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永遠の7days  作者: 真里貴飛
【1時限目】
15/93

《14》

「えいっ!」


「あ、取れん。周哉!」


「俺!?マジかよ!?」


イワの頭を抜くナギの山なりのボールを、俺は懸命に追い掛ける。


「ひ、人使い、荒いって、の!」


息を切らしながらボールを拾ったのだが、


「お、チャンス!」


ボールはネット際にいたいっちゃんの下へと落ちていく。


「おいしょ!」


いっちゃんはラケットを打ち下ろす―スマッシュで俺とイワの間を切り裂くように決めてしまった。


「周哉~」


「いや、無理だろ、今のは!」


膝に手を置きながら俺はイワに反論する。


やべ……けっこう限界。


「やった~、また勝ったね♪」


「今の試合が6―3で、さっきの試合が6―4か……そろそろ、周哉、体力的にキツイんじゃないか?」


いっちゃんが少し心配そうに俺のことを見やる。


「あ、うん……ちょっと、休みたい」


「えぇ~、オレ、やっと肩温まってきたよ?」


イワはこれ見よがしにグルグルとラケットを振り回す。


「ねえ、イワさん。私にフォアハンド教えてよー」


「凪さんのフォアハンドか~。エエよ、じゃあ球出ししたる」


「宜しくお願いしまーす!」


「じゃあ、ちょっと休もうか」


「うん、ありがと。助かったよ」


俺はいっちゃんと一緒にコートの横に備えられている屋根付きのベンチに座る。


ああ、疲れた……。


12月29日。風邪を引いてしまった日から3日が経っていた。

患った風邪は思ったよりも重たくて、翌日も微熱が続いた。身体もダルくて、鼻水もひどく、風邪の部類としては最悪だったが、八木と宇佐美が3日間とも看病しに来てくれたため、今では運動が出来るくらいには回復していた。


まあ、〝出来る〟ってレベルでだけど……。


当然のことながら体力は落ちていたので、まだ大して動いていないものの既に限界に達してしまっている。


「違う、違う。もっとラケット振り抜いて」


「う~ん、こうかな?」


コートを見ると、イワが丁寧にナギにフォアハンドの指導をしている。

今朝、イワに誘われてテニスをすることとなり、家から自転車で20分ほどの距離にある大塚スポーツ公園に来ていた。テニスは完全な素人だったが、テニス部副部長のイワ(いずれだが)に教わって、基本のストロークとボレーが少し出来る腕前となった。


ちなみに、いっちゃんとナギもイワの指導でメキメキと上達している。特に、いっちゃんは野球をやっていることも手伝い、サーブとスマッシュは経験者並みに打てるようになっていた。


「何だかんだ、イワって面倒見がいいんだよな」


「あー、うんうん。最初は『無理』とか言うんだけどね」


スポーツドリンクを飲みながら言ういっちゃんに、俺も同調するように答える。思わず笑みが零れた。


「そうそう!面倒くさがるんだけど、最後には手を貸してくれるんだよな。『しゃあない』って」


「あはは。まあ、そこがイワのいい所なのかな~?本当は優しいんだから」


「コラぁ~、全部聞こえとるっちゅーねん!周哉、元気そうやし、オレの飲み物買ってきといて」


コートで球出しをしていたイワが声を上げる。少し照れくさそうで、顔が緩んでいた。


「はいはい」


「周哉、もしキツかったらおれ行くけど?」


「ううん、大丈夫。ちょっと疲れてるけど、これくらいどうってことないよ。身体動かさないと、体力落ちたままだから」


俺の体調を危惧して声を掛けてくれたいっちゃんに笑いかける。


「そか。んじゃ、頼む」


「りょーかい」


俺は財布を片手にコートを出た。





「ん~……まあ、無難なところで」


自動販売機を前にしてポカリのボタンを押す。一瞬、〝激甘!バナナ&チョコシェーキ〟という面白そうな飲み物に興味を注がれたが、さすがのイワでもキレる気がして冒険するのをやめた。排出口から顔を覗かせたペットボトルを手に取り、俺はコートへ戻るために歩き出す。


「……寒っ」


時折吹きつける風が汗をかいた身体に当たると、芯から冷やされるようで体温が一気に低下する。真冬だから当たり前なのだが、俺としてはついこの前まで春の風を浴びていたので、余りにもその寒暖差は大きかった。元々、季節の変わり目には弱いので、体調を崩してしまったのは必然なのかもしれない。


さっさとコートに戻ろう。また動けば身体も温かくなるし、何より楽しいし。『みんなの所に早く』。そう思っていた時だった。


「舞華ー、待ってよー」


え……?


聞き覚えのある声、その名前に、俺は瞬間的に身体を強張らせる。前方から向かってくる自転車3台。乗りこなしているのは3人の同年代くらいの女子。近づいてくる3人の顔がはっきりしてくると、それはまた見覚えのある顔だった。


「ダーメ。急がないと、佐藤クンの演奏始まっちゃうでしょ」


この声は……。


続いて聞こえた声に、口の中が干上がるように乾くのを感じる。徐々に近づいてくる自転車。俺と彼女たちの距離が縮まっていく。


「もぉ、舞華が遅れたのが悪いんだよ?支度に手間取ってとか言っちゃってさ」


「だから、ゴメンって。しょうがないでしょ?今日はバッチリ決めてかないとさ。絶好の機会なんだから」


「でも久々だよねー。舞華がこんな張り切るのって」


もうほんの数メートルの距離。冬休みのため、散歩客もいる公園の簡単なトラック場。陸上の競技場のように整備された円形のコース、そのコースよりも内側は薄緑色の芝生が植えられ、そこではたくさんの子供がキャッチボールをしたり、サッカーをしたりして遊んでいる。様々な声が飛び交っていたが、俺にはそれがどこか遠い所で聞こえているような気がしていた。お互いが逆行するようにすれ違う瞬間、俺は顔を伏せた。


「ふふふ、そうだねー。やっとって感じだけどー。カレくらい格好良ければイイかなって」


「確かに。格好イイよね、佐藤クン。ランクも文句ナシでしょ?」


「うん。Aランク。絶対落としてみせるんだから♪」


「頑張れ、舞華」


吹き抜ける一陣の風のように、俺のすぐ横を彼女たちが通り過ぎて行った。道端に落ちている石ころのように、俺のことには全く気がつかなかったのが救いだった。


水野舞華(みずのまいか)……。


顔を伏せるその前、チラリと見えた真ん中の自転車に乗る女子。間違いなく、その人だった。打ちつけられた楔が、心の奥底で音もなく振動している。ゆっくりと、じわりじわりと、心が抉られるように、鈍い痛みが拡がっていく。


……もう吹っ切れてるはずなのにな。


「あ、危ない!」


え……?


自分自身に苦笑していると、不意に発せられた警告の声と共に、俺の後頭部に誰かに殴られたような衝撃が走った。景色がぐらりと揺れて、テレビの画面が消えるように目の前がぷつりと真っ暗になった。



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