第23話 クギナとトオマス②
クギナとトオマスを眺めていたヤマネくんはクルチアに視線を戻し苦笑する。
「クギナがウィークリングに呪われないのが不思議でならねえ」
クルチアは苦笑に苦笑で応えない。 彼女の表情は真剣そのもの。
「私、あの人を止めて来る」
罪なくして正座のうえ虐待される上級生の姿は、見るに忍びなかった。 クギナが怖くないかと問われれば怖い。 だが―
(ミツキが一緒なら...)
そう、ミツキの威を借りればクギナの非道を止められる。 かつてクギナはミツキが防具も付けず野外を歩き回るのに興味を持ち、クルチアからミツキの正体を無理やり聞き出した。 ミツキの正体を知ったクギナはミツキに勝負を挑み敗北。 結果に納得がいかなかったので再び勝負を挑み、再び失神。
(あれ以来オウリンさんはミツキと目を合わせない。 オウリンさんはミツキを恐れてる。 ミツキがいればオウリンさんに注意できる。 ようし!)
クルチアは決意を込めて鋭くミツキの名を呼ぶ。
「ミツキ!」
名を呼びつつ傍らに目を向けると、ミツキは地面に座り込みナップサックの中の食べ物を地面に広げていた。 鋭く名を呼ばれ彼の小さな肩がビクリと震える。
クルチアは再びミツキの名を呼ぶ。 今度は溜息混じりに。
「ミツキ、あんたねえ...」満腹キャラを目指すの?
クルチアは被害状況をチェック。 幸いにもバナナを1本食べられただけ... じゃない! このリンゴ、齧った跡がある。 やだ、こっちのロールケーキも一口。 まったくもう。
ホントにもう。 クルチアはミツキから食べ物を取り上げ、ナップサックに戻した。
◇◆◇
食べ物の回収を終えてクルチアはミツキに呼びかける。
「ミツキ、付いてらっしゃい」
「なに?」
ミツキは不機嫌な声を心がけた。 食べ物を取り上げられた不満を訴えたい。
「いいから、いらっしゃい」
強い調子で促され、ミツキはしぶしぶ立ち上がる。
◇◆◇
クルチアはミツキを従えて、クギナがトオマスを虐待する場所へ向かった。 ときおり後ろを振り返りミツキが付いて来ているのを確認する。 ミツキは今回のミッションをクリアする上でのキー・アイテム。 彼なしで成功はおぼつかない。
ところがヘソを曲げるミツキは、やけに歩くのが遅い。 反抗の意志を感じさせる歩行ペースである。
クルチアは再び振り返りミツキを急かす。
「ほら、さっさと歩きなさい」
「チッ」
「今あんた舌打ちした?」
「してない」
「なんでそんなに歩くのが遅いのよ。 あっそうだ、手をつなごっか」
クルチアは後ろを向き、ミツキに左手を差し出す。 ハイ、どうぞ。 スキンシップでミツキの機嫌を取り、ミツキを引っ張って早く歩かせる。 一石二鳥の名案だ。 気まぐれなミツキがフラリとどこかへ行ってしまうのも予防できる。 だが―
「フン」
ミツキは差し出された左手からそっぽを向いた。
◇◆◇
クルチアはこの時点で本腰を入れてミツキの機嫌を取るか、さもなくばミッションを中止すべきだった。 しかし、そうしなかった。 自分がミツキにとっての一番、ミツキはいつも自分にベッタリ、ミツキは私のアクセサリー。 そんな驕りがあったのかもしれない。
ともあれクルチアはミツキを後に従え、クギナに接近した。
「オウリンさん」
クギナは苛立たしげに振り返る。 オォン?
だがクルチアの背後にミツキの姿を認め、荒々しさを和らげる。
「なんだイナギリかよ。 何か用か?」 いま大事なとこなんだ。
クギナは正座するトオマスの耳をつまんで引っ張り、立ち上がらせようとしていた。 トオマスは歯を食いしばり、立ち上がるまいと耐えている。 立ち上がった彼を待つのがラットリングへの突撃だから。
クルチアは友好的な笑顔と口調で用件を述べる。
「オウリンさん、キングズブリッジ先輩に酷いことするのを止めましょうよ」
クルチアの言葉は、正座するトオマスに救いの雨となって降り注いだ。 絶望と苦痛に染まる彼の顔に、安堵と感謝の色が混じる。 僕を助けてくれるのかイナギリさん!
クギナの反応は鈍い。 クルチアとその背後に立つミツキに不機嫌な視線を注ぎ、右手はトオマスの耳をつまんだまま。 トオマスは額に脂汗を浮かべ、クルチアに目で訴える。 一刻も早くこの手を離すように言ってくれ! もう耳がもたない!
クルチアはクギナを促す。
「とりあえず、その耳を離しましょ? ほら、先輩とっても痛そう」
素直に応じるクギナではない。
「イナギリ、オマエは何の権利があって私に口出ししてるんだ?」
カチンと来たクルチアは言い返す。
「あなたこそ何の権利があって先輩を虐待しているの?」
ミツキを後ろ盾に、クルチアは強気に攻めた。
だがクギナはニヤリと不気味に笑う。
「私の質問に質問で返すとはいい度胸だ」
えっ? クルチアはクギナの態度に異変を感じた。 オウリンさんのリアクションがおかしい。 予想していた反応と違う。
(オウリンさんが妙に強気。 ミツキがいるのに... ハッ まさか)
唐突に飛来した認識にクルチアはギクリとする。
(まさかミツキがいない!?)
クルチアは反射的に後ろを振り返りかけ、自制する。 振り返ったりすれば、ミツキに頼る胸の内をクギナに見透かされる。
クルチアは額に冷や汗をにじませ、背後に意識を集中して気配を探る。 ミツキ、あんたそこにいるの? それともいないの?
ミツキがクルチアの背後にいないなら、クルチアは単身でクギナと対峙していることに。 気の荒さで知られるクギナは今、巨大な両手剣を背中に背負っている。 対応を間違えれば致命的な結果になりかねない。
「どうしたイナギリ? 大人しくなっちゃってよ」
「うぅ...」 オウリンさんのこの態度。 やっぱりミツキは私の後ろにいない?
「オラ 何とか言えよ。 オマエから文句つけて来たんだろうが」
ドスの利いた声にクルチアはヒイィっと身をすくめる。
「だから、えっと、まず先輩の耳を...」助けてミツキ。
「ゴニョゴニョ うるせえよ!」
クギナはグーでクルチアの肩を小突いた。 ドンッ!
「あっ」
小さな声を漏らすクルチア。 とうとうクギナに手を出されてしまった。 一線を超えられたショックに灼熱する頭の隅でクルチアは考える。
(やっぱりミツキは後ろにいない。 そうでなきゃオウリンさんが私にこんな真似... どうすればいいの?)
そのとき、下方から声が聞こえる。
「よさないか!」




