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小さな男の子が年上の幼なじみ(♀)に面倒を見てもらう話  作者: 好きな言葉はタナボタ
第三章
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第19話 洞窟①

その日、クルチアは授業がまったく頭に入らなかった。 心はミツキのことで一杯だ。


(あの後でミツキが捕まった心配はない。 そのはず。 本気で逃げるミツキを捕まえるのは不可能だもの。 それより問題はミツキの今後)


今朝ミツキをさらおうとしたのは恐らく軍人で、彼らは今後もミツキを狙うだろう。 問題は軍の追手だけではない。 市民権を持たないミツキは人間扱いされない。 ミツキを殺してもミツキの物を奪っても罪に問われない。 野良猫と同じ。 ミツキが人間社会で生きて行くのは極めて困難だ。


ともあれ、クルチアは早急にミツキを手元に保護したかった。 ミツキはメンタルが弱いから、1人にしておくと自棄(やけ)を起こしかねない。


(ミツキ、あんた今どこにいるの?)


           ◇◆◇


ミツキは洞窟にいた。


ゲータレード市は市内に丘を(よう)しており、丘の中腹には人知れず掘られた洞窟がある。 10メートルに満たないトンネルの先に小部屋があるだけのシンプルな洞窟。 ミツキとクルチアは数年前まで、この洞窟を遊び場にしていた。


軍務局の車から逃げ出したミツキは加速を維持したまま自宅方面へ移動、自宅が監視下にある可能性に思い至り、泣きべそをかきながら方向転換。 この洞窟へとやって来た。 ここしかなかった。 他に行く(あて)はない。


            ◇


洞窟に潜んでから最初の1時間、ミツキは先ほどの出来事について考え込んだ。


(なんでオレが狙われた? あのとき逃げなかったら、どうなってた?)


(...肉か。 オレを食べて速くなりたいのか。 オレは半分人間なのに)


            ◇


次の数時間は、市民権を剥奪されたショックと不安に押し潰されるのに費やされた。


(もう家に戻れない。 町にも出れない。 この国じゃ生きていけない)


クイックリングの血を引く彼には、この状況を切り抜ける力がある。 でも若干14才で知識も経験も無いミツキは、その力を活かせない。 活かせると思いもしない。


            ◇


薄暗い洞窟の中で1人、活路を見いだせず絶望するミツキはつい先ほど、不安と苦境に対処する方法をマスターした。


(諦めるのがコツだったんだ。 生きようと思うから不安だったり辛かったりする。 生きようと思わなければ不安は消える。 楽になる。 解放される)


ミツキは訳もなく立ち上がり、狭い小部屋の中を歩き回る。


(そもそもオレは、この世と縁が薄かった)


母が死んでから、彼をこの世とつなぐ糸はクルチアだけだった。


(そこへ来て市民権剥奪。 やっぱりオレはこの世に向いてない。 もう諦めよう)


ミツキは地面に腰を下ろして膝を抱える。 生を捨て世を棄てたミツキの表情は清々(すがすが)しい。 空腹で冴え渡る頭に思い浮かぶのは今朝の出来事ばかり。 何度も繰り返し再生した情景は、もはや彼の心を刺激しない。 ただ、車内から逃げ出す間際に見たクルチアの姿が頭から離れない。 ブレザーの上着とスカート、涙に濡れる頬、見慣れた赤褐色の頭髪。


「そっか」


クルチアのイメージが繰り返し思い浮かぶ理由に思い至った。 心残りだったのだ。 クルチアに別れを告げず立ち去ったのが。


「あれが最後って分かってたらなぁ」


そしたら声を掛けるぐらいしたのに。


(クルチア...)


ミツキの目から涙が1粒、ぽろりとこぼれ落ちた。


           ◇◆◇


その涙をもってミツキはクルチアへの想いを捨て、この世と完全に決別した。 もはや彼と現世をつなぐものは無い。 これより全ての食物を絶ち即身仏(そくしんぶつ)となる所存。 環境は整っている。 手元に食べ物は無く、店で買えもしないから。


ミツキは足を組み、見よう見まねの結跏趺坐(けっかふざ)。 背筋をピンと伸ばし、両手は膝の上。 昨晩の夕食を最後に何も食べていない彼の精神は澄み切っている。 母が死んでから、彼は朝食を食べなくなった。


(断食で死ぬのって一週間だっけ? いや、水を飲まないなら―)


ジャリ。


砂を踏む音がミツキの雑念を中断した。 目を開くと、洞窟の入り口に動く人の影。


(今朝の奴らか?)


ミツキは結跏趺坐を解き、立ち上がった。


足音は洞窟のトンネルを進み小部屋へ近づいて来る。


「ミツキ? そこにいる?」


足音の主が声を発した。 クルチアだ!


クルチアの声がミツキの心に日常を取り戻す。 暗闇に包まれる洞窟が色を取り戻す。 あの世へ羽ばたかんとするミツキを、クルチアの声が現世に繋ぎ止める。


ミツキは洞窟の入り口に向かって返事をする。


「いる」


その声は、いつもの彼の声だった。

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