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永遠の7days  作者: 真里貴飛
【1時限目】
14/93

《13》

「……眩しい……」


目が覚めると、俺の部屋は赤と黄色が混ざった色で埋め尽くされていた。

窓の外から差し込む陽の光は、もう間もなく夜を呼ぼうとしている。


俺、けっこう寝てたんだな……。


「お、久遠、起きたか?」


「え……?宇佐美、さん?」


寝たままの状態で横を向くと、壁に寄り掛かって雑誌を呼んでいる宇佐美の姿があった。雑誌をテーブル

に置き、宇佐美は俺のすぐ傍まで来て腰を下ろした。


あれ……?


確か……八木さんが居てくれたと思ったけど……。


「やぎっぺなら、お昼過ぎに帰ったよ。今日は午後から学校だから。って訳で、あたしと交代しました」


俺の思ってることを察して宇佐美が先に答えた。


あ、じゃあ、やっぱり八木さんが居たのは夢じゃなかったんだ。


「なぁに、その顔……。あたしじゃ不服な訳ー?」


「え?いや、俺、まだほぼ何も喋ってないんですけど……」


「いんや、『八木さん、何で帰っちゃったんだよー!』って、思いっきり顔に書いてあるし。まったく、宇佐美ちゃんだってヒマじゃないんだからねー?」


宇佐美は不機嫌そうにふくれっ面をする。


そんな顔しなくても……。


と思いながら宇佐美の顔を見ると、言うほど怒っている訳でもなくて、いつもの軽い冗談のようだった。


この感じも、すごい懐かしいな。


「いや、その、さっきまで居てくれたのが八木さんだったから、いきなり宇佐美さんに代わってて驚いたというか……」


「ふむ……まあ、そういうことにしといてやるか。それで?具合はどうなの?」


宇佐美に尋ねられ、自分の体調を確認する。最初の頃に比べて、熱っぽい感じは軽減した感はある。


でも……


「だいぶ楽にはなりましたけど……身体が重いです」


「ふ~ん、どれどれ」


宇佐美は俺の額に乗せられたタオルをどけて、自分の手を当てた。ひんやりとすべすべした手が気持ちいい。


「……まだけっこうありそう。っていうか、声もガラガラだし。やぎっぺから聞いたよ?あんた、こんな真冬真っ最中に玄関先で寝てたんだって?なに?死にたいの?」


「……気づいたら寝てました」


あの事実を知って、急に疲れがどっと来たんだよな……。


記憶には余り残っていないが、きっとそうなんだろう。それだけ、気づかされた現実が重かったという証明なのかもしれない。


重いにも程があると思うけど……。


「やぎっぺに感謝しなさいよ。回覧板を届けに来た時、何の返事もなかったから気になったんだって。でもって、急いであんたを2階のベッドまで運んで、そっから付きっきりだったんだから」


「あ……」


そう言えば、そうだ。ベッドで寝ているのが普通すぎて気づかなかったけれど、俺は玄関先で寝ていたという話だった。


八木さん、俺のこと2階まで運んでくれたんだ……。


感謝の気持ちももちろんあるが、それよりも〝凄い〟という気持ちが強かった。やっぱり、看護師を目指してるんだと実感するというか。


今年(こっちの時間軸で)から看護学生1年生となった八木。


『人を助ける仕事に就けたらいいなって思うから』


俺が中学3年になった4月、進路の話となり八木と交わした会話。初めての受験となったその年、八木も受験だろうと思い、どこの大学を受けるのかと尋ねると、予想外の答えが帰ってきた。


『私、大学行かない』


その答えには正直面食らったが、理由を聞いて合点がいった。

看護師になるために、看護学校にいくのだと八木は話してくれたのだ。八木の進路選択を聞いて、俺は妙に納得していた。何て言うか、〝似合う〟と思った。


八木のことを長年ずっと見てきたけれど、面倒見が良くて優しくて、どんな時も冷静に対処をしてくれる……ピッタリだと思ったから。絶対にいい看護師になると、俺はその時から信じて疑わない。


……俺が思うのもおこがましいかもしれないけど。


そうか、今日も学校なんだ……。


学校の前に余計なことさせちゃったな……。


バツが悪く思った。


「それで、何かあった?」


「え?何かって……何ですか?」


真面目な様子で尋ねる宇佐美に、質問の意図が読み取れずに訊き返す。


「あのね、あたしが聞いてるんだけど……。あんたが、ってより普通常識ある人が、こんな時分に玄関先で寝てるとか普通じゃないでしょ。……あれ(・・)以来、無茶することなんてほとんど無かったし、何かあったのかなって」


