第14話 ミツキ捕獲作戦①
クルチアとミツキは毎朝、一緒に登校する。 ミツキが通う中学校はクルチアが通う高校の真向かいにある。
学校までの道のりを仲良く並んで歩くクルチアとミツキ。 2人とも制服姿。
クルチアは歩きながら体内で《気》を練り上げ、歩道にたたずむ男性めがけて放出する。 ホッ!
ターゲットに選ばれた男性が不意にクルチアのほうを振り向き、クルチアはさっと目を逸らす。
男性の視線を頬に感じながら、クルチアは心の中で小さくガッツポーズ。
(やった、また成功!)
《気》は人間の体内を巡る謎のエネルギー。《気》を極めた者は金縛りの技を操るとも素手で刃を弾くとも言われる。 数日前から彼女のトレーニングは、《気》を体外に放出する段階に至っていた。 男性が振り向いたのはクルチアの気を感知したから。 クルチアの《気》が気のせいじゃない何よりの証だ。
歩くうちに男性との距離が開き、クルチアはそむけていた顔の角度を元に戻す。 正面を向き背筋をピンと伸ばして歩く学級委員長の姿が、そこにはあった。
澄まし顔で歩くクルチアにミツキは批判的な目を向ける。
「またやったの? 迷惑じゃないかなあ?」
「そうかしら?」
答えながら、クルチアはハッと気付く。 ハッ 言われてみれば...
「そうかも」
「だろ? クルチアらしくないよ」
「そうね。 私には似合わないわね。 あんたには似合うけど」
クルチアの余計な一言をミツキは平然と受け入れる。
「うん」
反省したクルチアは、新たな方針を打ち出す。
「これからはミツキだけを練習相手にするね」
「えー」
◇◆◇
クルチアとミツキが通り過ぎた街路の傍ら。 2人の後ろ姿を観察する者がいる。 目立たない身なりの男性。 男はクルチアとミツキを目で追いつつ、懐から携帯ホンを取り出した。 携帯ホンは "テレホン" と呼ばれる魔道具の携帯版。 遠隔地にいる相手と魔法の力でお話できる。
男は携帯ホンを口元にあてがった。
「ターゲットはD地点を通過。 いつものルートを進んでいます」
通話の相手は、D地点から数百メートル先に駐車される大きくて黒い自動車の中。 自動車は魔法の力で車輪を回転させ路上を走る。 人や物を運べる便利な魔道具だ。
「了解」
簡潔に答えた男性は、クイックリング捕獲作戦の指揮官イマソガレ少将。 小規模な作戦の指揮を将官が執るのは異例の事態。 それほどに軍務局は、この作戦を重要視する。
◇
軍務局がアンティーク・ショップからカスガノミチ家に辿り着いたのは1週間前。 ショップは宝物の代金をミツキの母カスガノミチ・アリネに小切手で支払っており、その小切手の行方を辿って軍務局はアリネの身元を突き止めた。
カスガノミチ・ミツキの身辺調査を経て軍務局は、ミツキが生粋のクイックリングでも人間でもなくクイックリング・ハーフだと特定。 ミツキが示す素早さは王侯貴族の家系に現存するクイ混じりのそれを大きく上回り、伝説に聞く生粋のクイックリングを彷彿とさせたが、戸籍と出生記録そしてミツキが宿すアリネの面影は示していた。 ミツキがアリネの息子だと。
◇
少将の向かいのシートに座る女性が険しい眼光で少将に問い質す。
「あなたたち、何を企んでいるの?」
立派な身なりと髪型の女性だ。 40代後半にして女性としての魅力を十分に残すこの女性はクズキリ子爵。 法務局に籍を置く彼女は、軍務局の要請で今この車内にいる。
少将は子爵の質問を突っぱねる。
「お答えできません。 先ほど申し上げたとおり軍事機密です」
答えられるはずがない。 計画を明かせば子爵が協力を拒むのは確実。 子爵に限らず、エクレア小国の貴族はクイックリングを崇敬する。
クズキリ子爵は不服そうに押し黙った。 軍の要請は法に則るもの。 だが、どうしてクイックリング・ハーフの不興を買う真似をするのか? 計画の全貌は知らないが、彼女の役割だけでもカスガノミチ・ミツキがエクレア小国に抱く印象は間違いなく悪化する。
「それより子爵、そろそろ彼が通ります。 準備はよろしいでしょうか?」
子爵の返事を待たず、少将は車のドアを開いた。