姉から婚約者の弱みを握って来いと働きに出されたのに、溺愛が始まりました〜辺境伯様は紅茶よりも茶師をご所望です?!〜
「君はどうしてここに来た? 伯爵のご令嬢が何故ここで働いている?」
「ええと……どこからお話ししたものか……」
見目麗しいお姿のキース・ダーナイズ辺境伯様は、その金色の瞳を近付けて私を問い正す。
このダーナイズ辺境伯領の茶園で働き出してはや一ヶ月。キース様とは、直接お茶をお出しする程仲良くなった。
キース様は世間では冷酷な騎士として噂されている。実際にお会いしてみれば、国境線であるこのダーナイズ辺境伯領を必死に守る、真面目で素敵な人だった。噂なんて当てにならない。
私、ニルナ・オーガンスはある理由で、このダーナイズ領の茶園で働くことになった。もちろん、オーガンス伯爵家の娘であることは隠して。
今日、いつも通りにキース様にお茶をお入れしていたら、先程のように問い詰められてしまった。ついに正体がバレたのだ。
「ニルナ、つい問い詰めてしまいすまない。俺も動転してしまって……」
「いえ、私が悪いので」
こんな時でも私に頭を下げるキース様は、本当に優しい。7歳年上っていうのもあるけど、大人の余裕があって、いつも優しく包み込んでくれる。
そんなキース様に私は惹かれていた。でも、キース様は、姉の婚約者なのだ。
☆☆☆
「ねえ、ニルナ、私、辺境に嫁ぐのなんて嫌なの。あなたちょっと潜入して辺境伯様の弱みでも握って来てくれない?」
「ええと?」
私の姉、マルーナ・オーガンスは美人だ。同じ緑色の瞳を持つのに、私の赤茶色の髪の毛と違い、金色の髪がツヤツヤと美しい。
姉に昔から地味だ、汚らしい、と言われ続け、お父様も美しいお姉様の方を可愛がった。
母が幼い頃に亡くなり、消沈した父は母似の姉を連れて、王都のハウスタウンに移り住み、このオーガンス伯爵領には寄り付かなくなった。
私はオーガンス伯爵領の名産である紅茶、オーガンスティーを幼い頃から茶園に出て、祖父から茶師としての仕事を師事してきた。
たまの休みにお姉様だけは伯爵領にお戻りになるけど、お姉様は歳を重ねるにつれ、美しさと同様に、飾り立てるドレスや宝石も豪華になっていった。
「聞いているの?! 相変わらず冴えないわね、私の妹のくせに。それに、何故泥が顔に付いているの?」
「先程まで茶園に出ておりましたので……」
「ふん! そんなの領民にやらせておけば良いものを」
お姉様がイライラしながら話を続けていると、奥から見知った顔が部屋に入って来た。
「まあまあ、ルーナ、オーガンスティーは王家も御用達の高級茶葉だ。君が美しく着飾るためにもどんどん作ってもらわないと」
「ダニエル様……」
青い肩までの髪のこの男性は、私の婚約者、ダニエル・アンバー様。大きな商会の一人息子である彼との婚約が決まったのは、祖父が他界し、この茶園を私が引き継ぐと決まった二年前。父が突如として決めてきたのだ。
祖父の茶園を守ることに必死だった私は、悲しむ暇も、婚約に驚く暇さえもなかった。
祖父の代から支えてきてくれた農園の皆と一緒に一丸となり、今も変わらずクオリティーを維持し続けている。
「ダニエル」
姉はダニエル様が入ってくるなり、その頬を緩ませた。
私は知っている。姉が領地に帰ってくるのと、ダニエル様が訪ねてくる時期が何故か一緒の理由を。
二人はいつの間にか、恋仲になっていたのだ。
「ダーナイズ辺境伯は、冷酷な騎士だと聞く。ルーナをそんな所に嫁がせるわけにはいかないだろう?」
「でも、王家から直々に来たご縁談ですよね?」
ダニエル様はお姉様の腰に手を回し、お二人は寄り添うように私の前に立った。
(もう隠す気は無いのかしら?)
