第1話 放課後
1日の授業が終わったゲータレード市立高校。
終業後の騒がしい校舎を、一人の女子生徒が玄関へと向かう。 ブレザーとスカートの制服に身を包む彼女は、15才の女の子にしては体が大きく肉付きも豊か。 赤褐色の頭髪と丸い頬が特徴的だ。
女子生徒は下駄箱で靴を履き替え、校門を目指す。 部活には所属していない。 彼女の放課後は学校にはナイショの課外活動に費やされる。
校門には例によって人だかり。 人だかりを構成するのは主に女子。 まれに男子が混じる。
女子生徒が人だかりに近づくと、中から小柄な人影が飛び出してきた。 亜麻色の髪をした男の子だ。 中学校の制服を着ているが、体のサイズは小学生。
男の子は女子生徒のもとへ駆けて来る。
「クルチア!」
それが女子生徒の名だった。
男の子は女子生徒すなわちクルチアと並んで歩き出す。 一緒に下校するのだ。
男の子はクルチアの幼馴染み。 名をミツキと言う。 女の子たちが群がっていたのは姿が愛らしいから。 下校時間になると校門に出没するラブリーなクリーチャーとして、ミツキはゲータレード市立高校で有名である。
群がっていた女子の羨ましげな視線を礼儀正しく無視し、クルチアはミツキと共に校門をくぐり街路に出る。 並んで歩くと、ミツキはクルチアより頭1つぶんは確実に背が低い。
「今日も行く?」
ミツキが尋ねた。 母子家庭で育ったミツキが母親を交通事故で亡くしたのは先月のこと。 14才にして一人ぼっちとなった彼は、幼馴染みであるクルチアを心の支えに何とか平静を保っている。
「ええ。 あんたも来るでしょ?」
「うん」
「じゃあ制服を着替えたら私の家に集合ね」
◇◆◇◆◇
ミツキの家はクルチアの家の向かい側。 家の前でクルチアと別れたミツキは、玄関の鍵を開けて家の中へ。 "ただいま" と言いかけて口をつぐみ、手早くジャージに着替えてクルチアの家へ向かう。 一人でいると不安と寂しさに喉を締め付けられそうになる。
クルチアの家の呼び鈴を鳴らすと、出てきたのはクルチアの母親。 クルチアに似ず細身で華奢な女性だ。
「いらっしゃいミツキちゃん」
クルチア母はミツキを家の中に招き入れた。 ミツキは毎日のように来るから、今さら用件を尋ねはしない。
「おじゃましまーす」
おざなりに挨拶を口にしつつ、ミツキはクルチア母の後に付いて家へ上がった。 台所へ戻るクルチア母と進路を違え、ミツキはトタトタとクルチアの部屋を目指す。 クルチアの家の間取りを彼は熟知している。
クルチアの部屋の前へやって来たミツキは、おもむろにドアノブをガチャりと回す。 クルチアー。
すると部屋の中で女の子らしい声が響く。 きゃあっ!
「ちょっと! いま着替えてるから」
ミツキが開こうとするドアを押さえるクルチア。 右手は衣類でふさがっているから、使うのは左手のみ。
開かないドアにミツキは戸惑う。 あれ、ドアが開かない? どうして? クルチアがドアを押さえてる!
ドアが開かない理由に気付き、ミツキの顔が活気づく。 面白い、オレと力比べをしようってのか! ミツキはクルチアに負けじとドアを押す体に力を込める。 "着替え中" と "ドアが開かない" の関係を彼は理解していない。
◇
クルチアはドアの向こうから加わる力が増すのを感じ取った。
「ちょっ、あんた何考えてんの?」 どうして力を込めるの? 女の子が着替えてる部屋に入るつもり?
クルチアはドアを押し返す。 ゆっくりと。 急に力を込めるとミツキを弾き飛ばしかねない。 2人の体格差は膂力の差に直結する。
ミツキは叫ぶ。
「負けるもんか!」
ミツキはフルパワーをドアに投入。 そうして押し広げたドアの隙間に頭をねじ込み、クルチアの腹にグイグイと押し付ける。 真っ赤な顔が彼の奮闘を物語る。 クルチアの裸を見たいわけではない。 力で挑戦されたら力で応える。 彼は小さな勇士だった。
「もー」
可愛らしい頭を腹にグリグリと押し付けられ困惑するクルチア。 でも、着替えをミツキに見られるわけにはいかない。 クルチアは仕方なく衣類をベッドに放り投げ、空いた右手でミツキの頭を押し返した。
「廊下で待ってなさい」
クルチアは両手を駆使して難なくミツキを撃退し、部屋の鍵をかけた。
◇◆◇
クルチアは動きやすい服装に着替えて部屋を出た。 すると廊下には、膝を抱えて座り込み敗北感に打ちひしがれるミツキの姿。
「なにションボリしてんのよ」
「ションボリなんかしてない」
答えながらミツキは、ションボリ した顔で立ち上がった。
「私が着替えてるときは部屋に入って来ないでよね」
「フン」
そっぽを向きつつ、ミツキは固く決意する。 次は負けるものかと。
◇
台所へ来た2人。 クルチアは母親に声を掛ける。
「ちょっと出かけて来る」
「今日も出かけるの?」
母親はクルチアの外出を歓迎しない様子。 最近クルチアは毎日のように出かけるし、帰りも遅い。 ねえクルチア、あなた動きやすい服装で毎日何をしているの?
クルチアは曖昧に答える。
「まあね」
放課後のハンター稼業は両親に内緒。 学校にも内緒だ。 ゲータレード市立高校は生徒のアルバイトとハンター活動を校則で禁じている。
「お夕飯は?」
「ミツキと食べて帰る」
傍らでミツキが下を向いてニヤリと笑う。 彼は店で食事するのが好きだった。 クルチアと過ごす時間が延びるのも嬉しい。
物言いたげな母親を台所に残し、クルチアはナップサックを片手にミツキと共に家を出た。 向かう先はハンター協会。 クルチアは協会のレンタル・ロッカーに武具を保管している。