第30話 マイ・レディー
「おはようイナギリさん」「おはようクルティー」「委員長、おはよっ!」
向けられる挨拶にクルチアは笑顔で挨拶を返し、自分の席に向かった。 自席にカバンを置いてクシナダさんの席へ。 ミツキのことで話がある。
「おはようクシナダさん」
空いていた前の席にクルチアは座った。
「あらイナギリさん。 おはよう」
クシナダさんはビーズか何かの手作業から顔を上げた。 彼女は手芸部に所属している。
「今ね、首輪を作ってたの。 ほら見てこれ。 まだ作りかけだけど可愛いでしょ」
「ほんと、可愛いわね」
クルチアは調子を合わせた。 クルチアが好きなのは金属製の武具。 攻撃力も防御力も備えない手芸品には興味がない。
クルチアはふとクシナダさんに尋ねる。
「クシナダさんペット飼ってたっけ?」
「まあイナギリさんたら。 これはミツキちゃん用よ」 やあねえ、ペットだなんて ウフフ
「え、ミツキに首輪?」
「何か変? ...あ、首飾りって呼ぶのかな」
「ところでさ、そのミツキのことで、ちょっと相談があるんだけど」
「何かしら?」
「あの子、太ったと思わない?」
「ええ。 でも今のミツキちゃんも可愛いわ」
「そうかしら」
クルチアの反応でクシナダさんは用件を察した。
「イナギリさんの相談事って、ミツキちゃんのダイエット?」
「ええ。 あの子、ずっとアパートでゴロゴロしてるんでしょう? だから食事を減らすべきだと思うの。 協力してもらえる?」
「う~ん。 ちょっと難しいわね」
「どうして?」
「食べ物を欲しがるの」
「無視すれば?」
「一度要求を拒否したことはあるの。 たまたまオヤツを切らしてたときに。 そしたらミツキちゃんどうしたと思う?」
「すねたとか?」ミツキのことだから。
クシナダさんは首を横に振る。
「うううん」違うの。 そんな生やさしいもんじゃないの。「おねだりされたわ。 ミツキちゃんたら後ろから私に抱きつき、背中に小さなオデコをあてて、可愛らしい声で "クシナダさぁん" って。 我に返ったとき、私お財布を持ってケーキ屋さんに向かってた」
クルチアは言葉を失う。
「うそ... ミツキがおねだり?」 何それ私されたことない。
クルチアの全く知らないミツキの一面だった。
「すべて実話よ」
そのとき、教室のドアがガラリと乱暴に開かれた。 ガラリ!
◇◆◇
そのようにドアを乱暴に開くのはゲータレード市立高校1年3組広しと言えどオウリン・クギナのみ。 ズカズカと教室に入ってきたクギナはクルチアを見つけ、オウオウ とやって来た。
「オウ イナギリ!」
「はい」 なんでしょう。
「必ずオマエからトオマスを奪ってやるからよ。 覚悟しとけ」
それだけ言ってクギナは自分の席へ向かった。
(トオマス先輩、オウリンさんに何を言ったのかしら?)
抹殺から収奪へ。 クギナの突然の方針転換にはトオマスが関与しているに違いなかった。
◇◆◇◆◇
キンコンカンコン。 1日の授業が終わり、クルチアはいそいそと教室を出た。 いなぎりハンター事業所を軌道に乗せるため今日から宣伝活動を行うつもり。 ビラを貼ったりビラを配ったり。 まずビラを作らねばならない。
授業から解放された生徒で騒がしい廊下を通り下駄箱に行くと、クルチアの靴がある下駄箱にトオマスがもたれて立っている。
「あら、トオマス先輩。 こんなところでどうしたんです?」
トオマスは片眉を軽く上げる。 心外だと言わんばかりに。
「むろん君を待ってたのさ」 マイ・レディー。
「クギナさんのことなら、もう大丈夫ですけど」 なんか今マイ・レディーって呼ばれた気がする。
トオマスは嘆かわしそうに首を横に振る。
「フー、いいかいイナギリさん、マイ・レディー。 護衛の必要があるとか無いとか、そういうことじゃないんだ。 君臣たるもの、なるべく多くの時間を共に過ごすべき。 少なくとも僕はそう教わったよ」
「誰に教わったんです?」いまマイ・レディーって言いましたよね?「あ、オウリンさんにトオマス先輩を奪うって宣言されたんですけど、先輩、今朝オウリンさんと何を話したんですか?」
「ほう、オウリンがそんなことを。 なに、僕は本当のことを言っただけさ。 オウリンがイナギリさんより僕の主君にふさわしい人物と示せたなら彼女のナイトになるとね」
「そうだったんですか」
クルチアの心を陰がよぎる。
(トオマス先輩が私の騎士じゃなくなる可能性が...?)
トオマスはクルチアの表情を注意深く観察し、満足そうに微笑む。
「フッ 心配しなくていい。 オウリンは僕の忠誠心を全く刺激しない」




