推理合戦、トイレにて。
トイレから出てきた男は、おもむろに髪を手で整えた。
ナルシストね。
いつも髪を整えているのかしら。あなたは髪以外のところを気にする必要があると思うわよ。まず、制服からはみ出しているパーカーのフードと裾をしまいなさい。あなたみたいなデブ豚は、ちゃんとした服装をしてようやく人間として見られるの。
普通の男子がやっているだけでダサいのに、あなたみたいなキモ男は、もっとダサい。さらに、ネトネトしていそうな鼻に、かさついた分厚い唇、目はまぶたについた肉に押しつぶされている。まず、顔を洗って、リップクリームを塗って、痩せなさい。ブス豚が。
とあそこに歩いている女子生徒は思っているだろうが、僕の考えは違う。
これは男子生徒にしか分からない巧妙なトリックが隠されている。髪型を気にするのに、他の見た目は気にしない。女子生徒には、髪型だけを整えるナルシストに見えるかもしれないが、本当は、髪型も気にしてはいないのだよ。女子生徒は、男子生徒がいつも持っていないものを持っている。
そう、ハンカチだよ。
普通の女子生徒は、用を足した後、手を洗う時、ポケットにいつも入れているハンカチで手を拭くだろう。しかし、普通の男子生徒は、ポケットにハンカチなど入れていない。ハンカチなど、小学生の時に、持ち物検査があるから持っていっただけで、男子高校生は、そんなものは、ランドセルくらい懐かしいものである。
では、ハンカチのない男子生徒はどうするか。まず、ハンカチもないのにポケットに手を入れる。そして、手をポケットの中でスクリュー回転して、水を拭き取る。それでも少し水滴が残ることがある。なので、最後の仕上げとして、髪を整えるふりをし、手を乾かせるのだ。つまり、彼は、ナルシストではなく、ただの豚だ。
とあそこのレベル1の男子生徒は思っているだろうが、レベルマックスの男子生徒である俺の考えは違う。
もし、濡れた手を拭くために髪型を整えたと考えているなら、お前の目は、節穴だ。目を入れて来い。
髪型セットは、フェイク。よくあの男の手を見てみると、髪型を整える前から、手は乾いていて、水滴など付いていない。トイレをして出てきたはずなのに、なぜこんなことが起こりうるのか。もうお分かりだね。
トイレをしたけれども、手を洗わなかったのだ。
レベル1の男子高校生には、まだトイレの後に手を洗うという固定観念があるかもしれないが、レベルが上がると、そんなものは消えてなくなる。確かに、俺にもとてもなつかしい記憶だが、トイレの後、手を洗ったことはあった。だがまず、手洗いがだんだん適当になっていく。
石鹸をつけなくなり、手を濡らすだけになり、指だけ濡らすようになる。最終的にハエのように、人差し指と中指を合わして、爪だけ濡らすようになった時、なんでこんなことしてまで、手を洗うのだと思うのだ。
しかし、他の男子生徒には、手を洗っていないことをばらしたくない。なので、低レベル男子生徒を騙すために髪を整えるふりをするのだ。つまり、あの男は、汚ねえ豚だ。
とあの薄汚い陰キャ男子生徒は思っているだろうが、この事件の張本人として知っているこの事件の真相とは違う。手を洗ったふりをするために、髪型を整えたと思われているようだ。確かに、自分は、トイレの後、手を洗わない。
しかし、自分は、髪型を整えて、誤魔化すような女々しいことはせず、どちらが出たとしても、堂々と乾いた手で、トイレから出てくる。だが、今回は、髪型セットと言うフェイクを入れた。
なぜか。
それは、もっと大きな秘密を隠すためだ。
自分は制服からはみ出したフードの中から空の弁当箱を取り出した。
そう、もうお分かりだね。
自分は便所飯をしていたのだ。それを悟られないために、乾いた手で髪を整えたのだ。
つまり、自分はブスで、汚ねえ、ぼっちの豚だ。
自分の中で、自信満々に自身を定義した。自分は人間としてすべてが終わったゴミクズだ。
…………泣いていいですか。
恒河沙名義の「ぼっちはぼっち」の中の第三話を少し変えて投稿しています。こちらの話を面白いと思った方は、「ぼっちはぼっち」も読んでくださると嬉しいです。