表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の7days  作者: 真里貴飛
【1時限目】
9/93

《8》

「よっし、ノーアウト一塁!ここで追加点取れれば決まりだな」


「くそ~!今のはアウトやろ」


「周哉、待ってろ。次、おれとだからな」


ゲームも終盤に差し掛かり、最後の盛り上がりを見せていた。

8回裏が終わって、7―4でいっちゃんのリード。


実在するプロ野球チームを題材にしているこのゲーム、いっちゃんの勧めで始めたのだが、これが中々に面白い。すぐにハマった。コントローラ―を駆使して、ゲームの中の選手が投げる、走る、捕る、打つ……実際の試合さながらの楽しさがある。


野球をやったことはないけれど、野球のことが段々と好きになる。事実、大して興味がなかったはずの俺が、野球中継を見るまでになったのだから。


「うぉぉぃ!今のアリ!?」


「ははは、ラッキー♪」


1番から始まった9回表、一塁に四球で出塁した鈴本を置いて、2番松木が三塁線ギリギリに転がるセーフティバントをして、オールセーフ。無死、一、二塁で打席には3番の大笠原。


「やべぇ~、ピッチャー代えようかな」


「大笠原なら誰でも打てるよ?」


焦るイワ、余裕を見せるいっちゃん。ここで1点でも取ろうものなら、大勢はほぼ決まりだろう。


「よぉし!行け、球一」


「守護神登場……ここで打てば、おれの勝ちだな」


リリーフカーに乗って出てきた、守護神・球一。


『サードゴロ、トリプルプレーだ』


……え?


何だ、今のは……。


球一がリリーフカーを降りた瞬間、誰でもない誰かの声が俺の頭に響いた気がした。その言葉に、俺は戸惑ってしまう。意味が分からない。なんで、そんなことを思ったのか……。


だけど、それよりももっと不思議なのが、『サードゴロ、トリプルプレーだ』、この言葉がとても確信に満ちた響きを伴っていたことだった。


……いやいやいや、あり得ないだろ。


俺は軽く頭を振った。きっと、俺の幻聴だろう。そう思うことにして、再びテレビ画面に視線を戻す。ちょうど、球一の投球練習が終わったところだった。


「抑えろ~、球一!」


球一が投球動作に入る。流れるようなフォームから、第一球が投じられた。


「待ってた、この火の玉ストレートを!」


大笠原がバットをフルスイングする。鈍い打球音がして、ボールが飛ぶ。


がしかし……


「おぉっし!」


「うわ、走れ!大笠原!」


勢いよく飛んだのは折れたバットで、ボールは三塁手の古井の方へほどよく転がっていた。


こ、これは……!?


ボールを捕球した古井が三塁ベースを踏んで、二塁ベースカバーに入ったショートの鳥山に送り、更には一塁手のブブゼルへ送球する。大笠原の足は一塁ベースに今一歩届かず、アウトとなってトリプルプレーが完成した。


「くっそ、やっぱ一球見送るべきだったか」


「よし!最終回、逆転したる~!」


「すげ……」


俺の口から自然と言葉が漏れた。滅多にないトリプルプレーを目の当たりにしたことに対してと、先程の頭に響いた声のことに対してだった。後者の方が比重は格段に重かったが。


え、本当にそうなったぞ……?


いやいや、待て待て。


俺は思い留まる。こういうことも、起こらないことはないとも言い切れないではないか。思ったことが起こったって、それが不自然なことなど何もない。何も……ない。

心の中で言い聞かせるようにするのだが、釈然としないモヤモヤした感覚が俺の中に在り続けていた。


だけど……トリプルプレーなんて、滅多にないんだぞ?


