第31話 使者
家の前まで付いてきて家の中に入りたそうにしていたトオマスを追い払い、クルチアは玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
玄関に見慣れない靴がある。
「あら、お客さん?」
クルチアの帰宅を聞きつけて母親が居間から出てきた。
「クルチア、あなたにお客様よ」
◇◆◇
客人は中年の紳士だった。 上品なスーツを着ている。
母親が紳士にクルチアを紹介する。
「娘のクルチアです」
紳士はソファーから立ち上がって自己紹介。
「イシキリ・ヨシキと申します。 シノバズ侯爵の使いとして参りました」
侯爵? 少なからず驚きつつ、クルチアは会釈する。
「イナギリ・クルチアです」
ヨシキの来訪からしばらくになるのだろう、応接セットのテーブルには飲み干され空になったコーヒーカップが2つ。
クルチアが着席するとヨシキが話を始める。
「早速ですが... クルチアさんはカスガノミチ・ミツキさんと幼少の頃から親しく、現在も交流が続いている。 それで間違いありませんか?」
クルチアは用心深く頷く。
「ええ、まあ」"現在" ってミツキが潜伏中の現在のこと?
「今回お伺いしたのは、カスガノミチ殿への言伝をクルチアさんにお願いしたいからです」
クルチアは固まった。 迂闊には答えられない。 言伝をOKするのは、ミツキの所在を知ると認めるのとイコールだ。
無表情を維持し発言を控えるクルチアに、ヨシキは安心させるように微笑みかける。
「シノバズ侯爵は先日の誘拐未遂をカスガノミチ殿に謝罪し、協力関係を結びたいと考えておいでです」
「...」
警戒心を解かないクルチアを前に、ヨシキは本腰を入れて説得を始める。 任務を果たさずには侯爵のもとへ戻れない。
「クルチアさん、先日の誘拐未遂はサヌキド伯爵の独断によるもの。 我が国の総意ではありません。 シノバズ侯爵は、いえ王族を含む貴族社会はカスガノミチ殿の良き友人でありたいと願っています」
「サヌキド伯爵といいますと...?」
「軍務局長を務める御仁です。 サヌキド伯爵にしても、根っからクイックリングの血筋を憎むわけではありません。 伯爵のご息女とヤツハシ公爵のご子息との縁談が破断になったのを無念に思うあまり、つまりクイックリングの血に対する憧れの裏返しとして、あのような所業に走ったのです。 エクレア王国がクイックリングの血を引く者に弓を引くことは決してありません。 どうか我々を信用して、カスガノミチ殿に会わせて頂きたい」
ハイソやセレブの事情に疎いクルチアの知識ではヨシキの話を完全に理解できない。 しかし推測は可能。 縁談が破談、憧れの裏返し、クイックリングを目の敵。 ということは...
「えっと、ヤツハシ公爵もクイックリングの血を引いていましたっけ?」
ヨシキはクルチアの無知に驚いたが、それを上手に隠す。
「はい、引いておられます」
クルチアの無知の程度を推し量れないので、ヨシキは念のため言い添える。
「王族を始め有力な貴族は皆様クイックリングの血を引いておられますよ。 "建国のクイックリング" として知られるイスキ様の血を」
「それは知っています。 でもそうすると、貴族の皆さんがミツキを捕まえるなんて...」
ヨシキにとっては願ったりの話の流れ。 ここぞとばかりに彼はキッパリと首を横に振る。
「決してございません。 貴族社会にとってカスガノミチ殿は血を分けた同胞ですから」
「そっ、それならミツキの市民権を回復してもらえませんか?」 貴族の権力で。
「それについては是非シノバズ侯爵にご相談いただければと」
ヨシキに巧妙に誘導されるままに、クルチアは頷く。
「それは... そうですよね」
「ええ、ええ。 それではですね、侯爵とカスガノミチ殿の会見の日時を決めておきたいと思いますが」
こうしてクルチアはミツキをシノバズ侯爵に会わせることになった。




