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永遠の7days  作者: 真里貴飛
【1時限目】
19/93

《18》

「腹減った……」


北風が吹きつける住宅街、俺は自転車を引きながら歩いていた。

ゴキブリとの壮絶な死闘を乗り越え、昼時となって、念願の昼食タイムとなった訳だが、如何せん家には保存食さえ置いていなかった。


めまいを起こしてしまいそうなほど体力はすっからかんで、本音は何もしたくない状態だったが、俺は昼食を買うために家を出ていた。


「まあ、仕方ないよな……」


八木と宇佐美のことを考えると、どう考えても自分で買いに行く以外、他に選択肢はない。何せ、2人にとっては全くやる必要もないことを手伝ってくれているのだから。こんな状況で「昼メシ買ってきてください」などと、冗談でも言える訳がなかった。言ったら殺されるって。


「それにしても……」


俺は引いている自転車に視線を移す。


はぁ……。


自転車があるのだから、わざわざ歩くことなんてしないで、ツーっと乗ってさっさと目的を果たせばいいのだけど……それは無理な相談だった。


車輪が回る度に、地面との接地箇所から響く耳障りな音が立つのを聞くと、もう何も考えたくなかった。


自転車の前輪はものの見事にペシャンコになっていたのだ。残された空気がチューブの中を移動するその様は不格好この上ない。


「ほんのちょっと、コンビニまで行くだけだったのに……」


家を出て5分ほどしたところ、何でもない交差点に差し掛かった時、バンと勢い良い音が鳴ったかと思ったら、この有様だったという訳。


自転車を降りて地面を調べてみると、錆びた釘が散乱していたのだった。

本当に笑うしかなかった。朝からご飯は食えないし、自転車はパンクさせられるし、神様は俺にとことん飯を食わせないつもりなんじゃないか?


今日はツイてないよな……。


「……ここさえ抜ければ、コンビニは目の前だ」


気を取り直すように自分自身に言い聞かせる。

この住宅街の通りを真っすぐ突っ切れば、待望の昼飯にありつくことが出来る。腹に何もない状態での北風は文字通り身に染みたが、今となってはガラクタ同然の自転車を引きながら、1歩ずつ懸命に歩く。


すると、前方から赤色灯を点灯し、サイレンを鳴らした消防車が向かってくるのが見えた。閑静な住宅街に反響するサイレンの音はひと際大きく聞こえる。


消防車なんて久し振りに見たかも。


俺の横を颯爽とすれ違い、消防車は俺の来た道を戻るように去っていった。


「火事でもあったのかな?」


立ち止まって振り返る。数百メートル後方で、うっすらと煙が立ち昇っているのが見えた。


あの辺は……確か、アパートがあった辺りかな。


近くに私立の清浜(せいひん)大学があるため、大学生でも借りられる安価なアパートが点在している。この季節は空気が乾燥しているため、何かの拍子で火事が起きてしまうことは容易に考えられる。


大学生のタバコの不始末だったりするのかな?


……俺も気をつけないとな。


もちろん、俺はタバコなんて吸わないが、何がどう間違って火事を起こさないとも限らない。

例えば……家の中で面白半分に花火をしたり、怪談をするからって蝋燭に灯した火が誤って家に回ってしまったり……。

気がついたら家が全焼してました、なんてことになったら、旅行から帰ってくる両親が卒倒しかねないだろう。


「……もうそこまでやんちゃ出来る歳でもないか」


俺は苦笑して再び歩き始める。

風が吹いた。北風に乗って、焦げ付いた空気を嗅いだ気がした。





「さぁて……んじゃあ、続きやりますか」


昼食を食べ終え、昼ドラを観終わって、宇佐美が腰を上げた。


「え、マジっすか?」


俺はコタツにあたりながら宇佐美を見上げる。

念願だった食事をお腹に入れたところに、このコタツの温もりは極楽以上の気持ち良さで、出来ることならここから1歩も動きたくない。出来ればずっと、〝コタツムリ〟をしていたい。


「休憩なら十分したでしょー?ホラ、さっさと立つ」


「んでも、もう掃除するところなんてないと思いますよ?」


宇佐美に引っ張られるように、俺は半ば強引に立ち上がらせされる。

見ると、八木は既に掃除をする支度に入っていた。


「何言ってるの?あるでしょ、1番肝心なトコロが」


「へ?」


あれだけ掃除をした中、まだ手をつけてない場所で、肝心なところって……?


