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永遠の7days  作者: 真里貴飛
【4時限目】
57/93

《6》

「ふわぁ……」


欠伸をひとつして薄暗い天井をぼーっと見つめる。

薄暗がりの中、しばらく目を開いていたため、暗闇に目が慣れていた。


この入院生活で、睡眠時間が格段に増えたからな……。


深夜1時を回ったところだというのに不思議と眠くなかった。


入院生活も4日目を終えた。

今日は午後に採血と胸のレントゲンを一度撮っただけで、他に検査ということもなかった。

毎食後に薬を飲んで、血圧を測って、美保と病院の中を散歩したりした。

散歩と言っても、院内を1周するくらいで、後は部屋で美保とお喋りしていたのだが。


昨日のことをきっかけに、美保とはだいぶ仲良くなった。

暇を見つけては、美保は俺の部屋を訪ねてくるようになった。

熱発は点滴で落ち着いたらしく、本当は病気ではないんじゃないかと思うくらい、今日は元気一杯だった。


美保ちゃん、ちゃんと寝てるかな?


「く・お・ん・さん♪」


「み、美保ちゃん!?」


そんなことを考えていると、耳元で囁くように名前を呼ばれて、俺は思わず身体を起こした。

いつの間にか、美保が部屋に入ってきていたらしかった。


「しー。ダメですよ、大きな声出しちゃ。見つかったら、部屋に連れ戻されちゃう」


美保は人差し指を口の前で立てて小声で言う。


「おいおい、こんな時間に起きてきていいのか?」


美保に合わせて俺も声のトーンを落とす。


「しょうがないよー、だって眠れないんだもん。眠ろうとして頑張ったんだけどもう限界」


ぷっくり頬を膨らませた美保は、ちょこんと俺のベッドに座った。

部屋から自分の毛布を持参していて、それに包まっている。


「眠るために頑張るなんて難儀だよな」


「そう言う久遠さんも、見たところ眠れないんじゃないですか?」


「そうとも言えるな」


「ホラ、じゃあ何の問題もないじゃないですか」


美保は小悪魔っぽい勝ち誇った笑みを浮かべる。


……いや、普通に考えて問題大アリだろ。


「大丈夫ですよ、いざとなったら寝ぼけて部屋を間違えたことにしますから」


俺の考えていることを見透かしたように美保は言葉を継いだ。


カーテンの隙間から差し込む淡い月の光が美保のことを照らしている。

まるで、シンデレラの魔法がかけられたかのように、美保は光に包まれている。綺麗だった。


……まあ、何とかなるか。


楽しそうにしている美保のことを見て、俺は表情を緩める。


「久遠さん、何か面白いお話してくださいよ?」


「面白い話って……何気にハードル高いな。つーか、その手の話は日中話しちゃったからな……」


「それもそうですね……。う~ん……」


美保が腕を組んで考え込んでいると、少ししてぽんと手を叩いた。


「そうだ、すっかり忘れてた。私、久遠さんから聞きたい話があったんですよ」


一転して美保は爛々と目を輝かせる。


「聞きたい話?」


「うん。こんな時分だし、ちょうどいいです。私、怪談が聞きたい」


「怪談?真夏の夜に怪談ってよく聞くけど、真冬の夜の怪談って聞かなくね?」


「細かいことは気にしない気にしない。怪談しましょうよ♪」


怪談には似つかわしくない、爽やかな笑みを浮かべる美保。


「怪談ね……」


単語を口にしつつも俺にはピンとこなかった。


怪談って、百物語とか何かだろ?


俺、知らないんだよな……。


「そんな難しく考えないでくださいよ、久遠さん。身近な話でいいんです」


「身近な話って言っても……」


「あれ?久遠さんの学園じゃないんですか、学園七不思議とか」


「あ。ああ、そういうこと」


「陽染学園七不思議、聞いてみたいです♪」


「そうだな……」


学園七不思議なら、粗方聞いたことがある。


どんなのがあったっけな……。


「早く、早く」


「まあ、慌てなさんな。えっと……よし。んじゃ、始めるぞ……」


すうっと息を深く吸ってから、俺はゆっくりと話し出す。


「陽染学園には、通常校舎と特別校舎ってあるんだけど、通常校舎の屋上には女の子が1人で行っちゃいけないんだ」


「何で何で?」


「それが、これから話す【嘆きの屋上】って話なんだけど……」


俺は朧気な記憶を頼りに語り始めた。





「10数年前の話らしいんだけど、学園に周囲も認める相思相愛の男女がいたんだそうだ。付き合う1歩手前で、彼氏・彼女の関係になるのも時間の問題だとみんな思っていました」


