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永遠の7days  作者: 真里貴飛
【1時限目】
10/93

《9》

「6か……。右か左、どっちにしようかな?」


ルーレットの出た数字が6。画面には左右の別れ道。長閑な町々のグラフィックに添えられるマス、そのマスごとに赤や青の色に分けられて簡易的な絵が描かれている。


野球ゲームを終え、今、3人でテレビゲーム版の人生ゲームをしていた。俺は戸惑いながらも、2人と一緒にゲームを楽しんでいた。


……これも、何となく覚えがあるような気が……。


はっきりとした確証はなく、ただ漠然とそんな気がするだけ。考えても分からず、気のせいとも言い切れないため、俺はとりあえずこの場を、この時間を過ごしてみることに決めたのだった。


「お、周哉、分岐点。どうすっぺ?」


「大学受験に再挑戦するか、就職するか……どうしようかな」


「今の時代、大学行っとかないと就職厳しいよ?」


就職氷河期だし、とイワは真面目なことを言う。


「え、いや、このゲームそこまでリアルじゃなくね?」


そんなことを言われると、ちょっとだけ焦る。たかがゲームだけど、されどゲーム。〝人生ゲーム〟と謳っているだけあって、いざ現実と照らし合わせると、成程どうして、と思わずにはいられない。


最初は同じスタートライン。しかし、日々起こる出来事、日常に転がっている選択肢を自らが〝選ぶこと〟で、それに相応する道が拡がったり、狭まったり、決まっていく。選択肢は、本当にありとあらゆる所に潜んでいる。


しかも、その選択肢は無限大。時間、服装、食事、会話、行動……数え切れないけれど、それら全てが連なって、人生が形作られていくんだと思う。だからこそ、人にはそれぞれ無限の可能性が秘められているし、様々な個性・感性が生まれて、育まれていくのだろう。


そうやって、俺自身も〝創られてる〟んだな……。


よくよく考えてみると、ゲームだけど奥が深いよなと思う。まあ、実際は横一線からスタートってのはあり得ないか。生まれた時点で家柄とか環境がある訳だし。


……ってゲームで深く考えすぎだな。


気を取り直して、ゲームに戻る。

俺の選択は〝大学受験に再挑戦〟。しばしの間、画面が暗転して、結果は合格。


「良かったな、周哉」


「うん。あー、何か緊張して喉乾いちゃった」


コップを手に取ろうとしたところで、中身が既に飲み干してあったことに気がついた。伸ばし掛けた手を引っ込める。


「ジュースないね。じゃ、おれ取ってくるよ」


冷蔵庫の中に入ってるよね?と、それに気がついたいっちゃんが席を立つ。いっちゃんが立った先、壁に掛けられた時計が見えた。19時53分。


「あ、いいよ、いっちゃん。俺取ってくる。それに、そろそろナギが来るはずだから。荷物も多かったし」


「そ、っか。悪いね」


「いいっていいって」


俺はいっちゃんを制して部屋を出た。


……ん?


階段を下りながら、ふと俺の思考が止まる。おかしいだろ、どう考えても。

言い知れない不安が得体のしれない寒気となって俺の背中を襲った。


正直、怖かった。何で俺は、『ナギがそろそろ来る』なんて言ったんだ?

時計の差していた時間、あれを見て瞬間的に思った。いや、感じた?よくは分からないけど、分かってしまったのだ。


「……やっぱ、そうなのか?」


〝自分が自分ではない〟とは、今のような状況のことを言うのだろうか。イワの満塁ホームラン、あれだって何で分かったのか……。


答えは、俺の考えてる通りの……。


階段を降りて玄関前に立つ。でも、ナギのことは俺の勝手な勘違いって可能性も考えら―。


―コツ、コツ、コツ。


俺自身を否定しようと並べた言葉を掻き消すように靴の音が聞こえてきた。玄関の扉越しに、外灯によってうっすらとそのシルエットが浮かび上がってくる。俺はこの現実を受け止められず、身動きが出来なかった。


―ピーンポーン。


「……あ、今、開ける!」


チャイムの音によってはっと我に返り、俺はドアを開けた。


「早っ!びっくりした」


ふぅ、と吐いた息が外灯に照らされて白く光る。神凪由季―ナギは見開いた目をゆっくりと、温かみのある眼差しに戻した。まあるく円らな瞳が優しく瞬く。


「やっほー、周哉。久しぶりだね」


「あ、うん。久々……つーか、ごめん。驚かせちゃって」


「ううん、大丈夫。でも、驚いたよ?チャイム鳴らした瞬間に周哉が出てくるんだもん。もしかして、待っててくれたの?」


ナギは可愛く小首を傾げた。黒のコートに雪が疎らに付着していて、霙のように溶けたところから滴となって地面に落ちる。


「え、っと……まあ、そんな感じ?寒かったっしょ、中入って。それ持つよ」


「ありがと。あ、でもそれ―」


「ああ、ケーキだよね?クイーン・ジュエルの。大丈夫、気をつけるから」


俺は割れ物を扱うくらいに慎重な手つきで、ナギから綺麗に包装された箱が入った手提げ袋を受け取る。瞬間、しまった、と思ったけれどそれは遅かった。


「そう、だけど……。あ、あれ?私、周哉たちにクイーン・ジュエルに寄ってくるなんて言ったっけ?」


「あ……言ってた、と思うけどな。でないと、さすがの俺でも分かんないって」


困惑しているナギに、俺は悪いと思いながら嘘をつく。


言われていない。教えてもらってないのに……俺は何で……。


「そう、だよね。ごめん、私、変なこと言って」


「いいっていいって」


言いながら、俺はナギを中に促した。


「お邪魔しまーす」


「俺、飲み物持ってくから、先行ってて」


「うん。ありがとう」


ナギが階段を上っていくのを見送ってから、俺はキッチンの方へと歩いていく。


「俺、マジでどうしたってんだ……」


冷蔵庫に手を掛けながら、俺は独りごちる。この右手にかかる重みも、寒さも、ここにある全部が本物なのに、揺るぎない現実なのに、俺はどことなく違和感を感じていた。


やっぱり、ここは……。


いや、でも……。


全てがどこか不安定で、ぐらぐらとおぼつかない感覚が俺の中にずっと在り続けている。

何なんだ、これは……。


そして、時より生じる頭痛。この痛みも、俺が感じている違和感を増幅させているような気がする。


……。


「……戻らないと」


冷蔵庫を開けて中からコーラを出して手に持つ。みんなが心配する。それだけは避けないと。

俺は軽く頭を左右に振って、部屋へと戻った。



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