そんなところあったっけかな……。


「面白い物、見つかるかな?ね、久遠♪」


「……ちょ、まさか……」


宇佐美の悪戯な笑みを見て、俺ははっとした。それと同時に、背中に変な汗が滴るのが分かった。


「もちろん、久遠の部屋だけど?別に、何もないでしょ」


何の興味もなさ気に八木が答えた。


「お、俺の部屋!?いやいやいや、俺の部屋はいいです!大丈夫です!別に、汚くないですし、やるにしても俺一人で出来るんで!」


「ふ~ん?その慌て様は……やっぱ、見られちゃいけない物があるのかなー?」


「え……いえ、そんな物はないですけど……」


記憶の引き出しを慌てて開けまくる。たぶん……ない。


「くだらないこと言ってないで、終わらせよう」


「やぎっぺー、でもどうする?もしも、久遠の部屋からそういうモノ(・・)が出てきたら……?」


つんつんと、宇佐美は八木の脇をつつく。


「久遠だって一応(・・)男なんだから、あっても不思議じゃないよね」


一応って……俺、歴とした男なんですけど……。


「まあ、そうなんだけどさ。けど……それに、やぎっぺにそっくりな娘が載ってる可能性もあるんだよー?」


「……あんた、そういう目で私のこと見てたの?」


「は!?いえ……!つーか、そもそも、何で言わんとする物がある前提で話が進んでるんですか!?」


表情を全く変えない八木だったが、その視線は俺の身体に極寒を感じさせるほど冷たくて、俺は慌てて反論した。


「よーし!んじゃ、宝探しに行ってみよーっつ♪」


「見つけたら燃やす」


俺の部屋へと続く階段を上っていく2人。


……そんな物、ないはずなんだけどな。


佳境を迎えた大掃除、2人に遅れて俺も階段を上っていった。





「……だいたい、こんなところかな」


パンパンと手をはたく八木。


「う~ん……」


宇佐美は考えるような唸り声を上げながら、ベッドの下を覗き込んでいた。


「おっかしいなぁ~。絶対にベッドの下とかに何かしら隠してあると思ったんだけど」


「だから、言ったじゃないですか。そんな物ないって」


「む~……」


宇佐美は半ば悔しそうに俺のことを見上げた。


「ってか、よくよく考えたら、ついこの前だって俺の部屋に入ってるんじゃないですか。……その時にも、もしかして探したりしました?」


「探したよ?久遠起こさないようにけっこう探したんだけど、その時も見つからなかったんだよねー。だから、今日はちょっと鎌をかけてみたんだけど」


先日、俺が風邪でダウンした際、八木と宇佐美は交代で看病しに来てくれた。俺はそのおかげで安心して休むことが出来たのだが、その裏では水面下でそんな宝探しが行われていようとは夢にも思っていなかった。


「まったく……」


はぁと俺はため息をつく。


「でも、こういうのは見つけちゃったけどね♪」


そう言って、楽しそうに笑う宇佐美。宇佐美の手には小学校の卒業アルバムと今や懐かしい文集たちが握られていた。


「ちょ、ちょっと!それは駄目ですって!」


写真という物自体、俺は昔から何となく苦手だった。『何かの記念に』、とは思うのだけど、自分が写っている物はどうにも気恥かしくなってしまう。


加えて、文集は文集で、自分の文才の無さは重々承知しているため、他人に見せられるようなことが書いてあるなんて到底思えない。しかも、そんな子供の頃の話を。

これは見られてはいけない。俺の本能的な部分がそう囁いている。


「いいじゃんいいじゃん。ちょっとくらい見せてくれたって」


「これだけは駄目です!」


宇佐美の一瞬の隙を突いて、俺は文集と卒業アルバムを取り返す。


「ああ、ちょっと~!」


「他のは何でも見ていいですけど、これは恥ずかしすぎるんで勘弁してください」


「えぇ~」


―トゥルルルル、トゥルルルル!


宇佐美が不服そうに頬を膨らませたその時、階下で固定電話が鳴り出すのが聞こえた。


「あ、電話。ほら、久遠、電話」


「早く出ないと切れちゃうかもよ?さ、アルバムと文集置いてきな」


「~~~っ!ぜ、絶対に見ないでくださいよ!?見たら、俺、マジでキレますからね!」


そう釘を刺した俺は卒業アルバムと文集を机の上に置く。楽しそうに笑う2人を尻目に、俺は部屋を飛び出した。階段を踏み外しそうになりながら、慌てて階段を駆け下りて電話が鳴り続けるリビングまでノンストップ。俺は勢いそのままに電話の受話器を取った。


「は、はい、久遠です」


『ふざけんなっ、バカヤロウ!』


は、はぁ!?


息を切らしながらも出た電話、返ってきた言葉に俺は訳が分からなくなって思わずたじろいでしまう。


『ウチはそんな暇じゃねーんだよ!イタズラ電話なら他所にしとけや、こんにゃろう!!』


―ガッチャン!


「くぅ~~……」


怒鳴るだけ怒鳴った電話の相手は投げつけるように受話器を置いたようで、俺の耳に得も言われぬ不快感を残していった。


「な、何なんだよ、今の電話……」


出た瞬間からいきなり怒られるとか……マジで意味分かんねー。


俺、すっげぇ損した?気分……。


「あ、久遠、可愛いじゃん!」


「こんな頃もあったんだ」


2階で微かに聞こえる2人の話し声。俺の耳がいち早く反応した。


「……」


だよな……絶対見るに決まってるよな……。


「ちょ、ちょっと待った~!!」


俺は大慌てで部屋へ戻るために駆け出す。

師走。この日全てが片付いて落ち着けたのは夜になってからで、1日を通して忙しい日だった。



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