喪失
温かい家族の団欒にこれ以上ない幸福感を覚えつつ、私はなおのこと家族のために決意を固めた。
食後洗い物をすすめる母の傍ら、妹が未だふくれっ面で立腹のようだった。
「レイナ、どうしたのそんなに怒ちゃって」
「だってママもパパもお姉ちゃんばっかりなんだもん」
レイナの様子に自分の思い出を重ねる。妹が生まれたての時、世話のためにほったらかしにされたような気がして自分も拗ねていた。結局は嫉妬していただけなのだが両親の愛情を横取りされた気分になっていたのだ。
「レイナ、ちょっといい?」
私は自分のネックレスをレイナの細い首にかけてやった。
「なぁにこれ?」
「これはね私がレイナくらいの時にお母さんからもらったものなの、家族で大事に受け継いできたお守りなの、私は王国の方で働くから、その時はレイナ、このお守りに誓って、あなたもこの家の力になってあげて?」
そう言ってレイナの頭を優しく撫でる。私も母親に同じようなことを聞かされて譲り受けたのだ。
「お姉ちゃん、また会える」
大きな目が水滴のように潤み、輝く。
「ずっと会えないわけじゃないわよ、休みの時期には帰ってくるわ」
「…約束して…」
小さな人差し指が震えながら差し出された。不安だったのだろう。
差し出された指を2本の指で挟み込む。我が家ならではの約束の証だ。
洗い物をすすめながら気まずそうにしていた母も安堵の笑みをもらす。
「お二人さん、家を守るなら、まず洗い物から手伝ってもらってもよろしいですか?」
指差した方にはまだまだ多くの食器が並ぶ。
「うん!手伝う!」
張り切った妹は食器に手を伸ばす。
「アンジュ、悪いんだけどそろそろ水が無くなりそうなの、今日の分だけでいいから汲んできてくれない?」
「わかった、行ってくるね」
食後の惰眠を貪る父を尻目にローブを羽織り、簡単な身支度だけを済ませ、井戸の方に向かった。
近隣の民家の中心に位置する井戸は目と鼻の先だ。井戸の水が凍りついていなければそこまで時間はかからないだろう。
明日からは住み込みの荷造りを始めよう、そんなことを考えていた。
井戸に着いたと同時だろうか。
上がるはずのない太陽を見た。いやそれは厳密に言うと太陽のように輝く火球であった。
頭上を掠めるように過ぎた火球は直後凄まじい音と共に炸裂した。
光
熱
音
その他一切を感じることなく、自分の体が吹き飛ばされたことにも気がつくことはできなかった。
視界が周り、認識もできない。もう耳は聞こえていない。
それが熱さなのか、それとも雪の冷たさなのかも分からない。
今自分がどこにいるのか、今自分の体にどのようなことが起きているのか。
何もわからなかった。
薄れいく意識の中
霞む視界に最後にゆらめいたのは、炎だった。
死後の世界、悪徳を働いた人間を焼き、罰を与える。そんな炎に見えた。
しかし、業を働いた者を焼く炎は上がるはずのない場所から上がっている。
悪徳とは無縁の、善良とさえ言える者たちの
私の、家族の住む家だった。
それが意識の途絶える最後に見た光景だった。
「アンジュ、そろそろ出発でしょ起きなさい」
「お姉ちゃんねぼすけさんだね」
「早く起きなさい、アンジュ」
聞き慣れた声がする。
忘れることのない温かい声。
手を伸ばし、声を上げる。
何も動かない、声も出ない。
ただ赤に包まれる家族が見える。
「…っ」
体に走る鈍い痛みと共にめをあける。場所はわからないが誰かの家なのだろう。嗅ぎ慣れない匂いがした。
体を起こし窓の外に目をやる。雪に覆われた森は代わり映えのしない絵本のように広がっている。間違いなく私の住む村だ。
包帯の巻かれた体はところどころ血が滲んでいる。
「…あ」
家族だ。
みんなは。
なぜこんな大事なことを。
私はベットから跳ね起きた。足に力が入らないこともお構いなしに部屋から飛び出る。
「アンジュちゃん!?起きたのかい!?」
目を見開いたのは村長だった。暖炉に薪を焚べている。
だがそんなことは考えられなかった。ただ外に出てみんなに会わなければ。
何も言わずに外に飛び出す。
雪の中を走る、走る。
何度も見た我が家。
屋根が壊れ、父と共に直した我が家。
母と共に台所に彩色をした我が家。
妹が生まれ、私が生まれた我が家。
いくら探せど我が家は見つからなかった。
ただあるのは、雪を被り、火が消えてもなお、炭の匂いが立ち込める、我が家のあった場所だけだった。
「…アンジュちゃん、辛いだろうが、聞いてくれ…」
ただ呆然とし、膝を落とした私に、まるで懺悔のように語りかける。
「おそらく飛竜だと…この時期の飛竜がこんなことをするのは聞いたことがないが…だが、目の当たりにしたものが言うには飛竜の火球のようなものが見えたと…」
飛竜。大きなものが暴れれば厄災の一つとして語り継がれる。
だが、基本的に温厚な生物であり、この寒い季節になれば、なおのこと活動はしないだろう。
いや、そんなことはどうでもいい
「…家族は…?みんなは…?」
「……駆けつけた時には…もう…」
心臓を自分の手で掴んだように鼓動が伝わる。浅い呼吸はその速さを増す。
何も考えられず、夢中になって瓦礫をどかす。あたりに灰が舞う、まだ芯の残っている材木の破片が手に突き刺さる。ただただどける。探す。探す。探す。
「…もうやめるんだ!もう…やめてくれ…」
悲痛な声で村長が叫ぶ。
我に帰ると同時に、涙が溢れる。
体は力を失い、へたり込む。視線の先が、鈍色に光る。
それは失くすことのないものだった。
母から私に、私から妹に。
渡されていった、ネックレスだった。
掠れた声で叫ぶ。
そうか、
もう家族はいないのだと。
悟った時、私の意識は再度途絶えた。




