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クイックリングちゃんドロップキック!  作者: 好きな言葉はタナボタ
第三章

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第21話 ラットリング退治ふたたび

いなぎりハンター事業所の設立から数日後、帰宅したクルチアは台所にいる母に尋ねる。


「ただいまー。 ママ、依頼はあった?」


母はキッチンで作業をしながら答える。


「無かったわよ」


クルチアは溜息をついた。 フゥ。 設立してから、まだ一度も依頼が来ない。 この世界は事業所を設立するだけで自動的に依頼が来るようには出来ていないのだ。 薄々わかっていたことだが。


(やっぱり宣伝しないとダメかな)


           ◇◆◇


クルチアは考えながら自室へ向かい、制服を着替えて台所へ戻ってきた。


椅子に腰かけ、食卓の上の新聞を手にとって広げる。 目当てはラットリング予報欄だ。 ラットリング予報とは天気予報のようなもの。 ゲータレード市に到来するラットリングの数を異能者が予測したものを、市民に伝える。


「明日の予報は... おっ、嵐マーク! そして第2世代!」


"嵐" のマークはラットリングの到来数が非常に多いことを示す。 クルチアは依頼が来ない事業所を放置し、第2世代の写真持ち込みでミツキと荒稼ぎすることにした。


          ◇◆◇◆◇


翌日の放課後。


いつもの武装に身を固めたクルチアはゲータレード市の門へ向かう。 とつぜん後ろを振り向くなど非合理的な動きを時おり見せるが、クルチアの中では理に合っている。 彼女は軍の尾行を警戒している。 ミツキの潜伏場所が知られていない以上、軍とミツキの接点はクルチアだけ。 自分が尾行されてないはずがない。


ミツキとの待ち合わせ場所は市門を出てすぐの所。 クシナダさんに託した伝言はミツキに伝わっているだろうか?


門を出てすぐの所で周囲を見回していると、背後から声が掛かる。


「クルチア」


振り向くと、そこにはミツキの懐かしい姿。


「ミツキ! 久しぶり」


発した言葉は、新鮮で寂しかった。 ミツキに "久しぶり" と言う日が来るなんて。 毎日顔を会わせていたのに10日ぶりだなんて。 ミツキが着る服は、クルチアが見たことのないジャージ。 クシナダさんが買い与えたのだろう。


「うん」 久しぶり。


頷くミツキの顔にクルチアは異変を感じた。 あれっ?


「ミツキあんた... 太った?」


ミツキは首を横に振り、きっぱりと否定。


「太ってない」


しかし、首を横に振るミツキの頬の肉がプルプルと揺れる。


「ちょっとお腹を見せて」


クルチアは周囲の目を物ともせずミツキの服の裾をめくり上げた。


ミツキの下腹(したばら)が白日のもとにさらされる。


「やだ! やっぱり太ってる!」


クルチアは悲鳴を上げた。 若鶏の胸肉のようにスリムに引き締まっていたミツキの下腹部が、突き立てのお餅のように垂れている。 原因は明白。 食べ過ぎと運動不足だ。


クルチアはミツキの下腹部を指でつまんで引っ張る。


「や~ん、すごく伸びるー」


クルチアは泣きたい気分になった。 ちょっともう、勘弁してよね。


ミツキはクルチアの嘆きぶりに哀れを催し、親切げに声を掛ける。


「クルチアと同じぐらいだよ」


クルチアのお腹と同じだから、そんなに嘆かないで。 そういう意味だ。 だがしかしミツキの言葉は、彼が理解し得ない反応をクルチアに引き起こした。 眉間にシワが寄りかけ、それが消滅し、代わって笑顔が浮かぶ。


「そんなことないわよ?」ニッコリ。「ミツキ、あなたのほうが太っているの」


ミツキにはクルチアの反応が全くもって不可解。 どうして笑顔なの? 眉間にシワが浮かびかけた理由は? オレのほうが太ってると断言する根拠は? でもクルチアの笑顔が何となく怖かったので、ミツキは黙った。


