第106話 掃除係
その日の夕方、クルチアはクシナダさん件でアリスの自宅兼事務所にテレホンをかけた。
ルルルルッルルルルッ。 ガチャッ
受話器の向こうからアリスの声が聞こえてくる。
「もしもし」
「あ、イナギリ・クルチアです」
アリスは落胆を隠さない。
「なんだイナギリか」 依頼じゃなくてガッカリ。
アリスの失礼な態度をクルチアは礼儀正しくスルー。
「お久しぶりです。 みんな元気にしてるかしら?」
「元気だよ。 で、どしたの?」 何か用?
「あのね、私のお友達のクシナダさんて子がね、アリスちゃんの事業所で働きたいって―」
「イナギリのトモダチぃ? 強いの? その人」
「いやハンターじゃなくて、掃除係を希望してるの」
「掃除係ぃー?」 別に要らないけど。
アリスが掃除係の応募を歓迎しない様子なので、クルチアは急いで付け加える。
「その子、時給600モンヌでも良いって」
「掃除係は別に要らないんだよね」
借金がある現在、人件費を増やしたくない。
「ちょっとミツキに替わってもらえるかしら?」
ミツキに働きかけてクシナダさんをねじ込むつもり。
アリスはクルチアの意図を察知した。
「ミツキくんに頼もうっての?」 ミツキくん経由で私にプレッシャーをかけるつもり?
「いや、そういうわけじゃ... とにかくちょっとミツキに替わってくれる? 久しぶりに声を聞きたいの」
「ホントかなぁ」
言いつつもアリスは傍らに控えるミツキに受話器を渡した。 彼はアリスの通話相手がクルチアだと判明してから、受話器の近くに来てクルチアの声に耳を傾けていた。
◇
「ミツキ、久しぶり」
10日ぶりぐらいだ。
「うん」
ミツキの返答は極めて簡素。 まだ少し拗ねている。 クルチアが掃除係のポジションを蹴りミツキを見捨てたから。
「元気にしてる?」
「うん」
「半年したら私も、そっちに行くから。 それまで辛抱してね」
「うん」
「あとね、クシナダさんがそっちに行きたいって言ってるんだけど」
「うん」 聞いてた。
「時給600モンヌでいいから掃除係として働きたいって」
「うん」 知ってる。
「でもね、アリスちゃんが掃除係は要らないって。 あんたから頼んでくれない?」
「わかった」
◇
テレホンの向こうでミツキとアリスの会話が ゴニョゴニョ と聞こえ、テレホン口に戻ってきたのはアリスだった。
「ウソついたわねイナギリ。 ミツキくんに頼まないって言ったくせに!」
でもアリスは心底腹を立てた様子でもない。 半ば予期していた結果だ。
「ごめんねアリスちゃん。 仕方なかったの」
◇
アリスはしばらくゴネたが、話し合いのすえ妥協した。
「時給400モンヌなら、あんたのトモダチを雇ってあげる」