《10》
「デカ盛りチョコパフェは15位だって」
「う~ん……何が5位なのかな?」
「スター・ムーンの店的に、デカ盛り系よりも、凝ったスイーツの方をメインに売ってるからな……」
テレビを観ながら、ナギ・いっちゃん・イワも出演している芸人たちと同じように協議をしている。
夜、俺は無理を言って、3人を自宅に呼び出していた。
「話したいことがあるんだけど……」と内容には触れず、家に来てもらい、ひとまずテレビを見ながら団欒してもらっていた。
中々本題に入れない俺だったが、みんな特に強要することなく、俺のタイミングを待ってくれていた(イワからの軽いパスはあったけれど)。
……。
俺は3人の輪に入らず、独り黙って考え事をしていた。
……やっと、やっと分かった気がする。
俺が探し求めていた答え。
たぶん、間違いない。
「どうした?周哉。さっきからずっと黙ったまんまで」
「そうだよー。周哉も一緒に考えようよ?」
「5位は……」
イワはマイペースだが、いっちゃんとナギが話し掛けてくる。
「もしかして、やっぱ具合悪いか?」
「え、ホント?」
家に来て俺の顔を見るなり、いっちゃんとナギは俺の体調が悪いことに気がつき、気遣わしげに接してくれている。イワは言葉にこそ出さないが、ちらちらと俺のことを窺い見てくれているっぽい。
俺は「全然大丈夫」と空元気で返す。
八木に看病してもらっていたおかげで体調はだいぶマシになっていた。
とはいえ、最悪を少し脱した程度ではあるけれど。
……。
「……あの、さ」
3人のことを見回してから、俺は意を決して口を開く。
しかし、いざ言葉にしようとすると、思った通りに口から出てこない。
緊張……しているのだろうか?
胸の鼓動がドキドキドクドクうるさくて、みんなに聞こえてしまうんじゃないかと思った。
「んー?なぁに?」
「何だよ?何かあったのか?」
ナギといっちゃんは優しい笑顔で俺の言葉を待っている。
すー、はー、と俺は息を整えて、もう一度チャレンジした。
「……磯ヶ谷って、今、彼氏っているの?知ってる……?」
言葉の端は震えていたかもしれない。
それでも、俺ははっきりと口にした。このメンバーには素直になれるとは言え、この手の話は俺にとっての禁句なので、とても怖かった。
「え……?」
「それって……」
思ってもみなかったのだろう、ナギといっちゃんは目を見開いてぱちくりさせる。
「やっぱ、チョコバナナ&ストロベリームースしかないか……。あと目ぼしい物はなさそうやし」
……イワに至っては聞いてないのがすごいな。イワらしいけど。
「周哉、お前……大丈夫なのか?」
いっちゃんが真剣な表情で俺のことを見据える。
俺は恥ずかしさに押し潰されそうになりながら、不器用に笑った。
「ありがと、いっちゃん。……うん」
俺が首を縦に振ったのを見て、いっちゃんは表情を緩める。
「周哉ー、どうしちゃったの!?凄いよ!」
ナギはと言えば、思いっきり嬉しそうに声を上げている。
「はは、そんな大袈裟な……」
俺は頬をぽりぽり掻く。
この3人には中学の時のあのことを話してある。もちろん、心を開くようになってからだったが。
だから、なるべくそういう話にならないように、3人が気を遣ってくれていたことも俺は知っていた。俺の心の傷を刺激しないように、3人は守ってくれていたのだ。
だけど……それじゃいけないってことが分かった。
俺が探していたもの、それは〝恋愛〟だったのだ。昔はあれだけ憧れていたのに。好きな女の子と会話をしたり、遊んだり、歩いたり……一緒の時間を共有すること。オーバーかもしれないけど、それは〝夢〟とさえ言えることだった。辛いことだってあると思う。
現に、俺は怖がっている。俺にとっての恋愛は恐怖そのものなのだ。
でも、きっとそれは違う。
恋愛は……人を好きになるってことは、絶対に素晴らしい、素敵なことだって、俺は信じてる。
