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永遠の7days  作者: 真里貴飛
【1時限目】
16/93

《15》

「大丈夫?久遠クン」


初めての彼女とのやり取りは、中学2年の時の球技大会だった。

クラス対抗の騎馬戦で敵の帽子を奪おうと懸命な応戦をしていると、攻防の激しさにバランスを崩してしまい、頭から落馬してしまったのだった。その衝撃で意識を失った俺は、気がつくと保健室のベッドで寝ていた。目の前には水野舞華が心配そうな顔をしていた。


「あ、ああ……俺、気失ってた?」


「うん、ほんの5分くらいだけどね。けっこう派手に落ちたから、もうちょっとで救急車呼ぶところだったよ?」


水野は安心したように、ふふっと微笑んだ。その顔を見て、不覚にも俺の心は揺れていた。


クラスの男子たちとは、思春期ならではの会話をたまにするのだが、決まって出てくる話題は〝どの娘が1番可愛いか〟という問い。水野舞華の名前は、必ずと言っていいほど、その中に挙げられた。端正な顔立ち、癖のない長い黒髪、くりっとした瞳……可愛いと俺も思っていた。


でも、それは俺とは関係のない別次元の話でもあった。

水野の人気があるのはその可愛さだけではない。容姿端麗に加えて、学業も優秀でピアノの演奏も上手く、バレー部に在籍していて、そこでもエースを張るほど、多方面に渡ってその才能を如何なく発揮していた。先生やクラスメイトからの信頼も厚く、それによってクラスの副委員長を務めたりと何でもかんでもそつなくこなす。同じクラスとは言え、水野は遠い存在だった。学園のアイドル的存在と言っても過言ではない。


こんなに可愛くて、何でも出来るんじゃ、そりゃあ人気も出る訳だよな……。


「どーしたの?ボーっとして……。もしかして、頭とか痛い?」


そんなことを考えていると、水野は心配そうに俺のことを覗き込んでくる。


「あ……ごめん、何でもない。ちょっと考え事。それより、水野さん、戻っていいよ。俺ならもう大丈夫だから。ありがとう。副委員長だし、色々とやることあるんでしょ?」


「えぇ~、何それ~。私、もうお払い箱?」


「え?いや、そんな意味じゃないけど……」


予想だにしてなかった水野の反応に、俺はたじろぐ。


「クラスのことなら、委員長の浅尾クンがいるから大丈夫だよー。それよりも、今は久遠クンのことが心配なんだから。久遠クンには、ラストのクラス対抗リレーでまた頑張ってもらわなくちゃだし、それまで休んでてもらわないとダメなの」


「ま、まあ、それはいいけど……。でも、保健の先生だっているし、水野さんは戻ってもいいんじゃ……」


「ぶっぶー、残念でした。保健の先生はグラウンドの救護用テントで待機中でここには居ません。なので、私が付きっきり状態ってワケ」


水野は可愛らしく人差し指でばってんを作った。


なるほど、そういうことか……。


……ん?つーか、俺って放っておかれてたのかよ……。


普段の保健の先生の怠慢ぶりを思い出す。


「ということで、クラス対抗リレーまでは、私が付き添ってます。何かあったら遠慮なく言ってね?」


にっこりと笑う水野。


それにしても……


「……」


「ん?何かな?」


水野は小首を傾げた。俺の視線が疑問を帯びたものだということに気がついたようだった。


「いや……何か、水野さん、イメージと違うというか、いつもと違う気がしたから」


「そうかな?じゃあ、普段の私ってどんななの?」


「えっと……とにかく何でも出来て、隙がなくて完璧って感じ?いつもはもっと固くない?」


「……そんな風に思ってたんだ~。何かショック。私、全然普通だからね?普通の、年頃の女の子なんだから」


むすっと頬を膨らませる水野。普段のきびきびとした様子とは打って変わった反応に、俺は思わず吹き出してしまった。


「ちょっと~、何笑ってるの?久遠クン」


「はは、ごめん。いやぁ、やっぱ違うって思って。何となく可笑しかったから」


遠いところに居た水野の違う一面が見れて、俺はこの娘も普通なんだと、とても身近に感じてしまった。


水野舞華か……。


その後、リレーが始まる直前まで、俺は水野と何気ない会話を楽しんだのだった。





球技大会以降、俺は何かと水野のことが気になるようになっていた。

とはいえ、クラスメイトながら大して関わることもないので、別段どうということはないのだが。


そんな折、修学旅行の班分けで偶然にも同じ班となった。


「久遠クンと同じ班って初めてだね?ヨロシクねー」


水野の笑顔を見た時、ドクンと胸が高鳴るのを感じた。


女の子と話すこと自体、俺にとって今までそうあることではなかったため、女の子と話す時は気恥ずかしさや緊張があった。


だけど、水野との会話はそれがなかったのだ。何とはなしに話し掛けてくれる水野に、俺はいつでも自然体でいられたんだと思う。


でも……だったら、この胸の音は……?


