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クイックリングちゃんドロップキック!  作者: 好きな言葉はタナボタ
第三章

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第28話 率直に言おう、イナギリさん

市内へ帰還したクルチアとミツキはハンター協会で写真を換金したのち、ヤマネくん並びにタケシマくんと別れた。


トオマスがクルチアに何やら話があるというので、いま彼らは喫茶店へやって来ていた。


運ばれてきた紅茶を1口飲み、クルチアはトオマスに話を促す。


「それで先輩、私に話って...?」


トオマスは緊張の面持ちで居住まいを正す。


「率直に言おうイナギリさん。 僕の主君になって欲しい」


「えっ」


クルチアは軽く驚いた。 ナイトリングの習性は知っていたが、自分がそのターゲットに選ばれるとは思っていなかった。


トオマスは意気込んで話し出す。


「君のことは以前から気になってた。 ピンと伸びた背筋、力強く気高い眼差し、太陽のような笑顔、落ち着いた物腰... イナギリさんは僕の主君のイメージにピッタリなんだ」


「え、でも私なんて」


クルチアは早速、断る方向に舵を切った。


トオマスは首を横に振り、自分を卑下するクルチアを否定する。


「君は僕の主君の理想像だよ。 おまけに学級委員長とくる」


「でも、先輩はすでに主君がいらっしゃるでしょう? お2人も」


クルチアがトオマスの主君になりたくない理由はこれだった。 主君として3股をかけられるなど願い下げである。


「3人だよ」


「あ、オウリンさんは除いての話です」


「うん、オウリンを除いて3人だ」


クルチアの持つ情報は古かった。


「まあ、そんなにたくさん。 ちなみに、3人目はどなたなんです?」


トオマスの主君になりたくはないが、興味はある。


問われたトオマスの瞳に誇らしげな輝きが宿る。


「3年生のキッショウインさんだ。 廃部寸前の手芸部を盛り立てた手腕を評価した。 彼女はね、いじめられっ子に優しく声をかけたりもする人なんだ。 快く主君を引き受けてくれたよ。 フフッ、イナギリさんは頬のふくらみ具合が彼女によく似ている」


「まあ、とても立派な方。 それに引き換え私なんて」


「君は自分を過小評価している。 僕は見逃していないよ、イナギリさん。 君が放課後に奉仕活動を続けてることを」


「奉仕活動?」


身に覚えがなかった。


「ラットリング退治に励んでいるだろう?」


「あ、あれは奉仕というか」趣味です。


「校則違反を(かえり)みずゲータレード市の防衛に身を捧げる。 君の奉仕精神には脱帽のほかない」


「えっと、私はそんな立派な人間じゃ...」


クルチアが言葉を終えぬうちにトオマスはクルチアの功績を(あげつら)う。


「先日はヤマダくんのコミュニティーでラットリングを5匹も倒したのだとか。 フフフ」


クルチアは息を飲んだ。


「どうしてそれを!?」


「ヤマダくんは生物部の後輩だ。 さて、キミの主君としての資質を論じるのにも飽きた。 そろそろ色良い返事を聞かせてくれないか、イナギリさん」


「え、でも...」


(かたく)なにイエスを拒むクルチアを、トオマスは(いぶか)しむ目で見る。


「何か問題でもあるのか?」


「だって、先輩は他にも主君がいらっしゃるし」


「それがどうした?」


「主君が複数っておかしくないですか?」


トオマスはクルチアの認識に真っ向から対立する。


「そうだろうか?」


「主君同士が争ったとき、どの主君に味方するんです?」


「ハハッ イナギリさんは心配性だな。 そんなことにはならない。 皆すばらしい人物だよ」


トオマスの3人の主君に限れば、そうかもしれない。 親を失った子猫を降りしきる雨の中で保護した女子、毎朝教室に花を飾る女子、そして廃部寸前の手芸部を盛り立てイジメられっ子にも優しい女子。


(でも常識的に考えて、主君を何人も抱えるなんてあり得ないと思うの。 しかも3人とも女の子)


クルチアには強い疑念がある。 トオマスは恋心と忠誠心の区別が付いていないのでは? その証拠に、クルチアへの忠誠が育つまでトオマスはクギナに頭が上がらなかった様子。


(さっき先輩、強くなった後で "イナギリさんに対する忠誠だ" って叫んでた。 てことは、私に向けるのは恋心じゃなく忠誠。 他の3人は恋心なのに、私だけ忠誠? あ、待った。 私に対する恋心がないとも断言できない。 そう、恋心と忠誠は両立が可能なはず。 でも、どっちにしても...)


4股の一翼を担うなど願い下げだった。


「とにかく、この話はお断りさせて頂きます」


クルチアが断るのを見て、ミツキは心の中で胸を撫で下ろす。


(よかったー、クルチアが主君を引き受けなくて)


クルチアに会うたびにこの上級生が一緒だなんて願い下げだった。


          ◇◆◇◆◇


喫茶店を出てクルチアとミツキは、すっかり暗くなった夕暮れの街路を2人で歩く。


「久しぶりだったのに、なんだか(せわ)しなかったわね」


「うん」


「どこかで食事していこっか」


「いい」


ミツキが首を横に振り、クルチアは驚いた。


「食べずに帰っちゃうの?」


「晩ゴハンがあるんだ」


「クシナダさんが用意してくれてるの?」


「うん」


クルチアは肩透かしを食らった。 ようやくミツキと落ち着いて過ごせると思ってたのに。


「そっか、じゃあ仕方ないわね」


「夜の6時までに帰って来てって言ってた」 もう過ぎてるけど。


「門限まであるのね」


           ◇◆◇


十字路に差し掛かり、クルチアは足を止めた。


「ここで別れよっか」


別れる地点がミツキのアパートに近すぎると軍にアパートの場所がバレる恐れがある。 危惧された軍の襲撃はなかったが、軍は今もクルチアとミツキを尾行しているはずだ。


クルチアは懐から財布を取り出した。 今日のラットリング退治の報酬で、財布は恐ろしい厚みを帯びている。 財布を折りたたむのが困難なレベルの厚みだ。


クルチアは財布から1万モンヌ札を20枚数えて取り出し、ミツキに手渡す。


「これクシナダさんに渡しといて」


「なんで?」


「あんたの生活費」


「別にいらないけど」


「なに言ってるの。 食費までクシナダさんのお世話になるわけにいかないでしょ?」


ミツキはメンドくさそうに20万モンヌを受け取った。 クシナダさんの厄介になっている自覚が無い。


ミツキは受け取った札束を無造作にポケットに突っ込む。 市民権を失い買い物が困難になった彼は、もはや財布を持ち歩かない。 金銭を "価値あるもの" とする認識も薄れつつある。


「クルチア」


「なあに?」


「ハンターの依頼はまだ来ないの?」


市民権を買い戻す資金をハンター業務で稼ぐという話だった。


「うん... ちょっとね」 簡単には来そうにない気がするの。


「頑張ってね?」


激励形式の催促である。


「ま、任せといて!」


クルチアの両肩にプレッシャーがのしかかった。 ズシーン

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