ああ、そういうことか。そりゃあそうだよな……こんなクソ寒い中、玄関で寝てるとか自殺行為以外の何物でもない。


俺だってビックリだよ。何を好き好んで風邪なんて引きたくなろうか……どんだけマゾヒストだっての。


俺は心の中で苦笑する。


「いやぁ、特に何もないです。気づいたら寝ちゃってて……風邪引かない自信はあったんですけど」


「アホ!あんた、もっと考えて行動しなさい!けっこう心配したんだから。やぎっぺだって、顔には出してなかったけど心配してたんだよ?」


「すみません……」


俺は真摯な態度で謝る。この場合、嘘をつく以外に他に何も思い浮かばなかった。

まるっきり嘘な訳ではないけれど、少しだけ罪悪感を覚える。


でも、これ以上、余計なことで心配を掛けたくなかった。


……って、既に心配掛けちゃってるんだけど。


「ま、何か悩んでて、って訳じゃなかったみたいだから良かったよ」


俺の軽口を聞いて宇佐美は安心したらしく、ふっと笑顔を見せた。


「会話出来る体力もあるみたいだし、顔色も……良くなってきたか」


「そうですね。そろそろ夕方みたいだし、宇佐美さんも帰って大丈夫ですよ。忙しい時にすみませんでした。ありがとうございます」


「はぁ?だいぶ良くなったって言っても、さっき身体が重いって言ってたじゃん。いいよ、居てあげるから」


「え、でも、宇佐美さん受験でしたよね?……確か今年」


ここが2年前なら、俺が高1で宇佐美さんが高3だから合ってるはず……いちいち時間軸を考えないといけないからややこしいったらない。


「はいはい、そんな気遣いしなくていいから。あたしのことは心配無用です。あんた、宇佐美ちゃんのことナメてるの?んー?」


「いえ、そんなことないですけど……」


「じゃあ、いいじゃん。はい、決まり」


強引に会話を切った宇佐美は、テーブルに置いた雑誌を手に取り、壁に寄り掛かるようにして腰を下ろした。


……まあ、宇佐美さんがそう言ってくれるんならいいのか。


正直に言うと、宇佐美が居てくれることになって、ありがたかった。今のこの状況で、独りで居るのは色んな意味で不安だったから。


宇佐美と知り合ったのは中学1年の時。どうしても分からない宿題があって、八木を頼りに家を訪ねたところ宇佐美と鉢合わせしたのだった。


『あんた、誰?……もしかして、やぎっぺの彼氏!?』


『え?いえ、違います。それを言うなら……弟、みたいなもん?』


八木の家の前でそんなやり取りをしていると、ガチャリと家のドアが開いて八木が中から出てきた。


『あ、志緖……と久遠?何であんたが居るの?』


『やぎっぺ~!この子、誰?何かやぎっぺの弟みたいなもんって言ってるけど』


『弟……まあ、確かに手のかかる弟って感じなのは間違いじゃないかな』


値踏みするように八木は俺のことを見ながら答えた。


『ふ~ん……。あたし、宇佐美志緖。あんた、名前は?』


警戒が緩んだのか、宇佐美は自己紹介をしてくれた。俺も倣うことにする。


『久遠周哉です』


『久遠周哉、ね。うん、ちゃんと覚えた』


『それで?あんた、家に何しに来たの?』


俺と宇佐美のやり取りが一段落したのを見計らって八木が尋ねた。


『あ……その、ちょっと宿題で分からないことがあって、八木さんに教えて欲しいなぁって』


『そう。ごめん、これから志緖と出掛けなきゃいけないから。見てあげられない』


『いいんじゃない?一緒に来れば』


八木がそう言うのに対し、意外にも宇佐美は俺が同行することに承諾を示した。


『いいの?志緖』


『うん、別にいいよ。その代わり、久遠』


『あ、はい』


『ちゃんと終わるまでは静かにしていること、いい?』


『えっと……はい、とにかく静かにしています』


宇佐美の言葉の先が見えなかったが、言いつけは必ず守るようにしようと俺は頷く。


『よっし。んじゃ、行こう』


この日、俺が同行したのは県の文化ホール。宇佐美の好きな俳優・泉陽が出演する演劇を観覧した。劇を観終わった後、近くのファミレスで劇の(というより、泉陽の)感想を話したり、他にも色んなことを話し込んだ。


そして、この日を境にして、何かと宇佐美が世話を焼いてくれるようになった。聞けば、同じ縦浜南中とのことで、学校でも顔を合わせることが多くなった。


宇佐美はいつも明るく、とにかく優しい。八木の優しさは温かく見守ってくれるというものだが、宇佐美は積極的な行動で二人三脚的なものである。俺がどうすればもっと良くなるか、髪型だったり、考え方だったり、俺のためを思っていつも何かと声を掛けてくれる。言葉上は面倒臭そうな雰囲気を漂わせることもあるけれど、それはただの照れ隠しのようなもので、絶対に最後まで面倒をみてくれる。それは2年後も変わらないことだ。


「久遠、寝た?」


俺は視線を天井から宇佐美へ向ける。宇佐美の視線は相変わらず雑誌へと向けられている。


「いえ、寝てないです」


「……最近、どう?」


少し間を空けて宇佐美が尋ねる。


「最近……ですか……」


う~ん……これは1番難しい質問だぞ……。


今、宇佐美に聞かれている『最近』は当然のことながら高校1年生の俺の『最近』なのだ。誤って本当の『最近』を話してしまったら、きっと会話がおかしなことになってしまう。


細心の注意を払って答えなきゃいけないけど……


「……いやぁ、これと言って何も」


あはは、と俺は笑った。絞り出した答えはこれくらいが限界。正直に言って、当時のことはそこまで覚えていなかった。


この時期って、俺、どんなんだったっけ……?