それだけが理解に苦しかった。そんな毎日が続くことが、いつしか俺の中で大きな意味を持っていくこととなる。



「大丈夫?ボク、お名前は?」


修学旅行先の京都で迷子の男の子と遭遇した時のこと。

班ごとの自由行動の2日目、宿泊先のホテルへの集合時刻があと僅かと迫っていたのだが、水野はそれを気にすることなく男の子に話し掛けた。水野は他の班員に先にホテルへ戻るように告げ、自分は男の子の母親を探すと言ったのだ。


「久遠クンも、いいから先に戻ってて。私、もう少しこの辺でこの子のお母さん探してみるから」


男の子の右手を握り、水野は歩き出す。自分のことを省みず、見ず知らずの子供のために行動する水野に、俺は一気に惹かれてしまった。気がつけば、俺は口を開いていた。


「俺も一緒に探すよ。水野さんだけ遅刻させるなんて、そんなの悪いから」


そう言って、俺は男の子の左手を手に取り2人に並んだ。


「久遠クン……ありがとう」


ふっと見せた水野の笑顔。ドキリと胸が高鳴る。


え……?


今まで感じたことのない、不思議な感覚だった。胸の鼓動が速くなり、頬が熱くなっていくのが分かる。そして、水野の顔がまともに見られなくなり、思わず視線を外す。


どうしたんだ、俺……。


水野さんの顔、何か恥ずかしくて見られない?


……もしかして、これって……。


感情の正体を自覚しようとして、また更に気恥ずかしくなる。

この時、俺は水野舞華のことが好きなんだと、自分の気持ちに気がついた。

俺にとっての初恋の瞬間だった。





「ごめんね、呼び出しちゃって……」


10月も半ばになったある日の放課後、誰もいない教室に水野を呼び出した。小さな紙に『ちょっと話したいことがあるんだけど、放課後、教室で話せないかな?』と書いて昼休み、水野に手渡していたのだ。自分の気持ちに素直になって行動しようと思ったから。


「ううん、別にイイけど……どうしたの?」


いつも向けてくる朗らかな笑顔。水野の顔は夕陽の色に染められている。


「あ、うん。大したことじゃ、ないんだけどさ……」


いざ話し出そうとするものの、どうにも緊張して言葉がスラスラ出てこない。言葉を考えたり、用意したりすることは簡単だが、それを口にするという意思表示は予想以上に難しかった。


素直に言えばいいだけなのに、何で言葉が出てこないんだ……?


そんな風に自分自身にやきもきしていると、水野が微笑んだ。


「どーしたの?久遠クン、スゴイ怖い顔してるよ。もっと肩の力を抜いて?深呼吸しよ、スー、ハーって。ね?」


水野の笑顔で重たく感じていた教室の空気が緩んだ気がした。


「何か言いたいこと、あるんでしょ?いいよ、準備出来るまで待っててあげるから」


エヘヘと笑う水野を見て俺の心がふっと軽くなった。


……よし。


俺は意を決して口を開いた。


「あのさ、今度の日曜日、もし良かったら一緒に映画でも観に行かない?水野さんが暇だったらでいいんだけどさ……」


心臓が爆発するかと思ったほど、胸の鼓動が速かった。誰かにこんな気持ちを抱いたのは初めてだったから、俺は死ぬほど緊張していた。


「映画か~。今度の日曜日ね?予定どうだったかな?今、ちょっと分からないから、少し時間もらえない?」


「う、うん、もちろん。本当、無理しなくていいから」


「リョーカイ♪じゃあ、またね」


水野は笑顔を浮かべたまま教室を後にした。水野が教室から見えなくなると、俺は一気に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。俺の持てる全精力を一瞬にして使い果たしてしまったみたいで、この日は家に帰ってもどこかふわふわしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々としていますが独特なミステリアスな雰囲気は良いです。 [一言] 続き楽しみにしています
2022/03/01 08:57 退会済み
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