宇佐美さんだって、そう言ってた。それは絶対に間違ってない。俺にだって分かる。俺だってそう思っていたんだから……。
……。
だから、俺は一歩を踏み出さなければならない。その答えを掴むために。あの記憶を払拭するために。
俺は……。
「磯ヶ谷ね。どうなの?彼氏いる?」
「聞いたことない。私もそういう話は磯ヶ谷さんとしたことはないから、実際のところは分からないけど」
ナギが困ったように顔をしかめた。
「そっか。けど……それにしても、磯ヶ谷か」
「えっ、どうしたの、いっちゃん?もしかして……何か問題があったりする?」
いっちゃんが腕を組んで考え込むのを見て、俺は一気に不安に駆られてしまう。
「いや、問題なんて何もないよ。いい娘だと思うよ。頭もいいし、優しいし、何かと気がつくし」
「……いっちゃん、それ、私に対する当てつけー?」
「な訳あるかよ。あくまで一般的見解」
「ふーん?」
ナギは不機嫌そうに頬を膨らませる。いっちゃんはそれを敢えてスルーして話を続けた。
「ただ、磯ヶ谷は人気があるからさ。学年でも、磯ヶ谷のことが好きな男子ってけっこう聞いたことあるんだよ」
「あ、私も聞いたことあるー。終業式の日も、男子たちからどこか遊びに行こうって誘われてたの見た覚えあるし」
「だろ?あいつ、モテるんだよ、基本的に。顔も可愛い方だし、お高くとまってないから、親しみやすいしな」
「あいつ?いっちゃん、磯ヶ谷さんのこと、〝アイツ〟呼ばわりしてるの?浮気ー?」
僅かな隙間も逃さないような雰囲気で、ナギがいっちゃんに尋ねる。
ナギの眼光が鋭く光っている。
「するかよ、浮気なんて……。ほれ、おれ、学園祭の時実行委員やってただろ?その時、女子って誰も立候補しなくて、結局、じゃんけんで負けたやつって話になって、磯ヶ谷が実行委員になったじゃん?その時に色々話したりしたから」
「ふーん……って、ダメだ。もう限界。分かってるよ、冗談」
先程までの固い表情を崩してナギは噴き出して笑う。それを見たいっちゃんは肩を竦めた。
「やっぱり。お前にはそういうの無理だっての。すぐ分かるし」
「はーい」
「……とまあ、磯ヶ谷は人気があることは間違いないから、彼氏がいたって何らおかしくない。……それでも、磯ヶ谷がいいの?」
念を押すように、いっちゃんが問い掛ける。『何が起こっても大丈夫か?』とでも言っているように、いっちゃんはきっと俺のことを心配してくれているのだ。
もしまた、これで俺に何かがあったなら、俺はもう2度と人を好きになれなくなってしまうんじゃないかと危惧してくれているのかもしれない。
いっちゃん……。
俺はふっと笑った。
「……うん。俺、磯ヶ谷がいい。磯ヶ谷だったら……頑張れる」
「そっか。じゃあ、頑張れ」
いっちゃんもニッと笑う。
「でも、意外かもー。周哉がいきなりこんなこと言い出したのもだけど、磯ヶ谷さんかー」
「そう、かな……?」
口ではそう言っておきながら、その実俺もその通りだと思う。『いきなりこんなこと言い出した』ということについては。
でも……
「いや、意外やないやろ。周哉、オレらのいない所で磯ヶ谷と仲エエんよ」
「あれ?そうなの?」
「えー、私、知らなかったよ?」
まったく会話に入ってこなかったイワがさらっと話題を攫う。
知ってたんだ……さすがイワ。
ただ、仲がいいと言っていいのかは、俺としてはよく分からない。
別に、そういうのじゃないと思うんだけど……。
ただ……。
……
『……ふぅ』
教室の端から端までの大移動。5月の終わり、出席番号順だった席の位置から、HRの席替えによって、俺は窓際より1つ教室寄りの1番後ろの位置に変わったのだった。
どうせなら、窓際の席が良かったんだけどな……。
などと文句を言っても、事態が変わることはないのだが。
まあ、窓も近いから風に当たることも出来るし、よしとするか。
『よいしょ、よいしょ』
……ん?