「そっか……。やっぱり、あのこと(・・・・)、まだ引き摺ってる?」


宇佐美は雑誌を置いて俺と視線を合わせる。


「あのこと……」


それって……。


一瞬だけ、脳裏に映像が浮かぶ。鈍痛が胸を軋ませた。


「うん……。久遠、あれからちゃんと、恋愛出来てるのかなって。ううん、恋愛じゃなくても人を好きになれてるのかなって」


あ……そうか。宇佐美さんが聞きたかったのは、俺の恋愛のことだったのか。


考えてみれば、宇佐美が世話を焼いてくれるのは、主に恋愛面だった。


「あたし、久遠を焚きつけたでしょ?『いいじゃん、頑張んなよ。デートでも誘ってみな』って……。正直、あんなことになるなんて思ってもみなかったからさ……」


折り曲げた膝の間に視線を落とし、宇佐美は続けた。


「あんなことがあった後じゃ、人のことを嫌いになっても仕方ないかもしれない……。でも、もし今、本当にそうだとしても、嫌いになっちゃダメだよ!……辛かったと思う。苦しかったと思う。けど、ホントはそんなんじゃない」


宇佐美は言葉に力を込めて俺に向き合う。


「恋をするって、人を好きになるって、幸せなことなんだよ。その感情は自分のことを成長させてくれる、1番大切なものなんだよ。人は誰かが好きだから頑張れる、頑張ろうと思える。その人の考え方や感性とか、自分に無いものを得ることが出来る。例え、その恋が叶わなくたって、そう想った気持ちは絶対無駄にはならない。絶対に自分にとってプラスになってるはずなの。だからね、久遠。恋をすることに、人を好きになることに、臆病になっちゃダメだよ」


「宇佐美さん……」


「大丈夫。久遠のこと、好きって人が絶対いるから」


真剣に綴った宇佐美の言葉が、俺の心にすっと染み入ってくる。


温かい……。


思い出した。2年前のこの時も、宇佐美はこの言葉を掛けてくれたのだった。当時のズタズタに傷ついた心を、闇に浸食されて黒ずんだ心を、宇佐美は光を照らすように、優しい言葉で癒してくれた。

イワやいっちゃん、ナギら友達が出来て立ち直りかけていたと思うけど、まだ完全ではなかったとも思う。心のどこかで怖かった。


『また、いつ、裏切られるのだろうか?』


『仲良くしてくれているけど、実際はどういう風に思っているんだろう?』


『信じるって……好きって感情って何なのだろう?』


余計なことを考えて、独りで怖がっていた。誰かと関係を持つことが、死ぬほど怖かった。傍に居てくれた人が、急にまったくの赤の他人となることが、怖かったのだ。


だから、俺は他人とはなるべく1歩距離を置くようにしていた。深く関わらなければ、何をされることもない。感じることもない。独りで居さえすれば、誰にも迷惑はかからないし、何を困ることがあるだろう。


でも……それは余りに寂しかった。感情を共有する人が居ないのだ。喜んだり、悲しんだり……分かち合える人が居ない。世界の時の流れの中で、俺だけが独りぼっちだった。無論、それは俺の望んだことだ。望んだことなのに……。自業自得のくせに、何故だか無性に寂しかった。


分かってはいた。それが1番楽だけど、きっと寂しいってことは。自分勝手だと思う。自己中心的だと。頭では理解しているのに、心が求めていた。


『誰か、傍に居て欲しい』。


諦めたのに。もう無理だって、もうずっと独りだって、そう決めたのに……。


心に生じる矛盾を、俺はずっと抱え続けていた。その矛盾を取り除いてくれたのが、宇佐美だった。宇佐美の言葉で救われた。心が軽くなった気がする。感情を殺すこと、無かったことにすることをしなくてもいいんだと思ったのだ。


「……ありがとうございます。俺、宇佐美さんが傍に居てくれて、本当に良かったです」


ふっと俺は笑った。心が温かくて、気持ちが沸き上がってきて、油断すると涙が零れてしまいそうだった。


「久遠……」


「俺、ずっと宇佐美さんに甘えていたいなぁ」


「……甘ったれんな!ちゃんと自立しなさい。宇佐美ちゃんだって、そんなにヒマじゃないんだからね!」


俺の甘えた声に、宇佐美は一瞬間を空けながら、ビシッと強めの口調で返した。


「はは、はーい」


「『はーい』じゃない、『はい』」


「はい」


「よし。じゃあ、ゆっくり休みなさい。あんたが眠るまでは、傍に居てあげるから」


そう言って、宇佐美は再び雑誌へと視線を戻した。


本当、優しいよな……。


俺はもう1度目を閉じた。得も言われぬ温かさが部屋を満たしているのを感じながら、訪れた睡魔にその身を委ねた。



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