ミツキが黙ったのに満足して、クルチアは宣言する。


「さ、行きましょう。 私たちには運動が必要よ」


           ◇◆◇


クルチアは防壁の周囲の踏み固められた地面を歩き出した。 しかし、(かたわ)らを歩くミツキの様子がおかしい。 しきりにクルチアと手をつなぎたがり、希望に応じ手をつなぐとペッチョリ触感。 手のひらが冷たく汗ばんでいる。 クルチアに身を寄せるようにして歩くから歩きにくいことこの上なく、視線はキョロキョロと落ち着かない。 ときおりキンモクセイの香りが漂うから、軽く加速したりもしている様子。


「ちょっとミツキ、歩きにくいじゃない」


ミツキはそわそわと後ろを振り返る。


「大丈夫かな?」


クルチアはすぐにミツキの言葉の意味を理解した。 彼は軍の捕獲部隊を心配している。 ミツキの不安は当然だ。 クルチア自身にも同じ不安はある。 でも、こんなことではいけない。 今後ミツキはハンター稼業で1億モンヌを稼がねばならない。 ハンター活動中ずっとビクビクしていてはミツキの繊細な心がもたないし、不測の事態が生じたとき(かえ)ってパニックに陥りやすい。


(ミツキに自信を持たせないと。 ビクビクされるより威張られる方がマシ)


クルチアは立ち止まり、ミツキの両肩に手を置いて砂色の瞳を覗き込む。


「自分に自信を持ちなさいミツキ。 あなたのスピードの前には、どんな豪剣も魔法も無力。 あなたは最強の戦士なの」


「でも、また変な薬とか使われたら?」


クルチアは周囲を見回し、ミツキの耳元に口を寄せる。


「もう使わないんじゃないかしら。 あんた薬を使われてすぐ目覚めたでしょう? 軍の奴ら、あんたに薬が効かないと思いこんでるかも」


ミツキの顔は晴れない。 依然として浮かない顔。


クルチアは再びミツキの肩に手を置き、優しく檄を飛ばす。


「いいことミツキ? 軍のやつらが襲って来るのはチャンスだと考えるの」


ミツキが意外そうな顔をする。


「チャンス?」


「ええ、あなたの恐ろしさを見せつけるチャンス。 ミツキには到底かなわないって、あいつらに手を引かせるチャンス」


ミツキの口元に不敵な笑みが浮かび始める。


「なるほど、チャンスか」


彼の声は落ち着きと自信に満ちていた。


クルチアは再びミツキの耳元に口を寄せる。


「でもねミツキ。 アパートの場所だけは知られないよう気を付けなさい」 寝込みを襲われるとマズいから。


ミツキはこっくりと頷いた。


「わかってる」


           ◇◆◇


2人は歩みを再開。 目指すは例によって、壁に生じた亀裂。 だが生憎、1つ目の亀裂にラットリングの姿は無かった。 亀裂が修復工事中だったのだ。 ただ作業員の姿はない。 ラットリング予報が嵐なので工事は休みだ。


「工事が始まってたのね」 ようやく。


「どうしてラットリングが集まってないんだろう」


ミツキの疑問はもっともだ。 警備員が槍を手に工事現場を守っているが、そもそもラットリングが集まっていない。


クルチアが疑問に答える。


「ラットリング忌避剤を使ってるんでしょ」


「そっか」


ミツキは納得した。


           ◇◆◇


2つ目と3つ目の亀裂も同様に工事中。 ラットリングはいなかった。


「まさか亀裂の一斉工事? じゃあラットリングたちはどこに?」


            ◇


4つ目の亀裂は工事中じゃなかった。 そして大集合していた。 大量のラットリングが。


「うじゃうじゃいる!」


「気持ち悪~い」


無数のラットリングが亀裂付近の場所を巡って押し合いへし合い。 うごめくラットリングで地面が見えない。


4つ目の亀裂にはハンターの一群もいた。 一箇所に集まりラットリングの海を眺めている。 多すぎるラットリングを前に手を出しかねる様子。


「他に人がいるんじゃミツキが活躍できないわね。 どうする? 5つ目まで足を延ばしてみる?」


「お腹すいた」


「ダイエットしなさい」


「えぇ」


すげなくあしらわれたショックに固まるミツキをそのままに、クルチアはハンターの一群へ向かって歩き出した。 一群の中に見知った顔をいくつか見つけたのだ。

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