90 装備品とは
益夫は壁一面のガラスケースに入っている防具の一つを指さした。
そこには無数の斬り傷が入った金色の鎧。
かなりの斬撃をくらったのか、一応鎧としての原型をとどめているものの不思議なくらい不自然な形状である。
仮に鎧に心があるのならば、主を絶対に守り抜くという強い意志で斬られても斬られても意地でも離れないといったところか。
「あの鎧ねー。随分ボロボロだな。あんなので作られても俺は嫌だぞ。まず金色ってのが気にくわない」
目立つ事は嫌いではないが、金色というのが魔王ハーデスとしても召還士出野ハーとしても何か違う感じがする。
神だとか勇者だとかは金色の衣を纏うことにより何か凄そうな雰囲気が出て良いと思うが、俺は元魔王だぜ?
魔王は黙って「黒」一択だろ。
できればギザギザした鎧とか、トゲトゲした鎧とか、後ろ襟のところがバーンって突き出たような鎧とか、そんな風にかっこよく目立ちたい。
「出野さん、あなたはあの鎧から何を感じますか?」
益夫はあの金色で斬り傷たっぷりのボロボロ鎧について真剣な眼差しで問いかけてきた。
「うーん、なんか鎧自身に意志が宿っているみたいだ。主をなんとしてでも守るぞー的な?」
人間界の装備品についての知識はないがおそらく合っているだろうと謎の自信があった俺は、最初に感じたことを素直に答えた。
「素晴らしい!」
ほらみろ。
「素晴らしいほど模範的な勘違い、はぁぁぁあいっ! はぁぁぁあいっ! はぁぁぁあいっ!」
は?
自分に酔い、体をビクンビクンとさせながら一回二回三回と握る拳が狂おしいほど憎たらしい。
目の前の彼と今日が初対面であれば、タンナーブの装備品工房は確実に終末へと向かっていただろう。
「出野さん、あの鎧の効果は真逆です。主をなんとしてでも殺す、そういった曰く付きの鎧です。あの鎧を装備した者は、能力値が半分に落ちるうえに敵からのヘイトを集めます。見てください、あの形。今にも崩れ落ちそうなほど変形しております。そう、装備した者は弱くなった上に死ぬまでだいしゅきホールドされるという呪われた鎧、はぁぁぁあいっ!」
だいしゅきホールドがちょっと意味不明だが、脳内補足すると他の効果も合わせだいぶ凶悪な鎧だということは容易に想像できた。
いや、しかし以前剣児の爺さんのいる東通村にいった帰り、ゆうなと武器の話をしたときに良い武器を装備したとしても能力値が上がるといったことはないと言われた。
この時の事は結構理不尽な話だったから鮮明に覚えている。
この鎧は能力値を半分にする効果があるということは、他の防具ももしかして防御力などの能力値に影響が出るのか?
俺が人間界を司る神ならばの俺神理論だとしたらそうするなるよな。
「一つ確認しておきたいことがある。武器は装備しても物理攻撃力が上がることがなく、主に繰り出す技に対して壊れないような耐久力があるかどうかが良い武器とそうでない武器の違いだと聞いた。しかし今の話を聞くと、この鎧は能力値に関与していた。ということは、防具は装備すると防御力が上がるのか?」
「コングラッチュレーション! ご名答。というか、なぜ今まで知らなかったのか不思議ですね」
やはりそうか。
そして人間界に来て初めて俺の予想が当たった。
元々魔物界で生まれ育った俺からすると人間界の常識の全てが新しく、本当に驚かされることばかりである。
もし仮に魔物にもレベルという概念があり、それによって能力値が左右され、職業で回復などの新しい魔法や威力が高そうな物理的な技を手に入れ、装備品で更に底上げするとなると大袈裟ではなく人間は魔物に太刀打ちできない。
この人間界の文化は、安易に魔物界に流出してしまっては魔物界の常識が覆り、人間との共存はほぼ不可能に近くなる。
「いや、武器の件があまりにも俺の解釈とかけ離れていたからな」
「そうですか。こちら側の常識ですがね。しかしあなたも持っている冒険者の書では、防具を装備したところで自らの能力値は変わらない。冒険者の書はね、装備品の数値までは追えない仕組みになっているのですよ」
「はえー、何で?」
「さぁ、知りません」
所々こういう意味の分からない欠点があるところも人間界の仕組みである。
「で、話は戻るけど、俺に作ろうとした防具はこの呪われた鎧を直して使わせるつもりだったのかー?」
「そうです。能力値が半分になるなど、今のあなたにとってはさほどスリルを味わえませんから、私は更に呪いを加えて能力値を十分の一にする効果を付けようと思っていましたがねぇ。しかーし、この間の戦いを見て考えて直しました。もし仮に予定どおり私があなたの防具を作り、それを纏っていましたら今私はここにいなかったかもしれませんからねぇ。あなたには何物にも束縛されず、あなたのしたいことをすべきだとこの艶やかな肌でビンビンと感じましたよ」
もう最初に会った時から俺の正体に気付いていたのか。
そのくせ、俺からハーデスの匂いがとか言ってたのは本当に頭がおかしい。
それを思い出したら、忘れたはずのさっきの三連続はぁぁぁあいも再度腹が立ってきた。
俺は腹の底から沸き出る溢れんばかりの苛立ちを強引に鎮め、平然を装った。
ここで怒りをぶつけてしまっては、わざわざ益夫へ話しかけた目的が達成出来なくなってしまう。
「そ、そうか。じゃあ今の益夫は俺にどんなのを作ってくれるんだー?」
そう、結局俺の聞きたかったことはこれだ。
ゆうなや刺子と同じように、特別職専用の唯一無二な装備が欲しいのだ。
青筋がちょっと浮き出そうなのを抑え、相手が萎縮しないようにと必死に笑顔を作りながら聞いた。
「もうあなたに防具は作りません」
「んだとてめぇこ
「益夫さーん!」
立ち上がり益夫に掴みかかろうとした瞬間、ゆうなの声が聞こえふと我に返った。




