第36話 ミツキとクギナ
土曜日の朝6時半、クルチアたち4人は装甲バス乗り場に集合していた。 クルチアとミツキ、それにトオマスとクギナの4人だ。 地下鉄は嫌な予感がするとミツキが言うので、ダレノガレ市までバスで行くことになった。 集合時間は5時だったが、クギナが来たのが6時半だった。
軍の襲撃を警戒するミツキは、鋭い目つきで周囲をキョロキョロ。 クルチアの右側にいたかと思えば急に姿を消して、クルチアの左側に現れる。 少し間を置いて、今度はクルチアの左からクルチアの背後へ。 瞬間的な超加速を繰り返している。 今ミツキを狙っているかもしれない軍の部隊に対するフェイントのつもりだ。 でも周囲をウロチョロされてクルチアは鬱陶しいし、傍から見るとまるでテレポート。 そのうち通行人が超常現象に気付いて騒ぎ出すかもしれない。
クルチアと背中合わせに立って警戒していたミツキが再びクルチアの右側に姿を現したのを見計らい、クルチアはミツキの左腕を掴んだ
「大人しくしなさい、ミツキ」
動きを封じられたミツキは、今度はクルチアの体にピタリと身を寄せる。 人は城、人は石垣、クルチアは人。
クルチアはへばりつくミツキを引き剥がし、ミツキの顔を両手で挟んでミツキと目を合わせる。
「この前も言ったでしょ? 軍のやつらが襲って来るのをチャンスと考えるの」
ミツキは ハッ と思い出した顔になった。
「ハッ そうだった」 そうだそうだ、そうだった。
ミツキは獲物を探し求める鋭い目で、落ち着かなくキョロキョロと周囲を見回し始めた。
◇◆◇
どのみち落ち着かないミツキの頭にクギナがポンと手を乗せ、ぎこちなく撫でる。
「心配するな、オマエは私が守ってやる」
撫でられるミツキの表情は微妙。 新しい撫で手の出現は歓迎するが、クギナは力加減がヘタクソなうえ手の平が汗で湿っていて、首に力を入れていないと頭を持っていかれそうだ。
クギナとしては異例の行動に、クルチアは口を開かずにいられない。
「オウリンさんがミツキの頭を撫でるなんて初めてじゃない?」
本当は、クギナが突如としてミツキの頭を撫で始めた理由を尋ねたい。
「ん、そうだったか?」
とぼけて撫で続けるクギナ。 発汗を続ける手の平。 彼女の手の平はビショ濡れで、もはや人様の頭を撫でるには適さない。 それでもクギナは撫でる。 ミツキを手懐けようと撫で続ける。
◇
クギナがミツキを撫でるのは、クルチアを見習えとトオマスに言われたから。
当初、クギナはトオマスの言葉を受け入れられず苦しんだ。 イナギリを見習え? 私があいつに劣るとでも? クソッ、トオマスの奴はイナギリにたぶらかされている! だが、怒り苦しみ疲れた脳裏にふと客観的な視点が差し込む瞬間がある。 む、やはりイナギリは人として何やら優れているのかも。 なにしろ、あいつは学級委員長。 それは世間の評価の尺度の1つだ。 トオマスがあいつに惚れ込むのにも何か理由があるのかも。 私の能力があいつに劣るとは思わないが、生活態度の面で見習うべき点はあるかもしれない。
でもクギナのプライドの壁は高すぎて、乗り越えるは甚だ困難。 だから彼女は、壁に空いた穴からクルチアを観察し始めた。 まず気づいたのはクルチアの姿勢の良さ。 分析の結果、姿勢の良さのポイントが真っ直ぐに伸びた背筋と引かれた顎にあると判明。 クギナはそれを我が物とした。 クルチアが頻繁に笑顔を振りまくのにも気づいたが、笑顔の濫用はクギナの性格に合わないので採用を見送った。
姿勢と笑顔の他にも、クルチアはクギナに無い物を多く持っていた。 委員長の座、人望、皆勤賞、そしてミツキ。 委員長と人望と皆勤賞は自分には不可能。 委員長は年度の最初に決められ後には変更されないし、クギナは何度か遅刻と早退とズル休みをしている。 そうして残ったのがミツキだった。 イナギリからトオマスを奪還するためイナギリからミツキを奪う。 それがクギナの目標になった。
しかし難儀なことに、クギナはミツキを苦手とする。 オークの血を引くクギナは強さの価値観に縛られる。 弱い者には傲慢で、強い者には逆らえない。 だから、ミツキに二回KOされたクギナはミツキの目を見れないし、ミツキに強圧的に命令されたら逆らえない。 なるべくミツキに近寄りたくない。
でも、イナギリはもとより多くの女子生徒は、ミツキを呼び捨てにしたり猫可愛がりしたり。 あいつらはミツキが怖くないのか? どうして私は同じように出来ないのか? あいつらと私は何が違うんだ? 激しく考えても答えは出ない。 だからクギナは形から入らざるを得なかった。 ミツキを撫でてみるしかなかった。
◇
よし、こんなもんか。 もう十分だ。 クギナは撫でるのをやめて、ミツキの頭から手を離す。 引き離す手の平にミツキの亜麻色の頭髪が汗でまみれ付く。 クギナが感じたスリルの証。 しかし危険を犯した甲斐はあった。 クギナは心の中で快哉を叫ぶ。
(やったぞ! あのミツキを撫でてやった!)
クギナが戦闘での勝ち負け以外のアプローチで他人と接するのを覚え始めた瞬間である。 だがそれは、彼女がオーク由来の特技 〈恫喝〉を失うプロセスの始まりでもあった。




