第49話 ロイヤル控室
開会式が終わり、予選が始まるまで少し時間がある。 そのひとときを手頃な芝生の上で過ごすクルチアとミツキのもとへ、場内アナウンスが聞こえてくる。 ピンポンパンポン
『え、イナギリ・クルチア様、イナギリ・クルチア様。 大至急ロイヤル控室までカスガノミチ・ミツキ様を連れてお越しください』
「あらミツキ、呼び出しよ」
「誰かな?」
「きっとシノバズ侯爵だわ。 王さまも一緒にいる気がする。 "ロイヤル控室" って言ってたし」
「えー、やだな」 すごく疲れそう。
「早く行きましょ」
「クルチアだけ行ってくれば?」
「ダメよ。 ミツキを連れて来なさいってアナウンスだったでしょう?」
アナウンスの文面はシノバズ侯爵の苦心の作。 試合開始前にミツキの顔を見ておきたい。 でもミツキ本人を呼び出しても、すっぽかされる気がしてならない。 そこでクルチアを介して確実にミツキを呼び出すことにした。
事は侯爵の目論見どおりに進む。 クルチアは嫌がるミツキの手を掴んで立たせ、ロイヤル控室を探す旅に出た。
◇◆◇◆◇
クルチアとミツキを呼び出すアナウンスは、ユズキのいる控室にも聞こえていた。
「陛下がカスガノミチを呼び出しだと?」
カスガノミチがクイ混じりなのと無関係ではないはず。
(すると陛下は、兄上も、アイツの存在を把握している?)
ユズキは顔を強張らせて悩み始める。
(でも、この大会で優勝役を任されたのは俺。 何故もう1人クイ混じりが? ああっ、兄上に尋ねたい)
しかし今、兄上は国王と共にいる。 生半可な用件では傍に寄れない。
◇◆◇◆◇
クルチアの旅は案内板と人々の善意により順調に進み、ほどなくして2人はロイヤル控室の前までやって来た。
だがロイヤルな控室は警備も厳重。 ドアの前に4人のガードマン。
「クッ 無理だ。 こうも警備が厳重じゃ侵入できない」オレは侵入できるけどクルチアには無理。「引き返そう」
クルチアはミツキの戯言に取り合わず、ガードマンに声を掛ける。
「すみませえん、アナウンスに呼ばれて来たんですけど」
◇
ガードマンはゴツい顔に不慣れな笑みを浮かべ、クルチアとミツキを丁重に室内に通してくれた。 腕章の番号を拝見できますか? はい、カスガノミチ様ご本人と確認いたしました。 では、こちらへどうぞ。
ゴージャスな室内に足を踏み入れた2人をシノバズ侯爵が両手を広げて出迎える。
「よく来てくれたね」
侯爵はミツキに親しげな笑みを向ける。
「初めまして、カスガノミチ殿。 ようやく会えたね」
ミツキは、ぎこちなくお返事。
「はじめまして」
「2人ともこちらへどうぞ。 国王陛下がお待ちかねだ」
◇
エクレア小国の第31代国王はタゴノウラ・マツキは小柄な初老の男性。 短く刈り込まれた白髪と、驚くほど明るく清らかな眼。
「お2人とも、よく来てくれました。 さあ、お座りください」
クルチアとミツキが席に着くと、シノバズ侯爵がミツキに尋ねる。
「ところでカスガノミチ殿、手首の輪っかはどうなされたのかな?」
ミツキの両手首には手錠の輪っかが残っている。 捕獲チームは誰も鍵を所持していなかった。
「さっき手錠されたのを千切ってもらった残りです」
ミツキの返答は事実を言い表すが、侯爵と国王を困惑させる。
「ほう?」「千切ってもらった?」
そこでクルチアがミツキに代わり事情を説明し始めた。
「ダレノガレ市に来る途中の道で、軍に襲われたんです―」
◇
話を聞き終えた国王は、慙愧に堪えない様子でミツキに頭を下げる。
「申し訳ないカスガノミチ殿。 私の力が及ばぬばかりに。 どうか許して欲しい」
ミツキの赦しの言葉を待ち、じっと頭を下げ続ける国王。 どうすれば良いかわからず アウアウ するミツキ。
クルチアは慌てて介入し、2人の窮地を救う。
「頭を上げてください国王さま。 ミツキは何とも思ってませんから。 ね、ミツキ?」
「え~?」
何とも思っていないと言い切るには、辛い目に遇い過ぎた。 市民権を奪われ、捕獲されそうになった。 自宅を没収された。 クルチアがいなければ今ごろ即身仏だった。
クルチアは、とびっきりの笑顔でミツキに迫る。
「ね、ミツキ?」 思ってないよね?
クルチアの "とびっきりの笑顔" は目が少し怖いので、ミツキは不本意ながら同意する。
「...うん」
ミツキの声に、国王の頭が上がる。
「それでは我が国の無礼を許して頂けると?」
ミツキは傍らのクルチアの存在を横目で気にしつつ返事をする。
「はい」 許します。
クルチアは横からミツキに別種の笑顔を送る。 ミツキは良い子ねー。 今度の笑顔は優しい笑顔。 ミツキを幸せにする笑顔だった。
◇
話題は大会に及ぶ。
「ダレノガレ武術大会はクイ混じりが優勝するのが慣行でしてな」
タゴノウラ国王の言葉をシノバズ侯爵が引き継ぐ。
「今回はその役目がカスガノミチ殿に託されるわけだ」
ユズキの兄である侯爵すら、ユズキに優勝を託したのを忘れていた。 クイ・ハーフたるミツキがエクレア市民になると表彰式で発表し、帝国の肝を冷やす。 その計画に夢中になっていた。
◇◆◇
しばしの歓談の後、クルチアとミツキはロイヤル控室を後にした。
「そろそろ予選が始まるわね。 第2屋外競技場だっけ?」
「うん」
頷くミツキの手首に手錠の輪っかは無い。 控室を出る前に、侯爵が手配した工具で切り外してもらった。




