小さ過ぎるが、1番試合場で戦う無手の選手はクルチアと同じ背丈。
そう思うと矢も盾もたまらない。
(試着したい!)
クルチアが強く願うと同時に、無手の選手が試合中にもかかわらずクルチアに目を直視する。 当の選手だけではない1番試合場の審判数名もクルチアに目を向ける。 それらの視線に非難めいた気配を感じ、クルチアはミツキの試合場に向き直った。
◇
ミツキが試合場を降りてきた。 フー、汗かいちゃったなー。 タオルタオル
額の汗を手の甲で拭う仕草を途中で止めて、ミツキはクルチアの口元をまじまじと見つめる。
「クルチア、よだれが出てるよ」
えっ、嘘! クルチアは慌てて懐からハンカチを取り出し、口元を拭う。
(やだ、本当に出てた)
よだれの原因は明白。 ミスリルの籠手だ。
(もーやだ、ミスリル。 もう許して)
ミツキはクルチアのヨダレの原因が自分の籠手じゃないと気付いた。
「あの選手の籠手を見てたの?」
ミツキはクルチアが戦闘貴金属を愛すると知っている。 実物を見るとヨダレを出すとまでは、今日に至るまで知らなかったが。
「うん...」
クルチアはしおらしく頷いた。
「そんなにミスリルの籠手が欲しいなら、オレが国からもらってあげようか?」
「国からもらうって、あんたとエクレアの条約で?」
「うん」
ミツキがエクレア小国と締結した条約は、"友好関係を維持し、一方が困ったときは他方が助ける努力をする" というもの。
「ダメよ」 私がミスリルの籠手が欲しくて困ってるのは事実だけど。
「なんでダメなの?」
「条約はね、ミスリルの籠手とか、そういうスケールが小さいことに使っちゃダメなの」
「へー」
でもミツキが、どうしてもクルチアちゃんにミスリルの籠手をプレゼントしたいって言うなら。 そう口に出そうかどうかクルチアが迷っていると、横合いから女性の声が会話に割り込んできた。
「そなたは国に頼み事ができるのか?」
◇◆◇
声の主の両腕に輝くはミスリルの籠手。 会話に割り込んできたのは黒髪の女性。 さっきクルチアと目が合った無手の選手だった。 いつの間にか試合が終わっていた。
(ハウッ、こんな間近に私にサイズぴったりのミスリルの籠手が。 もう許してッ)
銀色の籠手から顔をそむけギュッと目をつぶるクルチア。
女性は奇妙なものを見る目でクルチアを見て、ミツキと話を進める。
「私の名はモモシオチャ・トワコ。 ちと困っていてな。 国に頼みたいことがある」
トワコの年齢は、肌の若さから察して20代。 しかし口調は古めかしく、年齢に見合わぬ落ち着きがある。
「頼みたいことって?」
「少し長い話だ。 ここでは何だから場所を移そう」




