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永遠の7days  作者: 真里貴飛
【1時限目】
18/93

《17》

「ふわぁ……」


欠伸をしながら、階段を1歩ずつ慎重に下りていく。身体全体が若干筋肉痛を起こしており、自分が意図しないところで動作がカクカクしてしまっている。


昨日は、けっこう動いたからなぁ……。


にしても、今日はちょっと寝過ぎたかも……。


只今の時刻、10時少し過ぎ。

目覚まし時計は7時半にセットしておいたものの、自分でも無意識の内に解除をしてしまったらしかった。


まあ、冬休みなんだから、こうやって寝過ごすのも悪くないんだけどね。いい響きだよな、冬休みって。


「けど、さすがに腹減ったからな……」


冬眠から目覚めたクマのように、俺ものっそのっそと食料を調達するために(いっかい)へと下りることにした。


あれ?でも……何か食べる物あったかな?


ふと、両親が旅行に出掛けていることを思い出す。買い置きが何もないような気がしてきた。


……もしかして、コンビニまで行かなきゃ駄目なのかも。


「……ダメ元で台所見てみるか」


―ピンポーン、ピンポーン。


階段を下り、玄関を通り過ぎようとしたその時、ちょうどよくインターホンが鳴り響いた。


誰だ?こんな朝っぱらから……。


実際は「おはようございます」が「こんにちは」と変わる時分なのだが、軽く寝ぼけている俺にとってはまだ朝の気分である。


「おはようございます。何か御用ですか?」


玄関のドアを開けながら尋ねる。外気に身体を晒すと、一気にひんやりとして肌寒い。やはり冬だなと実感する。


「あんた、それ寝巻……」


「えぇ~、もしかして、今の今まで寝てたの?」


「あ、あれ?八木さんと宇佐美さん……?」


ドアの向こうには八木と宇佐美の2人が立っていた。


え……何でこの2人が……?


「その様子じゃ、絶対まだだよね?」


「まだ?」


「あ、久遠、分かってないでしょ?」


「そ、そりゃあ、いきなりそんなこと言われても分かる訳ないじゃないですか……?」


呆れたようなため息をつく八木とにやりと何かを企むような笑みを浮かべる宇佐美。

俺は何となく嫌な予感がした。宇佐美が続ける。


「んじゃあ、ここでクイズ」


「く、クイズ?」


「今日は何月何日でしょう?」


「へ?それってクイズなんですか?」


「いいから、答えろ」


起きたばかりで、テンションが上がらないまま、よく分からないことになっていて俺は困惑していた。


「はぁ……。えっと3月……じゃなくって、12月30日……だったかな?」


あ、危ねえ……。


完全に頭がボケてるな……。


「ピンポン、ピンポン♪じゃあ、12月30日といえば?」


「12月30日……?年末?」


「アホ!そんなの当たり前でしょー?一発で答えてよー」


「志緖、たぶん、それだけじゃ私でも無理だと思う」


静観を決め込んでいた八木がフォローするかのように言う。


「そっかな?んっとね……この時期にすることと言えば?もう大ヒントです!ここまで言えば分かるっしょ?」


「この時期にすること……」


この時期……年末……あ!


「やべえ!年賀状、俺準備してない!」


―バチッ!


「痛っ!」


俺の額にひんやりとした衝撃が与えられた。宇佐美の張り手。


「バカ!何でそっち行くかなー?って、年賀状の準備してないの?宇佐美ちゃん、久遠にもちゃんと出したんだけど」


「すみません。来年は諦めてください。それで……答えは?」


「ああ、そうだった。まったく……大掃除だよ、大・掃・除!」


宇佐美は後ろ手に隠していたはたきを出し、埃を落とす仕草をする。


ああ、なるほど。って、それが答えでも苦しくないか?


大掃除、ね……ん?


「って、そんなことのために、宇佐美さんたちわざわざ来てくれたんですか?」


「そうです。だってあんた、絶対にやらなそうだし」


……確かに。


てか、そもそも、そんなこと自体忘れてた。


「で、でも、いいっすよ、大掃除なんて。家、大して汚れてないんで」


「あんたねぇ……。傍目ではそう見えるかもしれないけど、見えないところは埃が溜まったりしてるんだからね。1年の汚れをしっかり落として、新年に備えなきゃダメでしょー?」


「つべこべ言ってる暇があったら、さっさと終わらせようね。私たちだって暇な訳じゃないんだから」


俺の申し出はあっさり却下され、宇佐美と八木は有無を言わさずに家の中へと入っていく。


「あ、ちょっと待った!俺、まだご飯食ってないんです」


2人との会話に流されて、自分の腹の減り具合がほぼ限界となっていることを忘れていた。もう余り動けそうにない。


「はぁ?もう10時だよ?あんた、冬休みだからってだらけすぎ」


「却下ね。昼食まで我慢しなさい」


「……はい」


あぁ、俺の冬休みが……。


かくして、俺は大掃除をすることとなってしまった。





「ホラ、こんなに埃が溜まってるじゃん」


ダイニングの食器棚を動かすと、その隠れた壁側の箇所から大きな埃の塊が顔を出した。


「やっぱり、ちゃんと大掃除しなきゃね♪」


ふふん、と宇佐美は勝ち誇った顔をして俺の方を見やる。


そうだよな……。


考えてみれば、こういう時くらいしかこんな重たいものを動かしてまで掃除なんてしないし……溜まってて当然なのか。


「久遠、そっち持って」


声がする方へ振り向くと、八木が洋服タンスを指差していた。この家の中でもトップクラスの大きな部類に入る。


「えぇ~!それも動かすんですか!?」


「ええ。ほら、さっさと持って」


「は、はい……」


しれっと言う八木に反論など出来るはずがなく、言われたまま俺はタンスの反対側を持つ。


ま、マジか……。


てか、八木さん、本当に動じないよな……。


こんなの2人で動かせられるのか……?


