団欒
「アンジュ、もう朝ご飯できるからレイナ起こしてきて~」
「はーい」
窓から仄かに光が差し込む、それが雪の白さなのか朝日なのかわからない。とにかく我が家の朝は習慣的に早い。
「レイナ、もういい加減起きなさい!」
毛布にくるまる妹の肩を揺らす。起きるそぶりは無い。
「そっちがその気ならこうだ!」
勢いよく毛布を引きはがす。安寧の地を奪われたのか、ようやく観念したようだ。
「おねいちゃん……さむいよぅ……」
「ほら、朝ご飯できたんだから、起きなさい」
「……は~い……」
目をこすりながら妹のレイナは立ち上がる。今年で10歳になるがいまだに自分では起きられない。母も私も少し甘やかしてしまったのではと感じる日々だ。
「パパ、ママおはよ~」
「おはようレイナ!」
「もう、朝ご飯冷めちゃうから早く食べなさい」
我が家は四人家族。私はアンジュ・トレイル、この家の長女だ。トレイルはファミリーネーム。父の名前はクラフト。母の名前はアイラ。そして先ほどから何度も呼ばれている妹のレイナ。
林業を営む我が家は山岳部の村の林に近い場所にある。春先から秋にかけて主だった仕事が集中しているため冬のこの時期は目立った仕事は無い。ただだらけた生活にならないようにと母の提案でこの時期も早くから起きる習慣を続けている。
「アンジュ、それ取ってくれ」
「はいはい」
朝食のパンをほおばる手を止め、机上の調味料を取る。父の蓄えた口髭がこのところの出不精を物語っている。
「あなた、いい加減髭ぐらい剃りなさい、みっともないですよ」
「母さん、いいじゃないか仕事は無いんだし」
「それでもです」
不満そうな顔を浮かべてはいたが父は髭を剃るだろう。母に逆らっている父は未だかつて見たことがない。
「お父さん、あの話なんだけどちゃんと考えてくれた?」
朝食を食べ終え、片づけに移る母と妹を尻目に私は父に切り出した。今日こそ話をつけなくては。
「あーそれな……」
父が押し黙る。またかといった感じだ。
「今日こそ認めてもらうからね、王国で働くこと」
「でもな……お前はまだ16なんだぞ……」
「もう16よ、一人でだって生活できる。それに、うちだって今の稼ぎだけじゃ厳しいでしょ?」
「あなた、いい加減許してあげたら?」
片づけを終えた母親が割って入る。母には以前から相談をして了承を受けている。後は父だけなのだ。
「かわいい子には何とやらですよあなた。アンジュだってもう立派な大人です」
「でもなぁ……」
初めて母に反抗し、いつまでも踏ん切りのつかない父に、次第にふつふつと怒りが湧いてくる。気づくと自室のベッドに突っ伏していた。
「アンジュ、入っていい?」
母の声がする。無言でうなづく。
「お父さん、落ち込んでたわよ」
「知らないあんな人、第一……心配しすぎなのよ」
母がベッドに腰を下ろす。
「実はね、私と結婚する前、あの人王国で働いていたの」
「……それが?」
「今のアンジュと同じで家計を支えるために働きにいったそうよ、だから、なおの事あなたに行ってほしくないんじゃないかしら?」
「……自分だって働きに出たなら、別に私に行かせてくれたっていいのに」
「お父さんはね、自分の意志で行ったわけじゃないの。親に働くように言われたの。それに、自分が行ったからこそ、子供に同じことをして欲しくないんでしょ」
顔を枕にうずめる。うちの家計が苦しいのは子供の目にも明らかだ。
「それにね、家のために早く働きに出ろだなんて台詞は絶対に言いたくないのあの人は。もちろん私もね」
「別に仕方なく出る訳じゃないの!私だって何かの役に立ちたいの」
語気が強くなる。同時に脳裏に必死に働く母と父の姿が浮かぶ。手伝えることは手伝ってきた。それでもまだ足りないのだ。
「いっつも子供に無理させないようにしてる親に恩返ししたい子供だっているの!」
「そのこと、しっかりお父さんに伝えた?」
思わず口をつぐむ。お見通しといった顔を浮かべ母は続けた。
「ほんと誰に似たのかねぇ、その不器用さ。ちゃんと伝えてきなさい!」
あきれながら微笑し、母は私の頭をなでる。
「王国の方の知り合いにはもう手紙を出してあるから、後はちゃんとお父さんに話してきなさい」
「うん、……ありがと」
父は雪かきの真っ最中だった。先ほどの口髭は綺麗になくなっていた。
「お父さん、手伝うわ」
「おお、アンジュ。助かる」
二人の間に沈黙が続き、雪を踏みしめる音が響く。
「さっきの話なんだがな……」
口火を切ったのは父だった。
「お父さんとしてはだな……やはりな……」
「私、仕方なく行くわけじゃないの」
父の言葉を遮る。
「お父さんもお母さんも私とレイナのためにいつも頑張ってくれてる。その姿はずっと見てたの。お父さんの昔の話だって聞いたわ」
父をまっすぐ見る。一呼吸おいて続ける。
「私も二人のために何かしたいの、家族でしょ!」
言い終わるやいなや、自分の頬を涙が伝っていた。父は面食らった顔になるがすぐに笑いながら頭をかいた。
「そうだな、アンジュの気持ちをないがしろにしてたな。子供のやりたいことを応援してやらないなんて親失格だ」
自嘲気味に父は語る。そんなことないと伝えたいが嗚咽で言葉が出ない。
「アンジュ、これだけは約束してくれ。辛くなったり寂しくなったらすぐに帰ってくること。お前の家はここなんだ」
必死に頷く。大きな手が自分の頭をなでる。伝わるかたいてのひらの感触が仕事柄のものであることと同時に、私の好きな父の手を久しぶりに感じた。
「……ありがと、私、この家の子で本当に幸せ」
あたりには、父のすすり泣く声だけが響いていた。
数日の内に王国の知り合いの家に下宿させてもらうことが決まった。父の若いころの知り合いで料理店を営む夫婦の家だそうだ。
「あいつの料理は昔からひどい味だった、アンジュも気をつけるんだぞ」
父は肩をすくめる。
「気を付けるわ、それよりお父さんこそお母さんを困らせちゃだめよ」
「あら、アンジュそれはもう手遅れよ、さんざん困ってるもの」
「ひどいな母さん、それはないだろう~」
憑き物が落ちたように笑顔になった父は上機嫌に肩をすくめる。
「ん~~お姉ちゃんばっかりず~る~い~」
置いてけぼりをくらったと思ったのかレイナだけがご立腹の様子だった。




