第58話 トイレ②
トイレ待ちの行列は進んだが、まだ順番が回って来ない。 ミツキの膀胱は限界を迎えようとしていた。
「クルチア」
「なに?」
「もう無理」
ミツキは膀胱の近くの衣服を両手で握りしめている。 尿意を耐え忍んでいる。
「我慢しなさい」
「もう無理」
サクラが会話に参加する。
「どこぞで立ち小便でもして来い」
サクラの提案は、クルチアには断じて受け入れられなかった。
「ダメですよそんなの!」
「ミツキは男の子じゃろう? 手頃な場所にピャーっとひっかけてくればよい」
「手頃な場所なんて、この競技場にありません」
競技場の敷地内はフィールドを除いてレンガ敷きか芝生。 隅々まで手入れが行き届いている。 オシッコできる場所はトイレ以外に無い。
「そうかのう?」
サクラはクルチアの隣に笑いかける。
クルチアの隣にいる人物といえばミツキ。 え、どうしてミツキに笑いかけるの? 隣に顔を向けたクルチアの鼻腔に、キンモクセイの濃密な芳香が フッ と流れ込む。 ミツキは加速するとキンモクセイの香りを強く漂わせる。 加速度が強いほど香りも濃密だ。
「ミツキ、あんた...」
「なに?」
「いま加速した?」
黙って首を横に振るミツキは、妙に落ち着いた様子。 さっきまでのソワソワモジモジが鳴りを潜めている。
クルチアはミツキに疑惑の眼差しを向ける。
「ひょっとして、トイレじゃない場所でオシッコしてきた?」
ミツキは再び首を横に振った。
「してない」
◇
しばらくしてミツキは退屈の限界に達した。
「試合場に戻ろうよ」 こんなとこに突っ立ってて、何の意味があんの?
「えっトイレは!?」
ミツキは寂しげに首を振る。
「もう... いいんだ」 トイレなんかさあ。
クルチアの中で、先ほどの疑惑が確信に変わった。
「あんた、やっぱりさっき加速してどこかでオシッコしてきたんでしょう? 手は洗ったの?」
「してない」 したがって当然、手も洗ってない。
「でももうトイレに行きたくないんでしょう?」
「うん」
「つまり、あんたは立ち小便してないけど、もうトイレに行きたくもないのね?」
ミツキは俯き、地面に向かって返事をする。
「うん...」
◇
結局5人は、誰一人としてトイレを利用せず室内競技場に戻った。 切実にトイレに行きたかったのがミツキだけで、そのミツキの尿意が不可思議に消失したからだ。