「ニルナ、僕は泥だけで地味な君より、美しくて聡明なルーナと結婚することにしたんだ。悪いが、君との婚約は破棄させてもらう」
「はあ……」
ダニエル様からの突然の婚約破棄。まあ、こんな日が来るとは思っていましたが。
「では、私が変わりにダーナイズ辺境伯様に嫁ぐということですか?」
「何を聞いていたのよ?! 結婚しなくても良いように、弱みを握って来いって言ったでしょ?」
「は、あ………」
お姉様とダニエル様が結婚したいのはわかった。しかし、お姉様がダーナイズ辺境伯様へ嫁げないなら、変わりに私が行くしかないのではないだろうか?王家からの打診ということは、オーガンス伯爵家の娘である私でも良いはずだ。
訳も分からず首を傾げていると、お姉様は増々機嫌を悪くさせたが、ダニエル様が髪を撫でてなだめる。もはや隠す気の無い二人は容赦なく私の前でいちゃつく。
「ニルナ、お前が茶園の相続をしている以上、俺とルーナの生活を支えてもわねば困る」
「はあ……お父様は何と?」
「お父様は私の好きにして良いと言っているわ!」
要は、この二人の結婚生活のために、私が茶園で働き続けなければいけないということだろうか。それにしても、お父様はしょんぼりがすぎて、この領を放置しすぎだ。
「ダーナイズの茶園にはうちの商会の伝手で働けるように手続きはしてある。」
「お屋敷ではなくて茶園ですか?」
「うるさい! あそこの屋敷に潜り込むのは無理だった。お前が何とかして辺境伯に近付くんだ!」
なんて無茶な……。
私は溜息を飲み込みつつも、もう決められてしまったことに従うしかなかった。
でも、ダーナイズ茶園といえば、広大な茶畑が広がり、お茶の葉も育ちやすい環境だと聞く。
大量生産が出来るため、安く手に入りやすい。平民の間で重宝されている。
うちの茶園はクオリティーの高い希少な茶葉だが、手がかかるため、大量生産は出来ない。王家や上層貴族に高値で買われていくからやってはいけているけど。
(ダーナイズ茶園、一度見てみたいと思っていたのよね)
理不尽な使命を負わされた私だけど、茶師としての好奇心が私をワクワクさせた。そして私は皆に引き継ぎをして茶園を任せると、ダーナイズ辺境伯領へとやって来たのだ。
私は持ち前の茶師の技術で、あっという間に茶園での信頼を勝ち取った。一週間で、色々なことを任せられるようになった。そしてある日、大量に破棄される茶葉を見つけた。
「あの、これどうして捨ててしまうんですか?」
「ああ、どうせどんどん茶葉は新しいのが生産されるからね。フレッシュな状態で出荷するために、古い茶葉は捨ててしまうのさ」
茶畑の責任者であるニースさんは何でもないように私に言った。
(なんてこと……! こんなに沢山の茶葉をもったいない……!)
「あの、この茶葉、捨てるなら試したいことがあるのですが……」
「別に良いけど……どうするんだい?」
捨てられる大量の茶葉を引き取った私は、保管室の一角を借りて、実験を始めた。
ダーナイズ領にはもう一つ名産品がある。『ミスラの花』だ。
その花びらは香りが良く、王都では花束だけでなく、ポプリとして商品化されており、人気だ。
「さて……」
私は腕まくりをして、これまた譲ってもらったミスラの花びらを丁寧にちぎっていく。
捨てられる茶葉に花びらを混ぜ込み、寝かす。
お茶の葉は香りを吸収する性質がある。それを利用して、ミスラの花の香りをつけた紅茶を私は作ろうとしていた。
「一度やってみたかったよのね……! まさか叶うなんて……!」
保管室の隅っこで一人、私は大きくガッツポーズをしたのだった。
数日後、ミスラの香りを付けたお茶に成功した私がニースさんに軽い気持ちで振る舞うと、翌日にはミスラティーの生産工房が出来、私が責任者に抜擢されるという大事になってしまった。
それから瞬く間にミスラティーは話題になり、ついには王家にまで所望されるようになった。
私のミスラティーに興味を持ったキース様にお屋敷に呼ばれたのは私がダーナイズ領に来て三週間が経った頃だった。
思わぬ辺境伯様へのお近づきに驚きつつ、その日呼ばれてお話ししたキース様は、噂とは違って私の話を優しく聞いてくださる穏やかな方だった。
私の紅茶愛を静かに聞いてくれ、私も調子に乗って、ミスラティーだけではなく、ダーナイズ領の茶葉を使った煮出しミルクティーの作り方を熱弁し、振る舞った。
気付けばキース様に毎日紅茶をお出しする役目は私になっていた。
茶園の皆も屋敷の人たちも温かい目で私を迎えてくれる。優しい時間だった。
でも、それも今日で終わりだ。
「……なるほど」
私がここに来た理由を包み隠さず話し、キース様は一呼吸おいて、黙ってしまった。
ああ、私、罰せられるのかな。
そんな不安でいっぱいの私の顔を見て、キース様は表情を緩める。
「ああ、ニルナ、心配しないでくれ。むしろ、俺は君がここに来てくれて良かったと思っている」
「ほんとう、ですか?」
キース様の笑顔に私は安堵した。
良かった!茶園での功績が認められたからお咎めは無しということだろう。
このダーナイズ領での生活は温かくて、優しくて、楽しかった。何より毎日キース様にお茶を入れられるのが何よりの喜びだった。
お咎めは無しとはいえ、私はここを即刻立ち去るべきだろう。
「ミスラティーの作り方は茶師たちに責任を持ってしっかり引き継ぎますので」
「ああ、それはお願いしたいが……きみは、ここを出ていくつもりか?」
「へっ?」
出ていく前にしっかりと引き継ぎをする旨を伝えたら、キース様が意外な顔をしているので、私も首を傾げる。
「俺は、君との日々が楽しくて癒やしだった。日々緊迫した日常に差した、光だった」
「ええと?」
「君は、違うのか?」
金色の瞳に熱が帯び、キース様の銀色の髪が近い。
私はいつの間にかキース様に至近距離で詰め寄られていた。
「ええと、私も楽しかったですが、その、正体を偽っていたわけですし……」
「君は姉とその婚約者に言われて仕方無く来たのだろう。でもそんな目的も忘れて君が茶園で真面目に働いていたのはニースの報告で知っている」
キース様は至近距離のまま、その美しいお顔を綻ばせる。右手で私の髪を撫でる仕草が絵になる。
(思わず見惚れてしまったけど、髪を撫でる、って恋人同士のやることでは?!)