「じゃあ、いくよ。1・2・の3!」


「ふんっ!」


八木の掛け声に合わせて思いっきり力を入れる。


お、重いっ!これは、速く動かさないと……。


タンスは辛うじて持ち上がり、何とか隙間を空けるだけの移動をすることに成功した。


「ふぅ。さ、この裏も綺麗にしなきゃね」


「……」


つうか……あんな重たいの持っておいて、全然何ともなさそうなんだけど……。


こんな身体細いのに、どこにそんな力があるんだ?


大してエネルギーを消耗してなさそうに、平然としている八木を見る。俺の視線に八木が気づいた。


「ん?何?」


「あ、いえ、何でもないです」


俺はわざとらしく箒でほこりを掃き出そうとする。


余計なことを考えてたら怒られそうだしな……。


「あっ!?」


真面目に掃除に臨もうとした矢先、宇佐美の驚く声が聞こえて反射的にその手は止まってしまう。


「どうしたの?」


「どうかしたんですか?」


八木と2人で宇佐美のところに行くと、宇佐美はたじろぐように身体を強張らせて何やら構えをとってい

た。


「で、出たの!」


言いながら、宇佐美は八木の背中に隠れるように回り込む。


「出た?」


「出たって……。宇佐美さんって幽霊って信じないんじゃなかったでしたっけ?そもそも家、幽霊なんて今まで出た試しがないから、何かの見間違いだと思いますけど」


「ち、違うの!久遠、後で覚えてな?」


「う……すみません」


ギロリと睨む宇佐美に威圧され、軽口を叩いていた俺は無条件に降伏する。


「それで、何が出たの?」


「そりゃあ……あ、動いた!」


視界の端、ほんの一瞬だったが、何かが物凄いスピードでソファの影に隠れるのが見えた。


あれは……。


見覚えのある顔だった。


「……ごめん、私も無理」


八木は言うなり、宇佐美を引き連れて1歩半後ろに下がる。となると、必然的に俺が先頭へと駆り出される格好になる。


「久遠、何とかしろ!」


「男らしく、ガツンと」


「……」


……仕方ないな。


正直に言って、俺もこいつだけは心底苦手だったが(本当なら逃げたい)、ここで仕留めないと後々大変なことになってしまいそうなので、腹を括ることにした。


近くにあった古新聞の束から、地元紙の1部を引っ張り出してメガホンのように丸め、右手に装備する。そして、俺はじりじりと標的との間合いを詰めていく。


何とか一撃、駄目だとしてもせめて致命傷くらいのダメージを与えないと……。


慎重にソファに近づき、意を決してその影を覗き込む。


い、居た……!


思わず、俺も身体を強張らせた。

リビングの空気を一瞬にして凍りつかせた主、黒き鎧に身を包んだ小さな巨人、目にした相手の戦意を喪失させるだけの威圧感を纏う、人類最大にして最強の敵、その名も〝ゴキブリ〟。

俺のことを挑発するかのように、触角を揺らしながらこちらの出方を覗っているようだった。


……今だ!


タイミングを見計らい、俺は渾身の力を込めて新聞紙を振り下ろした。


がしかし、ゴキブリは軽快なフットワークで俺の攻撃を避けてしまう。そのまま加速してトップスピードとなり、部屋の中を駆け出し始める。


「ちょ、ちょっと!」


「久遠!何やってんの!?」


「す、すみません!」


八木と宇佐美は逃げるように俺がいる方の部屋の隅へと移動する。


くそ、流石に手強いな……!


「どこに行った!?」


新聞紙を握る右手に力を込めたまま、ゴキブリの所在を懸命に探す。


「あ、テーブルの上!」


八木が指を差す。ゴキブリは椅子の足を伝って、テーブルの上まで到達したようだった。


よし、ここでぶっ倒してやる!


意気込みながら近づくと、ゴキブリはよからぬ行動に出てしまう。その不気味な黒光りする羽を広げ、俺に向かってくるように宙空を飛んできたのだった。


き、気持ち悪い!


「う……おぉおっ!」


それは身震いするほど気持ちの悪い光景だったが、俺は振り払うかのように右手の新聞紙を振り下ろす。俺の攻撃は今度こそゴキブリを捉え、宙を舞ったゴキブリを思いっきり叩き落とした。ゴキブリは仰向けになるように床に落下して、余程の痛みだったのか、身を小刻みによじらせている。


うわ……ものすごく気持ち悪い。


「……うらぁっ!」


俺は躊躇しながらもゴキブリが再びよからぬ動きに出るのを防ぐため、もう一度、きつい一撃をお見舞いした。

ゴキブリには俺の攻撃に耐えられるほどの余力は残っておらず、ものの見事にぐしゃりとひしゃげて、その場で動かなくなった。


ふぅ……何とか倒せて良かった。


「良かった……。久遠、ちゃんと処理しといてね」


「え」


「あたし、ゴキブリが空飛んだの初めて見た。すっごい気持ち悪いね……」


一気に疲れたような顔をした2人だったが、すぐさま大掃除へと戻っていく。

置いてけぼりを食らった俺は、死闘を繰り広げた強敵へと視線を戻す。


……。


……マジか。


「えー……これ、どうしようかな……」


見るも無残なゴキブリの死骸。

宛ら、足が捥げて白い液体が滲み出ている惨状を目の当たりにして、俺は身動き1つ出来ないでいた。


……。


それを綺麗さっぱり片付けられたのは、それから20分後のことだった。



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