……。


俺は一度目を閉じた。色々あり過ぎて、疲れているのかもしれない。炭酸でも飲んで、すっきりしよう。そう思って、目を開けてテーブルにある2リットルのペットボトルに目をやった。しかし、中身はもうほぼ空になりかけている。


7―4、9回裏、イワの攻撃。


……仕方ない。


「ん?どうした、周哉?」


「あ、うん。飲み物、取ってこようかなと思って」


言いながら、俺は席を立った。


「えぇ~!オレの逆転劇、見てろよ」


イジけた風に言うイワに俺は笑いかけた。


「はは、大丈夫。ちゃんと満塁ホームランには間に合うから」


「満塁ホームランて……それじゃ、おれ、負けるってこと?」


「……」


いっちゃんの問いに、俺は口を噤んだ。


……どうしたんだ、俺。何で俺、今、『満塁ホームラン』って言ったんだ?


分からない。分からないけど、自然と口をついて出てしまった。本当にごく自然に。まるで、予習してあった問題の答えを言ってしまったかのように。


「周哉?」


「……あ。はは、どうだろうね?じゃ、俺、冷蔵庫から飲み物取ってくる」


俺はその場を取り繕うように笑みを落として部屋を出た。なるべく音を立てないようにドアを後ろ手に閉め、階段に備え付けてある電灯のスイッチを入れる。明るいオレンジ色の光が廊下を照らした。俺は一歩一歩を確かめるように階段を下りていく。


……何だか、俺、変だ。


漠然とした気持ち。上手く言葉に出来ないのがもどかしい。でも、絶対におかしいのは間違いない。起き抜けの状態にそっくりな感じがする。目が覚めて布団から出ながらも、どこか夢見心地でふらふらして、足元がおぼつかないという朝方によくある状況。


「意味分かんねぇ」


呟いた言葉は暗がりのリビングの壁にすっと消えた。


……。


言葉にしておきながら、俺の頭の中で1つの考えがもやもやしながらゆっくりと形になっていく。


……いや、でも、まさか……。


電気をつけないまま、俺は冷蔵庫を開ける。ひんやりとした冷気が中から溢れてくる。俺は新しい2リットルのペットボトル、レモン味の炭酸飲料を取り出した。そのままキャップを外し、空のコップに注いでその分を飲み干す。シュワっと炭酸が弾ける音、爽快感が喉を通過していった。


「……美味い」


これは紛れもない現実なのに、俺の中の何かがこの現実を否定している。自分がいるこの家だって、俺の部屋にいるいっちゃんやイワだって、今口にした炭酸だって、全部幻なんかじゃなく、本物なのに……。


「……すー、はー」


俺は大きく深呼吸した。落ち着こう。疲れてるだけなんだって、きっと。

そもそも、今日はおかしかったじゃないか。卒業式だったはずの時間が、一気にこの雪が降るクリスマスになってたんだから。これをおかしいと言わず、何がおかしいと言うのか。


「……ま、要するに、俺がボケてるだけなんだろ?」


誰もいないリビングに自分に言い聞かせるように言葉を残して、俺は部屋に戻るために階段を上っていく。いくら考えても分からないことは分からないんだ。だったら、今ある状況を1つずつ確かめていくしかない。そうすれば、この違和感もきっと拭えるはず―。


「うわっ!ルクーン!?」


「来た~っ!!」


部屋に入ったその時、二死満塁のマウンドには守護神・ルクーンがいて、打席には9番代打の矢田。

ルクーンの投げたボールは変化球がすっぽ抜けたのか、力のないド真ん中。

矢田が思いっきりそのボールを叩いた。打球はぐんぐん伸びていく。


ガッツポーズをするイワと顔をしかめるいっちゃん。打球はライトスタンドへ吸い込まれていった。それと同時に、ズキリと俺の頭が悲鳴を上げる。身体に入った力がすーっと抜けていくのが分かった。


……俺、知ってる。今の、この画面、見たことがある……。


……いったいどういうことなんだ、これは……。


既視感のある光景に困惑しながら、俺はただ呆然と、テレビ画面を眺めていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