「茶園の仕事が楽しくてつい夢中になったのは認めます……」
私は熱くなった自分の顔を一生懸命背けながら、キース様に説明をする。
「キース様にお近づきになってしまったのは棚ぼたというか、何というか……」
姉と元婚約者の命令で来た理由はそうだったけど、私は茶園の仕事が楽しくてすっかりそのことが抜け落ちていた。キース様にお屋敷に呼ばれてやっと思い出したのだ。
「俺にとっても棚ぼただったな」
「へっ?」
ゴニョゴニョと話す私に、キース様の口角が弧を描く。
「オーガンス伯爵家との婚約は、陛下が茶園まで見きれない俺に紹介してくださったからなんだ。あそこにはオーガンスの腕を引き継ぐ娘が二人もいるからと。妹の方は婚約者がいるから姉を、という話だったが……」
キース様の手はいつの間にか私の頬を捕らえていた。
「キース様……?」
「俺は、君と結婚したい、ニルナ」
真剣な金色の瞳に私が映る。ドキン、と胸が跳ねる。
「でも、キース様のお相手は姉で……。姉は私と違って美人だし……」
「君は婚約破棄されて、姉の方がその相手と結婚するのだろう?」
お姉様はダニエル様と結婚する、と言った。でも私は知っている。お姉様は美しい顔の殿方が好きだということを。
キース様は美しいお顔なのに、騎士として逞しい体躯で、一見怖そうなのに、優しくて思いやりのある方。そんなキース様を知ったら、あのお姉様が好きにならないはずがない。
(……キース様の素敵な所を見つけたのは私なのにな)
ぽつりとそんなことを思って、首を振る。
(本来は出会えることなんて無かった。私が先に出会った、ってだけで、本来ならお姉様が来ていたんだもの。二人は恋に落ちたはず……)
自分の考えに、更に胸がずきりと痛む。
「ニルナ?」
考え込む私に、キース様が心配そうに覗き込む。
「それに、お祖父様の茶園を私は守らないと……」
茶園の皆に任せて来たけど、そろそろ帰らなければ。
「その茶園なんだが、ニルナ……」
キース様は言いにくそうに、でも私の頬から手を離さずに、ゆっくりと言った。
「オーガンスの茶師が全員解雇されたと聞いたぞ」
「ええ?!」
私はキース様の言葉に大声をあげた。さっきまでの求婚も、キース様の頬の手の恥ずかしさも、全部吹っ飛ぶ。
「な、どうして……」
「落ち着け、ニルナ」
青ざめる私にキース様が背中をさすってくれる。
「オーガンスの茶師たちはダーナイズで雇い入れている。お前に会いたがっていたから早速行こう」
「え、あの……まさか私の正体がバレたのって……」
キース様の説明に、ふと思い至り、恐る恐る聞けば、彼は優しく微笑んで答えた。
「ああ。茶師たちがオーガンスのご令嬢がここで働いているから一刻も早く取り次いで欲しいと」
「ああ……」
私は思わずこめかみを押さえる。まさか身内からバレるなんて。
いや、バレたことはこの際今となってはどうでも良い。優しいキース様のおかげでお咎めも無い。
問題は、私の正体を明かしてまで会いたいと思った茶師たちだ。
(全員解雇? 何で?! 何があったの?!)
