第38話 オーガ
クルチアは侯爵に念を押されていた。 開会式に遅刻すると大会への参加を資格を失うぞ、と。 大会に参加できないと優勝できず、市民権をもらえない。 絶対に開会式に遅刻できない。
現在の時刻は6時45分。 ゲータレード市-ダレノガレ市間の所要時間は約30分。 武術大会の開会式は午前9時。 時間の余裕は十分。 何事もなければ余裕を持って開会式に望める。 装甲バスは丈夫な装甲に覆われているし、時速100kmで走る。 だからモンスターに遭遇しても、だいたい逃げ切れる。 ドラゴンなど空を飛ぶ巨大モンスターに襲われると助からないが、そういうことは滅多にないので安心だ。
時間に余裕を持って会場に到着するはずが、15分ほど走ったところで運転手が舌打ちする。
「チッ 渋滞か」
同時にバスは減速。 運転手がブレーキを踏んだ。
フロントガラス越しに前方を見ると、多数の自動車が列をなしている。 多くは装甲バスだが、自家用の装甲車も見える。
「事故でもあったか? いや... ありゃあ軍服だぞ。 何事だ?」
(軍服!?)
要注意キーワードがクルチアの警戒心を掻き立てる。 隣に座るミツキに目を向け、ミツキと目が合う。 しかし、軍がミツキ目当てでここに居るとは限らない。 ミツキを狙うなら、軍は正体を隠すのでは?
「どうやら検問だな、ありゃあ」
バスは完全に停止した。
「検問って、よくあるんですか?」
クルチアは運転手に尋ねた。
「いやあ、滅多にない。 こりゃあ何事だよ?」
渋滞の列の前のほうから、道路の脇を軍用車が走って来る。 装甲バスより厳しい4台の軍用車は、クルチアらが乗るバスの手前で減速し始めた。
減速する軍用車を見て、クルチアは危険を察知した。
(きっと、このバスのとこで止まる。 やっぱり軍はミツキを諦めてなかった! どうしよう? バスを降りる?)
◇◆◇
クルチアたちはバスを降りることに決めた。 バスの中は逃げ場がなくて不利な気がした。
慌ただしく降車の準備をするクルチアたち4人。
「おいおい、あんたら...」 バスを降りようってのか? こんなとこで。
困惑する運転手にクルチアは笑顔を向ける。
「ちょっと外の空気を吸ってきますね。 検問が終わったら戻って来ます」
しかしクルチアたちの行動は遅かった。 下車したクルチアたちがバスからろくに離れぬうちに、4台の軍用車が接近。 クルチアたちの進路を阻むように回り込む。 車が止まりきらぬうちに各車の後部ドアが開き、巨漢が飛び出してきた。 4人の巨漢はクルチアたち目がけて一斉に咆哮を上げる。
「「「「ウォーーーッ!」」」」
◇◆◇
巨漢4人の咆哮は大気をビリビリと震わせ、クルチアたちの顔と鼓膜を痛いほどに打ち据えた。
「っ!」
あまりの衝撃にクルチアは荷物を手落とし両耳を抑える。 クギナも両手で耳を抑えて、しゃがみ込む。
トオマスは咆哮の影響が軽微。 しかし彼の顔に緊張が走る。
「オーガか!」
◇
オーガは大型の亜人。 俊敏さでオークに劣るが、オークより大きく力も強い。 エクレア小国には8千人のオーガが居住する。 ゆえあって同国に保護され市民権を与えられたオーガたちだ。
オーガはクイックリングの混血すなわちクイ混じりを憎む。 オーガが信じる強さは膂力と体格。 素早さに起因する強さなど認めぬ。 そんなオーガにとって、小柄なくせに国を支配するクイ混じりは癪に障る存在。 エクレア小国に救われた歴史を知らぬ若者は特に、クイ混じりを憎むこと甚だしい。 5年前には、クイ混じりの貴族に咆哮を浴びせかけ殴り殺す事件すら起こしている。
◇
オーガの咆哮がよく効くのは、心が弱い者・神経質な者・犬によく吠えられる者。 クイ混じりの多くはこの性質に合致し、ミツキはこの全てに該当する。
ゆえにミツキは咆哮の影響が甚大。 完全に腰を抜かして地面にへたり込み、言葉にならない声を漏らしている。 アワワワ。 軽く加速中だったので、なおのこと咆哮の影響が大きかった。 その加速も今は解除されている。 咆哮に加速を解除する作用がある。
4人のオーガは、無様にへたり込んだミツキを眺めて、せせら笑う。 ハハッ、ざまあねえなチビ。 軍の作戦じゃなけりゃ、つまみ上げて手足を一本ずつ引っこ抜きたい。




