表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永遠の7days  作者: 真里貴飛
【4時限目】
54/93

《3》

「……ん」


薄い靄がかかったようなぼやけていた視界が、ゆっくりと形のある世界を認識していく。

白。汚れのない純白。見慣れない真っ白な天井がそこにはあった。


「こ、ここは……」


呟いたつもりの言葉は自分の重たい咳でかき消される。

酷いガラガラの声で、一瞬自分の出した声だと分からなかった。


徐々に身体の感覚が甦ってきて、鼻から口まで覆うマスクをつけられていることに気がついた。

身体中のあちこちが悲鳴を上げているように熱い。

そのせいか、身体が自分のものではないような、どこか朧気な感覚に包まれていた。


「あ、久遠!気がついたか!?」


「久遠……」


俺が目を覚ましたのに気がつき、宇佐美と八木が顔を覗き込んでくる。

2人とも鬼気迫るような険しい顔をしていた。


「宇佐美さんに八木さん……俺、どうし、たんですか……?」


自分の喉が許す速度で言葉を紡ぐ。

マスクに繋げられているチューブから酸素が送り込まれているようで、時折むせそうになってしまう。

胸には何やら電極みたいなものがつけられていて、ベッドの傍らには小さなテレビのような機械が数字を表示し、一定の電子音を奏でていた。


「どうしたもこうしたもない!あんた、本当に死ぬところだったんだからね!」


宇佐美は感情を爆発させたかのように大きな声を上げた。


「雪の中に身体突っ込んで寝てるとか……訳分かんないでしょー!?」


取り乱す宇佐美の肩に八木はぽんと手を置いた。


「まあまあ、志緖、落ち着いて」


「分かってるけどさ……」


「久遠」


「はい……」


俺の方に向き直った八木はいつにも増して真剣な顔をしていた。


「昨日の夜ね、あんたの家に回覧板を届けに行ったら、今、志緖が言った通りの状況だったの。あんた、意識もなかったし、急いで救急車を要請してね。……ここは桜ノ丘病院」


「病院……」


そういうことか……。


やべえ、全然記憶がねえや。


えっと……確か、磯ヶ谷の家に行こうとしてたんだったと思うけど……。


「さっき、担当の先生から説明があったけど、肺炎を起こしてるから、しばらく入院が必要だって」


「え!?入院!?」


思わず声を上げると同時に、重たい咳を引き起こしてしまう。


「当たり前でしょー!あんた、こんな状態で帰れる訳ないでしょうが!」


「……」


俺は言葉を失う。


嘘だろ……。


ただでさえ、俺には時間がないのに、よりによって入院しなければならないなんて……。


あれ?でも、時間がない訳じゃないのか、俺って……?


……。


でも、今の状態で家に帰るのは確かに無理そうだった。

冷静に今の自分を鑑みて、体力的に不可能だと思う。


……自分のせいだしな。


俺は大人しく諦めることにした。


「分かりました」


「だいたい1週間くらいの予定みたいだけどね。一応、あんたのご両親にはさっき連絡しておいた。たぶん、夕方くらいには来るんじゃないかな」


「色々すみません」


「本当だよー!幾つになっても迷惑ばっか掛けて……けど、本当に良かった」


宇佐美は心底安堵したように息をつく。


「あ、気がついたの?久遠くん」


とそこに、白衣を纏った看護師がやってきた。

歳が近そうで、親しみやすような笑顔を湛えた人だった。


……あれ?どこかで見た顔なような……。


「ついさっきね。良かった、今、貴子のこと呼びに行こうと思ってた」


「じゃあグッドタイミングだったね。久遠くん、気分はどうですかー?」


にこっと笑って声を掛けてくる。


何か……安心するかも。


「まあ……あんまり良くはないですけど……。八木さんたち、知り合いなんですか?」


月島貴子(つきしまたかこ)。ちょっとした知り合いなの」


「あんた、感謝しなさいよ?貴子のおかげで病院の個室代、無料でいいって言うんだから」


「え……大丈夫なんですか?」


看護師さんって、そんなこと出来るのか?


「うん、全然大丈夫。ウチの親、この病院の役員やってて、『あたしの知り合いの友達が入院しちゃって、個室使うんだけど……』って聞いてみたら、あっさり無料でいいってオッケーもらったから」


グッと親指を突き立てる月島。


なるほどね……でも、いいのか?