気がはやる私を宥めるように、キース様は私の背中を撫で続けてくれていた。
「落ち着いた? じゃあ行こうか」
大人で、いつも優しく私をリードしてくれるキース様。彼の優しい笑顔に私は安心する。
とっくにキース様のことを好きになっている自分に、私は気付かないふりをしているのだ。
◇
キース様に連れられて、オーガンスの茶師たちがいる茶畑にやって来ると、見知った顔の茶師たちが安堵の笑みを浮かべて私を囲んだ。
「お嬢様!!」
「みんな! 一体何があったの?」
「ダニエル様です」
茶師の一人が涙ながらに説明をする。
「オーガンスティーをもっと大量に作れないかと言うので、無理だとお伝えした所、アンバー商会の者たちを招き入れて、茶葉を根こそぎ摘んで行ってしまったのです」
「何ですって?! 一芯二葉が基本でしょ? そんなことしたら……」
茶師の言葉に私はギョッとして思わず大きな声を出してしまう。
「はい……。それで余計に茶葉が育たなくなり、痺れを切らしたダニエル様は茶畑に農薬を蒔きはじめたのです」
「な、んですって……」
「それを止めようと元からいた茶師たちと争いになり、皆、解雇されました」
茶師の言葉に頭がクラクラする。
ふらりと足元がおぼつけば、キース様がしっかりと肩を抱いて、受け止めてくれた。
「お嬢様に留守を任されていたのに、申し訳ございません……」
茶師たちは泣きながら私の前に集う。
「茶畑は……」
皆につられて私まで涙が出て来る。聞かなくてもわかる。うちの茶木は弱い。農薬なんて蒔かれたら……。
「お嬢様、これを……」
茶師の一人が茶の木を差し出した。
「これしか守れず、すみません」
茶の木は他家受精で、受粉しない。
「これがあれば接ぎ木で蘇らせられるかもしれないわね……。ありがとう」
茶の木を受け取り、私は茶師に笑顔を向けた。
でも皆知っていた。お祖父様の、オーガンスティーとまったく同じものはもう二度と作れないと。
(でも、手元にこれだけでも残って良かった)
私は茶の木を抱き締めるようにして持った。
「ニルナ、君の大切な茶木を復活させるために必要な畑は整えさせるから」
「キース様?!」
茶師たちとの一連の流れを後ろで見守ってくれていたキース様が、私の肩に手を置いて微笑む。
「君は私の妻になるのだから、このダーナイズ茶園を任せたいし、大切なお祖父様の茶木を復活させるための物もこちらで準備する。その茶師たちと一緒に励むと良いだろう」
(妻になるの、確定事項なんだ……)
どんどん話を進めるキース様に、茶師たちをも涙を流しながら喜んでいた。
「オーガンスを離れるのは辛いですが、ここでまたお嬢様と紅茶が作れるなんて夢のようです!!」
「辺境伯様に認められていたなんて、流石我らのお嬢様!!」
「ええと、皆……?」
さっき求婚をされたばかりで何も話が進んでいないのに、どんどん確定事項になっていく。
(そりゃ、キース様のことは好きだけど、本当に私で良いのかな?)
「ああ、どうやら来たようだね」
キース様が遠目に走ってくる執事さんを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「来た?」
急いで走って来た執事さんからキース様が書類を受け取ると、その場でバサリと広げる。
「キース・ダーナイズの婚約者を姉のマルーナ・オーガンスから妹のニルナ・オーガンスへ変更することを認める。また、すぐの婚姻も認める」
「へっ?!」
私はキース様が読み上げた書類に飛びついて確認する。
「ええ?!」
書類にはキース様が読み上げた通りの文面と、国王陛下の御璽が押されている。
「あの、すぐの婚姻とは一体……」
恐る恐るキース様に聞けば、彼はその整った唇の口角を上げる。
「君をオーガンスに返すと面倒なことになりそうだからね。先手を打たさせてもらったよ」
キース様は目尻も下げ、私の腰を引き寄せる。
「何より、君と離れるのは耐え難い。俺の側にずっといて欲しい、ニルナ」
至近距離になった私の髪を一束手に取ると、キース様はそこに口付けた。
「キ、キース様……」
「良いね? 返事は?」
「は、はい……!」
キース様の優しい圧に負けて、私はつい返事をしてしまった。
私の返事にキース様は嬉しそうに目を細めた。キース様は本当に私を愛してくれているのだと、胸が高鳴った。
それから、オーガンスの茶畑に出した損害と、今までの横領がバレたダニエル様とお姉様。そしてオーガンス領を放置していたと父は伯爵位を返すことになった。これからは一領民として働くらしい。
ダニエル様も家から絶縁され、商会長の未来を絶たれたらしい。お姉様と二人、これからどうしていくのかは私にはわからない。
大人で優しいキース様に包まれて、私はこのダーナイズ領で大好きな紅茶を作りながら、幸せに暮らしていく。
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