「いいなー、超楽しい時期だよね」


「そのはずだったんだけど……ある日、その男子生徒が屋上から飛び降り自殺をしてしまいます」


「えぇ!?」


「そして、その3日後、今度は女子生徒が同じように飛び降り自殺をしてしまいます」


「嘘……何で?2人とも幸せだったはずじゃ……。もしかして、何かの呪い、とか?」


うっとりしていた顔が一変、美保は愕然としたように顔を強張らせた。


「呪いの方がまだ良かったかもしれないな。時として、人の憎しみってやつの方が厄介だったりするから」


「え……?」


「2人の自殺に絡んでいたのが、2人の友達である女の子だったのです」


「友達が……」


「ややこしいから、男子生徒をAくん、女子生徒をBさん、友達の女の子をCさんて呼ぶな?」


そう前置きをして話を続ける。


「CさんはAくんのことがずっと好きだったんだ。そのことをBさんにも話して相談もしていたのに……気がついたら、AくんとBさんがいい雰囲気になっちゃっててな。Cさんは『私を差し置いて、勝手に付き合おうとしやがって……』と思ったんだ」


「え……そんなのCさんの逆恨みじゃ……」


「まあ、そうなんだけど、Cさんにとっちゃそれ所じゃないからな。ある日、CさんがAくんを屋上に呼び出したんだ。大事な話があるって言ってな。

『あの娘、本当は罰ゲームでAくんと仲良くしてるんだよ?もう電話も何もしないで欲しいんだって、陰で言ってたんだ』

Cさんがそう言ったのを、Aくんはもちろん嘘だと思いました。Aくんはその場でBさんに電話をかけます。

しかし、携帯電話はCさんが回収済みで、着信拒否の設定がされていたのです。当然、電話がつながるはずがありません。最初は笑っていたAくんでしたが、次第にその顔が険しくなっていきます。

何かの間違いだと、何度も何度も電話を掛け直しますが、結局電話が通じることはありませんでした。

Aくんは愕然とします。Cさんの言っていることが本当だと信じてしまい、絶望するAくん。

『まあ、早い内に気づけて良かったじゃん。元気出して』

そう言って、Cさんは屋上を後にします。純粋だったAくんには酷なことでした。

信じていた人に裏切られていたのだというその錯覚は、想像を絶するくらいの衝撃を彼に与えました。

余りの悲しみとショックの為、そのまま屋上から飛び降り自殺」


「そんな……」


「その日の夜、突然の訃報を聞いてショックを隠せないBさん。

『どうして、Aくんが自殺なんて……・』そう思っただろうな、絶対。

翌朝、探していた携帯電話を机の中で見つけたBさんは、保存メールの中にBさん宛ての遺書があることに気がつきます」


「あ、あれ?Bさんの携帯って……」


俺は軽く頷いてから続けた。


「『一緒にいて楽しいと思ってたのは俺だけだったんだ?俺のこと、騙してたんだね?全部嘘だったんだね?俺のこと、ただ面白がって見てたんだ。全然分からなかった。俺は信じてたよ……』

実際はこのメールを作ったのはCさんなんだけど、Bさんがそれを知る由はありません。

Aくんに対して追い詰めるような何かをしてしまったのかと、Bさんは悩み苦しみます。

更に追い打ちをかけるように、Aくんの葬儀の日、Cさんに『あなたがAくんのことを殺したんだ』と責められ、Bさんの精神状態は限界に」


「そこまでやることないよ……」


「まあな。けど、その時のCさんにとっちゃ、AさんとBさんの仲がぶっ壊れれば何でも良かったんじゃないか?……で、その翌朝、AくんがしたようにBさんは屋上から身を投げたのでした」


「切ないよ……完全にすれ違いだもん。2人が可哀想だよ」


「だよな……。けど、話はこれで終わらないんだ」


「え、そうなの?」


顔を伏せかけた美保はすっと顔を上げた。


「これで終わったら、全然不思議でも何でもないだろ?この事件の数日後、Cさんは我に返ったんだ。

『こんな大事になるなんて……』ってな。都合のいい話だよな、人を2人も殺しておいて。

まあ、人間なんてそんなもんかもしれないんだけど……。で、責任を感じたCさんはある日の放課後、友達を教室に残し、屋上へと向かいました。事件以降、立ち入り禁止になっているため、屋上の扉の前に花を供えて謝ろうと思ったんだ。せめてもの償いにって。

