《10》
「やった、ツーベース!」
「くぁ~、今のフォーク打たれるか~……」
ガッツポーズのナギに、項垂れるいっちゃん。人生ゲームを中断し、今はナギといっちゃんが野球ゲームで対戦をしていた。6回裏、5―3でいっちゃんがリードしている。ナギを加えて、場の空気が柔らかく華やかになった。
やっぱり、女の子がいるって、空気変わるよな……。
「凪さんも上手いね」
「そうかな?」
「そうだよ。いっちゃん、このゲーム強いし。そのいっちゃんと張り合ってるんだから」
俺はいっちゃんに勧められてハマった口で、まだまだ下手クソな部類だから他人の上手さには憧れる。
「ありがと。私、従兄がいてその影響でこのゲームよくやってるから。一応、〝出来る〟ってくらい。
いっちゃんとの対戦成績だって、けっこう負け越してるんだ」
「へぇ~、樹と対戦けっこうやってるんだ?って樹~、もっとどこか連れてってあげなよ~」
イワがウリウリといっちゃんの脇をつつく。
「いやいや、全然出掛けてるって。でも、家も落ち着くじゃん?家でのデートもありだしょ。ね?」
「うん、まあ。どこかに行くのもいいけど、こうやって家の中でゲームするのも楽しいよ」
「……」
「ふ~ん、そういうもんか。双方の合意があれば他人が口を挟むことやないな。……周哉、どうした?」
「あ、うん……」
いっちゃんとナギの会話を聞いてぼーっとしていた俺は、イワに促されて口を開かされた。
「凄いなぁって思って」
一言。俺は素直な感想を口にした。
「凄い?」
「何が?」
ナギといっちゃんは同じように目をぱちくりさせて聞き返した。
「あ、ごめん、主語がなかった。付き合うってこと。いいなぁって憧れるのと、凄いって2つの気持ちがあるんだけど、凄いって方が勝っちゃうんだよね」
だって素直にそう思うから。元々は互いのことを何も知らなかった2人が出会い、接し合って、惹かれ合い、お互いがお互いを好きになる。言葉にするのは簡単だけど、いざ自分に当てはめようとすると……想像出来ない。
それは一方通行の想いだけじゃどうにもならない。相手のことを好きになる。それは可能だ。自分が相手に惹かれて好きになることはある。でも、当たり前ながら相手に自分が好かれないと、そこから先へは進むことは出来ない。自分のことを好きになってもらう……どう考えても難しくて、俺には無理だと思ってしまう。
それはある意味、自分勝手な感情に他ならない。相手から好かれていれば話は別だけど、自分が相手を好きになった時、それが加えて片想いの場合(基本的にそれが普通なんだろうけど)、相手に自分のことを好きになってもらうために試行錯誤をしてそういった感情を持ってもらわなければならない。
……それこそよく分からない。
だって、それはある種、自分の感情を押しつける行為なのではないかと考えてしまうから。相手は元々、自分のことなどどうとも思ってもいないのだ。それを、好きになって欲しいがために、自分をよりよく見せ、相手に好まれる行動をし、少しでも自分を意識してくれるようにする。それは恋愛にとって、必要不可欠な努力なのだろう。
……分かってはいる。本当はそんな理屈じゃないことを。好きという感情は理屈なんかじゃないってことは。気がついたら抱いている感情だ。それは打算や計算で起こる感情なんかじゃない。相手のことをただ想い、考え、相手のために何が出来るか……これは相手に対し見返りを求めるが故ではなく、無償の愛をただ注ぎたい一心、それが〝好き〟ということなのだと思う。
あることに喜び、泣き、怒り、悲しむ、という様々な感情を共有し、何をする訳でもなく、また何をしている時もただただ傍に居たい、相手のことを常に感じていたい、そう思うことが全てなのではないか。理屈の裏には、必ずこんな感情、想いがあると思う。一緒に居たいと思うから、相手の笑顔が見たいと思うから、だから努力する。否、自分の素直な行動をするのだ。
〝好き〟って素晴らしい感情なんだと思うんだけどな……。
こんな風に考えるから、駄目なんだろうな、俺って……。
「凄い、か……そういう風に考えたことないからな」
いっちゃんは少し考えるように腕を組んで言った。
「やっぱり、好きだから一緒に何かをしたい、一緒にどこかに行きたい、一緒に居たいとか思う訳じゃん。だから、その自分の気持ちに素直になること、なんじゃないかな?難しく考えることじゃないって」
「うん、そうだね。周哉、少し難しく考えすぎてるんだと思う。私もそう経験している訳じゃないけど……付き合うって、そこまで特別なことじゃないと思うな。もちろん、大切で素敵なことだって思うけど。相手のことを好きって感情がまずあって、相手のことをもっと知りたい、理解したい、一緒に居たいって思うから、付き合うってなるんじゃないかな?いっちゃんも言ったけど、自分の気持ちに素直になることが大事だと思う」
ナギがゆっくりと確かめるように言葉を紡いだ。
「2人が言うと説得力があるよね、本当仲睦まじいし」
「そうか?」
「普通、だよね?」
イワの言葉に、いっちゃんとナギは顔を見合わせて頷く。2人を見ていると思う。仲が良くて、何を言うでもなくて通じている感じが、本当に羨ましいし憧れる。いいなって。
「やっぱり、凄いなぁ……」
「周哉の気持ち分からんでもないけどな。ま、まずは相手を見つけないと話は始まらんからな。もしかして、今好きな人いんの?」
「え……」
イワの問いに一瞬、固まる。脳裏には磯ヶ谷七海の姿が浮かんだ。
「その顔、周哉いるんだ。何だよ、水臭いな。おれらで良ければ力になるよ?」
「うんうん、そうだよー。知ってる人だったら、何か手伝ったり出来るかもしれないし」
「あ、うん。でも……今はいいかな。俺、足りないこと多すぎるし。ごめんね、ありがとう」
みんなの申し出を丁重に断る。気持ちはあるけど、それに対するだけの力量が自分にはまだないと思った。
「そうか?そう思う気持ちがあれば、すぐ行動に移した方がいいと思うけどな」
「う~ん、でもタイミングってやっぱりあるし。そこは周哉が決めることだから」
「そうやな。1つ言えることは、後悔だけはすんなってことくらいか」
「うん、ありがとう」
嬉しかった。正直、付き合うことは憧れることで、大袈裟に言えば叶えたい夢とも言える。
でも、それが出来なくても今のままでも十分だと思った。この3人が居てくれるから。俺のことに対しても、真剣で温かい言葉をかけてくれて、みんなと一緒に居てもいいんだと思わせてくれることが、何よりありがたかった。俺は今のままでも十分幸せだ。
「あっと、ごめん。試合中断させちゃったね。続き、やってよ」
「ああ、そうだった。よっし、試合再開だ」
「うん、ここから逆転するよ!」
いっちゃんとナギがバッチバチに画面に向かった。
こんな関係、いいよな……。
再開されたゲームを、俺は満たされた気持ちで眺めた。