「久遠くん気がついたし、先生呼んでくるね」


月島はパタパタと駆けていく。

少しして、月島と共に白衣を着こなした男性医師が部屋に入って来た。


「こんにちは」


短髪でメガネをかけた、30代前半くらいの若い人だった。


「担当医の一村です。良かったよ、意識が戻って。凍傷にも……なってなさそうだね」


俺の顔を覗き込むようにして、一村は俺の頬をすっと触れたかと思うと、安堵の息を吐く。


「胸部のCTを撮ってみたんだけど、肺炎を起こしてるから、このまま入院になります。採血結果からも炎症反応の数値が高いからね。今はまだ辛いと思うけど、抗生剤の点滴を入れてるから徐々に良くなってくるはずです」


一村はカルテを見ながらゆっくりと説明する。


あ、本当だ。点滴してる……。


一村に言われて、自分が点滴をしていることに気がついた。

銀色の棒がベッドの頭に刺さっていて、その先端に透明なパックが吊るされている。そこから白い管が俺の右手に伸びていた。


「後頭部にちょっとした傷があったから、念のため頭のCTも撮ったけど、異常はありませんでした」


そういや、雪で滑って転んだんだっけ……。


ズキッと後頭部が痛んだ気がした。


「だいたい1週間くらいの入院になると思います。適宜、検査等も行っていくので宜しくお願いします」


「はい、宜しくお願いします」


丁寧に説明をして一礼すると、一村は静かに部屋から出て行った。


「でも、本当アホだよねー。雪に足を取られて、滑って転んで気絶して、危うく死にかけちゃうなんて」


「……」


呆れたように言う宇佐美に何か言い返したかったけれど、反論出来る余地がなかった。


「普段から注意力が散漫だから、こんなことになるのよ」


八木も当然の如く呆れ気味だった。


……何も言い返せねえ。


ぐぅの音も出ないとは正にこのこと。


……まあでも、2人なりに心配してくれてるってことなんだろうけど。


こうやって、傍に居てくれるだけでありがたかった。


「……さて、じゃあ私たちは帰ろうか?」


頃合いを見計らって、八木が切り出した。


「そうだね。あとは貴子に任せればいいし」


「あいよ、任せなさーい♪」


月島は可愛くウインクで返した。


「あ、八木さん、宇佐美さん……本当にありがとうございました」


俺はベッドに寝たまま2人を見上げ、精一杯の感謝を言葉に込めた。


「そう思うんなら、さっさと治しちゃいなよね?」


「無理しないで、しっかり治しなさい」


宇佐美と八木は穏やかな笑みを浮かべて部屋を後にした。


「八木さんと志緖、帰っちゃったね……感謝しなきゃだよ?」


「はい」


2人が帰った後、月島が真面目に言った言葉に俺は頷く。

あの2人が居なかったら、俺はきっと助からなかっただろう。


……怖っ。


そう考えると、ぞくぞくっと身体の芯に嫌な震えが走った。


「さて、じゃあそろそろ寝ようか?本当は、久遠くんともうちょっと話してたい気持ちはあるんだけど……ちゃんと治さないとね」


言いながら月島は掛け布団を直してくれる。無言のまま頷いた。


「何かあったら、枕元の壁にあるボタン押してね」


月島の指差す先を見ると、壁に赤いボタンとインターホンみたいなものが備えられている。

ナースコールというやつだろう。


「けど、イタズラでコールしたら怒るからね!」


「分かってますよ……」


つーか、そんな元気、今ないし……。


「じゃあ、私行くね。時々他の看護師さんも様子見に来ると思うけど、その時はよろしく」


小さく手を振って月島は部屋から出て行った。


「……」


自分以外、誰も居なくなった部屋。

部屋には一定の電子音だけが響き、それが余計に独りだということを実感させられる。


壁や天井を白に統一されたこの部屋は、整然としていて、一切の無駄なものが排除された場所だった。

マスクをしているから分からないけれど、部屋の中は消毒液の匂いに満ちている気がした。


「……」


まさか、入院することになるなんて……。


こんな展開になろうとは予想していなかった。いや、考えが及ぶ訳もない。


……やっぱ無理はいけないってことか。


自分の行いを反省する。何にしても、今回のループでは七海に会いに行くことは不可能になった。


まあ、いい方向に考えれば、ちょっとした休憩って感じか。


真っ暗闇の、出口があるのかさえも分からない、大迷宮を彷徨ってるようなもんだからな……。


少し疲れたかも。


「……寝よう」


熱に浮かされながら俺は静かに目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