それとなく隣の窓側の方に視線を向けると、1人の女子がヨロヨロしながら机を運んでいる姿があった。
磯ヶ谷七海だ。
『んっしょっと』
ガタンと音を立てて机を置く。その反動で長い黒髪がふわりと揺れた。甘い香りが鼻腔を刺激した。女の子の匂い。
『あー、窓から海が見える。キレー♪』
七海は嬉しそうに目を細める。窓から差し込む暖かな光が七海のことを照らしていた。
……みんなが言うことはあるよな。
七海の横顔を見ながら、そんなことを思った。
基本的に人のことを覚えない俺が知っている、数少ない女子の1人。
磯ヶ谷七海の評判、人気はクラス・学年を通して高い。すっとした顔立ちに大きな澄んだ瞳、長い黒髪はとても綺麗で、時折ツインテールにしていることもある。身長は160にギリギリ届かないくらいで、いつも笑顔を絶やさずニコニコしている。人当たりがよく、親しみやすい空気を纏っている。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
……人には言えないが。
―つんつん。
『ん?』
横を向くと、七海が鉛筆を手にして俺の方を向いている。
『どーも、初めまして。磯ヶ谷七海です。これからお隣さんとして宜しくお願いします』
『……』
『えぇ~、ヒドイ。何で無視するのよー。これじゃあ、円満なお隣関係は築けないと思いますよ?』
『……ごめん、そういうノリうざい』
どう対応していいのか分からず、俺は面倒臭くなって冷たく返した。
自分の中では、それでも出来る限り柔らかく返したつもりだけど。
『あ、ごめんなさい。ちょっと調子に乗り過ぎちゃった?窓から見える海が綺麗だったから、テンション上がっちゃったみたい』
七海はぺロっと舌を出した。こういう仕草にも惹かれるんだろうな。
『……別に』
『うわ、その『別に』は止めた方がいいですよ?以前に、ある女優さんが舞台挨拶の時にそれを言って、日本中から反感を買っちゃいましたから』
『……俺、舞台挨拶なんかしないし、そもそも女優じゃないし』
『そうでした。でも、それはあまり印象良くないよ?これがサッカーの試合中だったら、あなたがファウルした時、速攻でイエローカードが出されちゃう』
『……サッカーの試合中にはならないだろ。っつーか、意味が分からん。何がしたいんだ?』
無視し続ければいいのだが、何故だか七海の言葉には突っ込みさせられてしまう何かがあった。
俺は不覚にも会話を続けてしまう。
『うん、どういう話題に食いついてくるのかな~とか思ってさ。どんな話が好きなのかが分かれば、これ
から仲良くお話出来そうじゃないですか?』
『……俺は静かにしてたい』
『固いなぁ……。じゃあ、せめて自己紹介くらいしてよ』
『4月にやった』
『え?私、記憶にない……。そうだ、私その日風邪ひいちゃって学園休んじゃったのでした』
だから、教えて?と七海は手を合わせて懇願する。
こいつ、調子が狂う……。
『……久遠周哉』
俺はぶっきらぼうに名前だけ答えた。
もうどうでもいいから早く会話を終わらせたかった。自分のペースが狂って疲れる。
『ありがとー♪これから宜しくね』
それだけでも満足だったのか、七海は屈託なく笑った。
七海の言葉に俺は答えなかったが、隣の席に座る七海は何故だかとても嬉しそうにしているのだった。
……
……思い返すと、俺にそこまで積極的に絡もうとしてくれたのはイワやいっちゃん、ナギを除けば彼女一人だった。隣の席になってから、彼女は何かと俺に接してくれていた。
彼女が言っていた言葉、掛けてくれていた言葉が本物なのか、それは彼女にしか分からない。もしかすると、何か裏があって、俺がそれに気づかずに乗せられてしまわれそうになっているだけなのかもしれない。
だけど……それでも。
そうした中で、俺は磯ヶ谷がいいって思ってる。
彼女なら、俺はもう一度……もう一度だけ、頑張ってみても後悔しない。そう思える。
例え、それがどんな結末になってしまったとしても……。
決心はついた。
……いや、つけさせられたって方が正しいのかもしれないけど。
「応援してるよ、周哉」
「当たって砕けても骨は拾ってやる」
「来年の目標が1つ出来たな」
3人が笑顔で送り出してくれる。
「うん。俺、頑張るよ」
みんなに応えるように、俺も笑った。
間違いない。
俺の未練。
それは……
磯ヶ谷七海に告白することだったんだ。