しかし、屋上に続くドアの前に来て、何気なく触れてみたらドアが開くじゃありませんか。

『どうして……?』。疑問に思ったCさん。すると、ドアの向こう側から男女の声が聞こえてきたのです。『私の他にも誰か来てるのかな?』。そう思って、Cさんは屋上のドアを潜ってしまうのでした」


「……ど、どうなったの?」


ごくりと、美保は生唾を飲み込む。俺はこくりと頷く。


「Cさんの友達が教室に残っていると、Cさんが『ちょっと待ってて』と言い残してから数分後、何かが砕け散るような衝撃音が学園に響き渡ったのです。嫌な胸騒ぎがして、窓際へと駆け出す友達。

そして、窓の外を見た友達は呆然とします。そう、Cさんが屋上から転落してしまっていたのです。

Cさんは即死でした。なぜ?屋上には鍵がかけられていたのに……。

警察が到着し、現場検証をしてみても、確かに屋上のドアには鍵がしっかりとかけられていたのです。

Cさんの遺体は酷い有様でした。Cさんの顔はぐちゃぐちゃにひしゃげて見る影もありませんでした。

けれど、不自然な点が見受けられました。Cさんの背中には鋭利な何かで切り裂かれたようになっていて、両腕にはくっきりと2種類の手形が残っていたのです」


「そ、それって……」


はっと息を呑む美保。


「誰かに掴まれたのだろうかと疑問が出たけど、結局分からずじまい。不可解な点が幾つか挙げられましたが、屋上へのドアは鍵がかけられていたし、そもそもの侵入があり得ない。

それでも、遺体の損傷具合から、屋上から転落したのは間違いないという結論に達したのです。

事件の真相は分からないまま、事故ということで片付けられたのでした」


「……」


「これ以降、屋上への階段から立ち入り禁止となりました。でも、耳を澄ますと、誰もいないドアの向こう側から男女の嘆きの声が聞こえるようです。ドアが開いても、女の子は屋上には決して出てはいけません。2人を殺したCさんと間違われてしまうかもしれないから……」


ふぅと、俺は大きく息を吐いた。


話し切った……。


「何か……やり切れない、悲しいお話だね」


「これが陽染学園七不思議の1つ、【嘆きの屋上】ってやつだ。俺もうろ覚えだから、だいたいこんな感じだったと思うけど。でも、これ確か作り話だって聞いたことあるんだよな」


「え、そうなの?」


「携帯電話が一般に普及し始めたのって、ここ10年前とかくらいからだろ?おまけにそんな事件、記録に残ってないらしい。たぶん、屋上って危ないから近づかせないようにこんな話を作って広めたんだろうって」


屋上への階段から立ち入り禁止って言っても、完全封鎖されてないし、普通に屋上へも出られるしな。


「そうなんだー。……でも、私、陽染学園に行くってことになったら、絶対に屋上には近づかない」


美保はぶるんぶるんと首を横に振った。


「はは、それが賢明だよ」


「ねえねえ、他にはどんな話があるの?七不思議♪」


よほど興味を持ったのか、美保が興味津々に聞いてくる。


「そうだな……。他には、【恨みの女子トイレ】【恐怖の実験】【血に染まるピアノ】【惨劇の保健室】【校門のA子さん】……」


……。


……あ、あれ?


もう1つを言おうとして、記憶が揺らいだ気がした。


「1、2、3、4、5、6……久遠さん、7つ目の話は?」


指を折って数えながら、美保が尋ねてくる。


「ああ、それと……【開かずの扉】だったな、確か」


……おかしい。


俺はそう答えて言い知れない違和感を感じていた。


「久遠さん、他のお話も聞かせてよ?」


「そうだな……」


……駄目だ。


美保に2つ目の話をし始めながら、俺は別のことを考えていた。


幾ら考えても、思い出せそうになかった。


陽染学園七不思議、【開かずの扉】。


俺は確かに聞いたはずだ。その記憶がある。


だけど……。


これは……どういうことなんだ?


ふと、カーテンが肌蹴た窓の外を見る。

さっきまで煌々と光っていた月が、青白い不気味な色を湛えていた。

まるで、魔女が呪いをかけたかのような暗い色で、俺は思わず身震いしてしまった。気味が悪かった。


結局、美保に話すことが出来たのは6つの話だけで、【開かずの扉】だけはどうしても思い出すことが出来なかった。



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