第46話 バリケード⑤
ダレノガレ市へと至る道を軍用車で走りながら、クルチアは助手席のミツキに尋ねる。
「で、あんたが拗ねてる理由は?」
返ってきた答えは思いがけないものだった。 もう人生を諦めたのだと言う。
当然クルチアは驚く。
「どういうこと!?」
「オレ、もうクルチアを信頼できない」
そこそこの速度で走っていた車が、キーッと音を立てて急停車。 クルチアがブレーキを踏んだ。
「私を信頼できない? どういうことよ?」
クルチアは詰問調にならずにいられない。
「クルチア変わった。 さっきのクルチア怖かった。 あんなのクルチアじゃない」
「あれは...」
「オレにはクルチアしかいないから、クルチアを信頼できないなら誰も信頼できない。 だから、もういいんだ」
さっきの脅迫でミツキのクルチアに対する信頼ポイントは急降下し、ゼロになっていた。 ミツキは既にクルチアすなわち現世と袂を分かつ覚悟を完了。 後はそれを行動に移すだけ。 でも、行動に移す前に今一度確認しておきたい。 クルチアはホントに変わっちゃったの? もう油断ならない人になっちゃったの? その確認を引き出すための言動が "膝を抱えて座る" であり "もういいんだ"。 今ミツキはクルチアを試している。 もっとも、本人にその自覚は無い。
「もういいいって、どういうことよ」
この世と決別するということ。 しかしミツキはそれを口に出さない。
「...」
無言を貫くミツキに、クルチアはただならぬ空気を感じた。 隣に座るミツキの膝に手を置いて揺する。
「ねえ、どういうことなの?」
クルチアは不安と悲しみを隠せない。 私から離れちゃうのミツキ? 私とミツキは合わなくなったの? もうこれまでと同じじゃいられないの? ミツキのためにしたことなのに...
迫る開会時間。 ミツキの心離れ。 さしものクルチアも音を上げそうになったとき、後部座席から、投網ごしの声がミツキに投げ掛けられる。
「ミツキくん、わかりたまえ。 話を聞く限り、イナギリさんは適切に行動した。 彼女が恐ろしく見えたとすれば、それは状況のせい。 イナギリさんではなく状況が恐ろしいんだ。 君も少しは大人になったらどうだ」
トオマスだ。 クルチアの苦境を見かね、投網に包まれる我が身を省みず介入した。
しかしミツキは無反応。 幽明の境に足を踏み入れんとする彼の心を、トオマスの説教は揺さぶらない。
だがトオマスの説教は本来の対象でない者に効果を発揮した。 萎えかけたクルチアの心を支え、気力を蘇らせた。
「ありがとうございます先輩」なんだか元気が出ました。「大丈夫。 ミツキはきっと分かってくれます」
クルチアは10年以上をかけて育まれたミツキとの絆に賭けることにした。 サイドブレーキを引き上げて本格的に車を駐車。 助手席のミツキに体を向けて、ミツキの顔を両手で挟む。
「ミツキ、私の目を見て」
見つめ合いを強要され、ミツキは仕方なくクルチアと目を合わせる。 その機を逃さず、クルチアはミツキに微笑みかける。 ほうらミツキ、いつもと同じ私でしょ? あなたの大好きなクルチアちゃんでしょう?
ミツキの目にクルチアの顔が否応なく飛び込んで来る。 透き通った茶色の瞳、赤茶色の髪、丸い頬、そしてミツキの大好きな優しい笑顔とエクボ...
いつもより少し冷たいクルチアの両手に顔を挟まれて、ミツキは認める。
「わかったよ。 クルチアは変わってない」目と目で通じ合いたがるとことか。
「ミツキ、わかってくれたのね」 私たち目と目で通じ合った...
クルチアはミツキを抱き締め、ミツキが搭載する謎のメカニズムは、彼のクルチアに対する信頼ポイントを一定水準まで回復した。
◇◆◇◆◇
ダレノガレ市の間近まで来たところで、クルチアたちは目立たない空き地を見つくろい軍用車を乗り捨てた。
車を降り久々に地面を踏みしめる感触に、トオマスは晴れやかな顔を見せる。
「こうして大地を踏みしめられるのもクギナのお陰だ。 本当にありがとう」
彼の体を包む投網は、クギナの献身的な切断により概ね取り払われていた。
トオマスに改めてお礼を言われ、クギナは頬を赤らめた。
「いいってことよ」
反応が初々しい。 クギナは普段の素行が悪いから、感謝され慣れていない。 トオマスに感謝されたのも今回が初めて。
トリモチの残滓が痛々しいトオマスの全身を見て、クルチアは申し訳ない気持ちで一杯だ。
「ありがとうございましたトオマス先輩。 本当に助かりました」
「礼には及ばないマイ・レディー。 僕はあなたの騎士なのだから」
クルチアは、われ関せずと遠くの空を眺めるミツキの後ろ襟をむんずと掴み、手元に引き寄せた。
「ほらミツキ」
ミツキは迷惑顔。
「なに?」
「あんたも先輩にお礼を言いなさい。 ミツキのために先輩はこんな姿になってしまったのよ?」
ミツキの目に映るトオマスの姿は、なるほど悲惨だった。 全身がトリモチまみれ、汚れまみれ。 白い頬の汚れが目立つ。 頭髪に付着するトリモチが痛々しい。 あれは全部きれいに落ちるのだろうか?
薄情で恩知らずなところがあるミツキだが、トオマスの惨状には流石に申し訳ない思いに囚われた。
「ありがとうセンパイ。 オレのためにゴメンなさい」
トオマスはミツキを優しい視線で見下ろす。
「フフッ どういたしまして」
トオマスはミツキの頭を撫でかけ、手がトリモチで汚れているのに気づいて中止した。
素直なミツキにクルチアは上機嫌。
「ミツキ、オウリンさんにもお礼を言っておきましょうか」
ミツキはクギナに向き直った。
「クギナもありがとう」
クギナは再び頬を赤らめる。
「礼には及ばねえ。 あれは貸しだから。 いいかミツキ、貸し4つだぞ」
クルチアはすかさず介入。
「貸しとか気にしなくていいからねミツキ? オウリンさんが勝手に言ってるだけ」
「イナギリは黙ってろ! これは私とミツキの問題だ」
クルチアはクギナの抗議を聞き流し、この問題を解決済みとした。 クルチアは気付かなかったのだ。 クルチアの言葉に頷くミツキの顎が微妙に傾いていたことに。 ミツキが頷きながら微妙に首をかしげていたことに。




