《6》
「「「カンパーイ!」」」
キィンとガラスが合わさって綺麗な音が響いた。コップに注がれたコーラを口にする。シュワッと口の中で炭酸が弾ける。
「んじゃ、ガンガン食べようぜ」
「肉~」
テーブルの中央にある鍋はぐつぐつと音を立て、食欲を掻き立てる匂いを部屋に充満させていた。暖かな湯気が立ち昇っている。
「周哉、食わないの?」
「……え?あ、うん。食うよ」
いっちゃんに促され、俺もワンテンポ遅れて鍋に手を付ける。鶏肉、白滝、野菜を適当に皿に装って、そのまま口まで運んだ。
「美味しい」
冷えていた身体に暖かさが染みた。
「悪かったな、周哉」
「え?」
食べながら、いっちゃんが唐突に謝罪の言葉を述べたことに、俺は何事か分からずに箸を止めた。
「寒かったろ、外。ケーキ、周哉にわざわざ買いに行ってもらわなくても、ナギに頼んで買ってきてもらえば良かったかなって、後で思ってさ」
「磯ヶ谷ん家のクリスマスパーティーに行ってるんやっけ?」
「そうそう。向こうから帰る途中で、どこか洋菓子屋とかに寄ってもらった方が効率的だったよな」
「あ、ああ、そのこと。別に、全然大丈夫だったから」
気にしなくていいよ、と俺は笑顔を向ける。
良かった、俺の分かることで……。
内心、何を聞かれるかと思って、俺はビクビクしていた。
「それにしても」
鶏肉をバクバク口に入れながら、イワが口を開いた。
「周哉、頭でも打ったんかと思った。『何買ってくればいい?』って聞かれた時はオレ、こいつ、何言ってる?って思った」
「わ、悪い悪い」
「何かあったの?」
「いや、これと言っては何も」
いっちゃんの問いに、俺はさらりと嘘をつく。
何かあったどころではない。卒業式だと思っていたら、いきなりクリスマスに変わっているのだから……。
俺は未だに混乱していて、何だか宙に浮いているようなふわふわした感覚に苛まされていた。
本当に、俺、どうしちゃったんだろう?
「なら、いいけど。何にしても、ケーキありがとね。後でみんなで食べよう」
俺が買ってきたのは、ショートケーキとチョコレートケーキの2個がセットになったものを2つ。コンビニで売られているものにしては割と出来がいいように思えた。
「オレ、チョコがいい~」
「いいんじゃん?おれどっちでもいい―ってか、イワ、肉食い過ぎだから!」
いつの間にか、鍋の中にあった肉の大半が消え失せていた。消費先は全てイワの胃袋の中。
「今日の肉はさすがに美味しいね。厳選してきた甲斐があった~」
「ちゃんと野菜も食えよ。おれはそこそこ食ってるからいいけど、周哉、まだ全然食えてないんだから」
購入してきた肉を褒め称えるイワに、いっちゃんが釘を刺す。
いつもであれば、その様子を笑って見ているのだが……俺は今、そんな気分になれず、ただ黙って2人を見ていた。
やっぱり、今日はクリスマスで間違いないんだ。2人の様子や、先程、家に戻る途中の街の装いからして、それは間違いない事実だということは、火を見るより明らかなことではある。
だけど……俺の頭がそれを理解しようとしても、どうにも理解出来ない。何度言い聞かせても、頭が無意識的に否定しているような感じ。まるで、侵入してくる情報をスキャンして、それが自らに害を及ぼすものだと警告しているかのように。
卒業式だったんだよな、今日……。
朝起きて、そこの窓から見た桜が満開だったのも、ちゃんと覚えているんだ。
そう思って、俺は席を立ち、窓際まで歩いていく。カーテンを少し開けて窓の外を覗いてみる。
桜の木には白い雪の花が咲いていた。桜が咲いていた形跡は全くない。
そのまま空を見上げる。曇り空からは、白い綿雪がゆったりと舞い落ちていた。どうやら、風は収まったらしく、雪も落ち着いてきたようだった。
「周哉?」
いっちゃんの声にはっとして振り向く。怪訝そうな顔をしていた。
「やっぱり、何かあったでしょ?どうした、そんな怖い顔して」
「悩み事でもあんのか?話くらい聞くって」
「いっちゃん、イワ……」
話したいと思った。今日が本当は卒業式で、クリスマスなんかじゃないってことを。
だけど……それを言ったところで、逆に2人を心配させてしまうんじゃないだろうか。
普通に考えて、『何を言い出すんだろう?』『頭、大丈夫?』って次元の話だろう、これは。
……。
そう思うと、これは話してはいけないことなんじゃないかと思えてくる。せっかくの楽しい気分を、俺の場違いな話で台無しにしてはいけない、そう思うことにした。
卒業式なんて、俺の勝手な妄想だったんだ、きっと。
「いや、ウチの両親、帰ってくるの遅いなぁって思ってさ」
咄嗟に出た言葉だったが、俺の中の疑問の1つだった。もう19時過ぎになるが、両親とも帰って来てないことは、普段であればまずあり得ないことだった。
「「え?」」
いっちゃんとイワの声が調和する。2人して顔を見合わせた。
あ、あれ?俺、何か不味いことでも言った……?
空気がピンと張り詰めた気がした。
「あれ?確か、周哉の両親って今日から温泉旅行に出掛ける……って話じゃなかったっけ?」
「そうそう。んで、それなら夜遅くまで起きてて多少うるさくなっても問題ないって、周哉が言ったからオレら……」
「あ、ああ、そうだったそうだった。ごめん、また俺ド忘れしちゃった」
俺は慌てて2人の言うことを肯定した。
ま、マジか、今日ってそういう日だったのか……。
なるほど。だから、家を使ったのか。
合点がいった気がした。こういうみんなで集まる場合、いつもであれば、部屋の広いいっちゃんの家でやることが多いから。俺の家を使うことは滅多にない。
でも……何故だろう。今日は、みんなが家にいることが当たり前な気がする。違和感を感じないことが違和感というか……。
なんともよく分からない感覚が俺を包んでいた。
「う~ん……まあ、いっか。でも、周哉、本当に何かあったら、おれらに相談しろよ?」
「お前、たまにオレらに隠し事するからな。ちゃんと話せよ?」
「うん、ありがとう」
心配そうに声を掛けてくれる2人に、俺は笑顔で答えた。