第39話 ペチペチ
オーガに続いて一般の兵士が慌ただしく降車する。 1台あたり3~4人。 合計で15人。 動作は機敏。 手に何かの包みを提げている。
兵士たちは駆け足でオーガの前に出ながら手際よく包みを広げる。
「あの包みは何?」
クルチアは咆哮から立ち直りつつあった。 しかし彼女に、この場面を左右する力はない。 武具を持って来ていないし、仮に持って来ていても戦闘のプロ集団である軍が相手では。 ミツキがいればこそ軍を相手取れるが、そのミツキは腰を抜かし未だ立ち上がれずにいる。
兵士が手にする包みが広げられ、その正体が明らかになる。 投網だ。 咆哮でミツキをスタンさせ、投網で捕獲する。 それが軍の作戦だった。
◇
「投網を投げよ!」
指揮官の号令に従い5人の兵士が投網を投擲。 バサバサッ。 訓練の甲斐あり見事に広がった投網が、地面を這って逃げようとするミツキの上に降り注ぐ!
「させるものか!」
トオマスが勢いよく飛び出た。 敬愛してやまない主君に活躍を示せるとあって、彼の体にはパワーが漲る。 そのパワーでもって投網を盾と剣で勢いよく打ち払う。
ところが、打ち払ったはずの投網がトオマスの盾と剣から離れない。
「なっ、張り付く!?」
投網が剣と盾にベッタリくっ付き離れない。 まるでトリモチ。 いや、トリモチだ。 軍はミツキを捕獲するため投網とトリモチを組み合わせた道具を開発していた。
◇◆◇
トオマスの動きから少し遅れて、クルチアはミツキの上に覆いかぶさっていた。 少しでもミツキを投網と咆哮から守れれば。
「しっかりしなさい、ミツキ」
しかしミツキは反応しない。 意味不明の音を口から発するだけ。 アワワワワ。
クルチアの頭の中は真っ白だ。 こんな事態になるなんて。 わたし軍を舐めてた。
「ああミツキ、ミツキ。 しっかりして」
クルチアは狼狽に震える手で、血の気が失せたミツキの頬をペチペチと叩く。 しかし反応は無い。 頬がひどく冷たい。
「どうすればいいの?」
クルチアは拳を唇に当て考え、ほどなくして思いつく。 この状況を切り抜ける方法を。
「...効果があるといいけど」
クルチアはミツキの上に覆いかぶさったまま、懐からポケット・ティッシュを取り出した。 ティッシュペーパーでミツキに耳栓するつもり。 しかし、丸めたティッシュを詰めただけでは防音効果は低い。 クルチアは千切ったティッシュペーパーを丸め、自分の口の中に入れて湿らせ、ミツキの両耳の穴に詰めた。
◇◆◇
指揮官は投網5枚を引きずり雄々しく立つトオマスに密かな賞賛の念を送る。 よくぞ5枚を絡め取った。 しかし次は防ぎきれまい。
「何をしている、咆哮を放て。 次の投網を用意しろ!」
4人のオーガは偉そうに指図する指揮官に殺意のこもる視線を送るが、やがて1人のオーガがミツキ目がけて再び咆哮を放つ。 ウォーーーッ!
咆哮が再びミツキとクルチアを打つ。 クルチアへの影響は軽微。 二度目だし気持ちの準備をしていたから。 オーガの咆哮がよく効くのは一部の生物に限られる。
クルチアは祈る気持ちでミツキの表情を観察する。 果たして耳栓で今の咆哮を防げたのか? 2回めの咆哮を防げたとして、初回の咆哮からミツキが回復するのにどれだけかかるのか?
◇◆◇
次の投網の準備が整った。
「投網を投げよ!」
クルチアはミツキの上に覆いかぶさり、ミツキを強く抱きしめる。
「お願いミツキ、復活して!」
5人の兵士が投網を投擲する。 トオマスは前回の投網5枚に絡め取られている。 クギナが立ち上がり背中の両手剣を引き抜こうとするが、咆哮の影響で体が思うように動かない。 クギナはミツキと同じく、犬に吠えかかられやすいタイプだ。
綺麗に広がった5枚の投網がクルチアとミツキの上空に舞う。
「ミツキっ!」
クルチアは一層強くミツキの体を抱きしめ、降り注ぐ投網に備える。 トリモチを配合した投網に捕まれば、ミツキの加速が復活しても逃げるのは不可能だ。
しかし投網は降り注がなかった。 トオマスだ。 トオマスが動いた。 投網にからまり果てた盾と剣を打ち捨てて、両腕を広げ新たに襲い来る投網に向かい果敢にダイブ!
「うおおっ!」
トオマスの長い腕と足は見事に5枚を中空で絡め取った。 しかし、その代償は大きい。 トオマスは投網でグルグル巻きになり、地面に転がった。 トリモチ付きの投網からの脱出は、どうあがいても不可能。 トオマスは投網10枚を防ぐという華々しい戦果を残し、戦線から脱落した。
◇◆◇
トオマスの偉業に、指揮官は感嘆を禁じ得ない。
「よもや10枚を防ぐとはな。 行く末が楽しみな若者だ。 しかし、もはや動けまい。 おい、咆哮だ」
チッ、うっせえな。 さっきと別のオーガが不貞腐れ気味にミツキ目がけて咆哮を放つ。 ウォーーーッ! 咆哮には一定量のヘイトが必要で、そのヘイトが溜まるのに一定の時間がかかる。 残る3人のオーガは、クルチアの体の下からはみ出るミツキの一部を嫌な目で注視。 ミツキの一部を見てヘイトを溜めている。
「次の投網を用意しろ。 それと念のためだ。 予備の投網を持って来い」
指揮官の最後の言葉が、クルチアの肝を冷やす。
(予備の投網!? 15枚だけじゃなかった!)
絶望的な状況だった。 立ち直りつつあるクギナが次の投網5枚を防ぎきったとしても、その後に、さらに投網が控えている。 そしてオーガの咆哮も4人のローテーションで隙は無い。
追い詰められたクルチアは再びミツキの頬をペチペチと叩き出す。 ミツキ、ミツキ、しっかりして! 繰り返し叩かれ続け、ミツキの頬は、すっかり赤い。 だがその甲斐あって、ミツキの瞳に正気の光が戻りだした気がする。 それに勇気を得て、クルチアはさらに叩く。 ペチペチ。 ミツキ、ミツキ...
ミツキの上にかがみ込み熱心にペチペチするクルチアの背中に、不意に声が掛けられる。
「そんなにペチペチ叩いちゃ、その子が可哀想だよ」
誰? 振り返ったクルチアの目に写るのは2人の男性。 どこか見覚えがある。
(えっ、この人たち、バスの... なんでここに?)
それはクルチアたちのバスに強引に乗り込んできた二人組の男性だった。
「どれ、オレたちに任せな」
クルチアは全く状況を理解できない。
「えっ、えっ、どういう?」
2人の男は強引にクルチアを押しのけてミツキの体を起こし、ミツキの手に片手ずつ手錠をかけた。 ガシャーン。
「ちょっ、ちょっと何を...」 え、手錠? どうして?
次いで男たちは自分の手にも手錠をかける。 ミツキの左手は一方の男の右手と、ミツキの右手はもう一方の男の左手と、それぞれ手錠でつながれた。
男の一方がクルチアに笑いかける。
「こうしておけばカスガノミチに逃げられる心配がない」




